第42話 テストのご褒美?

「それじゃあ。全員ペンを机の上に置いて。答案用紙を回収するから、後ろの人から前にまわすように」



 テスト担当の先生の指示に従い、俺も答案用紙を前にまわす。

 そして先生が教室から出たことを確認した後、そのまま机に突っ伏してしまう。



「終わった」



 テスト1日目。まだ始まったばかりだけど、長かったテストの時間がやっと終わった。

 緊張して眠れなかったせいで疲れは取れないし、朝はコンビニで玲奈の朝ごはんを買ったりとバタバタしてたので、気が休まる時間がなかった。



「財布もどんどん薄くなっていくし‥‥‥それもこれも姉ちゃんのせいだ」



 玲奈のご飯を奢るぐらいならまだわかる。それだけなら別にいい。



「まさか姉ちゃんの分まで奢る羽目になるなんて」



 しかもおにぎりとか水を買った玲奈とは対照的にタピオカミルクティーや特製レアチーズケーキ等、明らかに必要がないものまで俺の金で買っていた。



「タピオカミルクティーは学校で飲むことを考えれば100歩譲ってわかるけど、レアチーズケーキなんていつ食べるんだよ」



 ケーキなんてそれこそ家で食べる物だろ。

 相変わらず姉ちゃんの考えていることはわからない。



「春樹」


「何だ、守か」


「『何だ、守か』じゃないよ。せっかく僕が声をかけてるんだから、もっと反応してよ」


「やだよ。超絶イケメンのくせに、明らかに立ち位置がモブモブしい守さんに対して、そんな反応はできないよ」


「モブモブしいってどういう事!? こう見ても僕、普通の人より存在感あると思うんだけど!?」



 いつも紗耶香にぞんざいに扱われているのに、今日も元気だな。

 守を見ていると世界は今日も平和だなって思えてきて、思わずほっこりしてしまう。



「一体どうしたんだよ? 後はホームルームをやって帰るだけだろう」


「そのことで相談なんだ。春樹、今日はこの後暇?」


「暇といえば暇だな。時間だけはある」



 だけど残念ながら金はない。姉ちゃんからむしり取られたから。

 最近なんだか結婚して、嫁に虐げられている旦那さんの気持ちがわからなくもない。

 きっとこんな風に給料を奥さんに管理されて、お小遣いさえろくにもらえないんじゃないかって思う。



「この後暇なんだ。それならよかった」


「よかったって、何がよかったんだよ?」


「今日紗耶香ちゃん達と放課後ファミレスで勉強会するんだけど、春樹も行くだろう?」


「勉強会か」



 紗耶香や友島さんとの勉強会に行きたいかって聞かれれば、正直行きたい気持ちはある。

 しかもあの学年トップクラスの学力を持つと言われている友島さんまでいるとなれば、行かないなんてことは普通言わないはずだ。

 だけど‥‥‥。



「悪い、今日はやめとくわ」


「はぁ!? 何で!? こんなチャンス滅多にないのに」


「俺も出来れば行きたいよ。友島さんに教わることができるチャンスなんてそうそうないのに」


「だったら何で来ないんだよ? 何か理由があるの?」


「それは‥‥‥」


「それは?」


「それは‥‥‥‥金欠だからだ」


「あっ!?」



 その言葉を聞いて、何かを察した様子の守。

 そういえば今朝コンビニによった時、コンビニの外に守がいたような気がした。



「ゴールデンウイーク中に玲奈と姉ちゃんとショッピングモールに買い物に行ってな。その時に結構使ったんだよ」



 守の額から一筋の汗が流れる。今の説明で守はすべてを把握したのだろう。

 なんだかんだ言って守は姉ちゃんの素顔を知っている。

 だからショッピングモールでどんなことが行われていたか、容易に想像がつくはずだ。



「‥‥‥‥‥ごめん、僕が悪かった。急に誘って」


「別に守は悪くない。全ては俺の計算ミスがいけないんだ」



 まさか念の為と思って持って来たお年玉まで使ってしまい、俺の手元にはお金が殆ど残っていない。

 幸いテスト明けにお小遣いが入る為心配はしていないが、このテスト期間中はひもじい生活を送らざる得なかった。



「ちょっと、守!! 何気まずそうな顔してそんなとこでボケっとしてるのよ!!」


「げっ!? 紗耶香ちゃん!?」


「春樹は勉強会に誘えたの? 回答をまだ聞けてないんだけど?」


「いや、その、えっと‥‥‥」


「守の目的は春樹を誘う‥‥‥あっ!? ちょうどよかった! 春樹、今日ファミレスで‥‥‥」


「さっき、守から聞いたよ。紗耶香達には申し訳ないけど、俺は遠慮しておくよ」


「何でよ!! せっかく私達が誘ってあげてるのに!!」


「悪いとは思ってる。だけど今は無理なんだ」



 手持ちの金額的にファミレスで食事をするだけのお金がない。

 さすがに皆がおいしそうにご飯を食べている時に、一人水を飲んで過ごすわけにもいかない。



「小室君、何か理由があるんですか?」


「あぁ、ただちょっと‥‥‥ほんのちょっと金欠なだけだ」


「金欠って、一体何にお金を使ったのよ?」


「ちょっとした投資‥‥‥そう、これは必要経費。いわば先行投資と言ってもいい」


「はぁ、何を言ってるのよ?」


「私もさっぱりわかりません」



 2人にはわからないだろう。俺は玲奈と姉ちゃんの2人に今後に備えての投資をしているだけである。

 だから今回の金欠はしょうがないんだ。そして2人は俺を痛い人を見るような目で見るのはやめてくれ。



「なるほどなるほど。春樹は今金欠だから一緒に勉強会ができないのね」


「そうだよ」


「つまりファミレスでご飯を食べられるぐらいのお金があれば、勉強会に参加出来るってことだ」


「言い換えればそうだな。時間だけは腐る程あるので、そのように受け取ってもらっても構わない」


「それなら私に妙案があるわ」


「妙案?」


「それは何ですか?」


「簡単なことよ。私達が春樹の分のご飯代をおごってあげればいいのよ」


「「えっ!?」」



 紗耶香からのまさかの提案に俺と守の声が重なる。

 あの紗耶香が奢ってくれるだって!? そんな衝撃的な事、あっていいの⁉︎



「本当にいいの? 俺結構食べるかもしれないけど?」


「別に構わないわよ。この前は春樹の家にお邪魔しちゃったし、そのお返しよ」


「助かる。ありがとう、紗耶香」



 まさか紗耶香からこんな提案をしてくれるとは思わなかった。

 捨てる神いれば拾う神ありとはこういう事を言うんだな。



「紗耶香ちゃん。一応聞いとくけど、春樹の代金って僕達3人で払うんだよね」


「違うわよ。守が払うに決まってるでしょ」


「僕!?」


「当たり前よ。普段1番関わり合いが深いんだから、たまには春樹に奢ってあげなさい」


「そんなことだろうと思った」



 話を振られてた守は嫌そうな顔をしている。

 それもそうだろう。だってあいつは俺がかなり食べることを知っている。

 奢りたくない奴ランキングを守の中で作るとすれば、俺の順位は圧倒的1位になるだろう。



「そうよ。たまにはいいでしょ? いつも春樹にはお世話になってるんだから」


「それは僕じゃなくて紗耶香ちゃん達が‥‥‥」


「守、ちょっとこっちに来なさい」



 そう言って紗耶香に連れていかれる守。

 教室の後ろの方で2人でひそひそと話している。



「一体あの2人は何を話しているんだ?」


「さぁ? わかりません」



 俺と友島さんはその場に取り残されている。

 そして呆然と2人のことを眺めていた。



「なんかこう見ると、あの2人がカップルのように感じるな」


「私もたまにそう思います」


「仲睦まじいことはいいことだ。あの2人にベストカップル賞を渡したいほどだ」


「そんなことしたら、あの2人に怒られますよ」


「かもな」



 特に紗耶香辺りには激しく叱責されそうである。

 目を見開いて青筋を額に浮かべて抗議する紗耶香の姿が容易に想像できた。



「そういえば、どうして小室君は金欠になったんですか?」


「話すと長い話になるんだけど、この前のゴールデンウイークに玲奈と姉ちゃんの2人と買い物にいったからなんだよ」


「買い物ですか?」


「そうなんだよ。そこで自分の洋服を買っていたらお金が無くなってしまったんだ」



 正確には姉ちゃんと玲奈の財布代わりにされてしまったのでなくなったという方が正しいけど。

 だけどそれをそのまま伝えてしまうと、どうにも俺が格好悪い。

 そういう所は友島さんに知られたくない為、そのことは伏せておいた。



「玲奈ちゃんと‥‥‥買い物」


「玲奈だけじゃなくて、姉ちゃんもいたぞ」



 隣でぶつくさと玲奈の名前を唱える友島さん。

 先程までとは違い、どこかどす黒い雰囲気を纏っているように見えた。



「お待たせ‥‥‥って楓!? どうかしたの?」


「別になんでもないです」



 何でもないわけない。隣にいる俺だってそう思ってるんだ。

 空気が重い。先程までとは一変して、何を話していいかわからない。



「おい、春樹」


「何だよ?」


「友島さんに何を話したんだよ? 」


「別に特段大したことを話したわけじゃないけど」


「大したことないわけがないだろう。とりあえず何を話したか僕に話して」


「わかった」



 俺が小声で先程友島さんと話した内容を守に伝える。

 その話を聞いた途端、守の顔はどんどん曇っていく。



「なるほどな。それはお前が悪い」


「何で!?」


「どうせ春樹の事だから、その時玲奈ちゃんに色々プレゼントしたんだろ?」


「何でわかるの!? エスパー!?」


「そんなの美鈴さんも一緒なら‥‥‥わかった。僕は何も言わない。だけど玲奈ちゃんに贈り物をした話は友島さんに言ってないよね?」


「あぁ、してない。玲奈と姉ちゃんの財布代わりにされていたなんて、俺のプライドにかかわるからな」



 玲奈にプレゼントを贈ったことはまだしも、姉ちゃんにたかられた話なんてしたらイメージがぶち壊しだ。

 それに俺が姉ちゃんの奴隷なことが周囲に知れたら、俺の社会的信用にもかかわってくる。

 だからその話は口が裂けてもしない。何を言われてもはぐらかし続ける。



「春樹、その話は絶対に友島さんに言うなよ」


「おっ、おう」


「絶対に絶対だからな」


「あぁ、もちろんだ」



 ここまで念には念を入れるのはどうしてだろう。

 今の守の話はどこか熱がこもっているように見えた。



「何の話をしているんですか?」


「ひっ!?」


「友島さん!? 何でもないよ!! 春樹にいつお小遣いが入るか確認してただけだから」


「小室君のお小遣いが守君にどう関係があるんですか?」


「今日ファミレスで春樹の分奢るから、今度お小遣いが出た時に春樹奢ってもらおうと思ってて」


「なるほどなるほど。確かに話の筋道としては成り立っていますね」



 俺達の前に立つ友島さんはニコニコと笑ってる。

 だけどどうしてだろう。その笑顔からは今まで感じたことない威圧感を放っていた。


「それじゃあ守が奢ってくれるってことで今日は決定ね」


「まぁな」


「守君が奢ってくれるなんて楽しみです」


「ちょっと待って、2人共。僕は春樹の分を奢るのであって、2人の分を奢る気はないからね!?」



 俺だけ守に奢ってもらうはずが、いつの間にか紗耶香達まで奢ってもらう話になっている。

 哀れ守。こうなってしまっては弁解のしようがないので、頑張って紗耶香達の養分になってくれ。



「細かいことを気にしてないの早く行こう」


「そうですね」


「うぅ~~、僕のお財布が‥‥‥」


「それじゃあホームルームを始めるぞ。全員席に着け」


「じゃあまた後でね」



 そう言って紗耶香達は自分達の席に戻る。

 その後俺達はホームルームが終わった後、勉強会をする為に教室を出て近くのファミレスに向かうのだった。



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