第36話 小物を選ぼう

 2時間にも渡る小室春樹のファッションショーは終わり、俺はやっと姉ちゃん達から解放された。

 姉ちゃんと玲奈が俺のことを着せ替え人形か何かと間違っているんじゃないかって程洋服を持ってこられて、俺は1人てんやわんや。

 その結果、まだショッピングモールに来たばかりだというのに既にクタクタだった。



「あぁ、買った買った。本当いい仕事をしたわ」


「春樹に似合ういい洋服が見つかってよかったね」


「そうよ。全ては私と玲奈のおかげ。貴方もこの清楚で優しくて可憐なお姉さまに感謝しなさい。春樹」


「わかってるよ」



 姉ちゃんの言葉は鼻につくけど、いつもより姉ちゃんの機嫌がいい。

 これも学校のように猫‥‥‥いや羊の皮を被らず過ごしているので、余計なストレスがないせいだろう。

 


「いつもそうしていればいいのに」


「何か言った?」


「いや、なんでもない」



 ここで姉ちゃんにそのことを言っても無駄だろう。

 姉ちゃんのことだ。『私のイメージがあるの』とか言って取り合ってくれないに決まってる。



「さぁ、次のお店に行くわよ。2人共、ついてきなさい」


 

 姉ちゃんは1人でずんずんと歩いていく。

 俺と玲奈は先を行く姉ちゃんの後ろを必死について行った。




「今日の姉ちゃん、いつにもまして張り切ってるな」


「美鈴さん、今日のショッピング楽しみにしてたからだと思う」


「こんな調子じゃいくら体力があっても足らないぜ」



 全く先が思いやられる。

 あんなに楽しそうにしている姉ちゃん、家でWind関連の物を見ている以外では久しぶりに見る。



「春樹」


「どうしたんだよ? 玲奈?」


「私も荷物を持つの手伝おうか? その荷物重そうだし」


「大丈夫だよ。これぐらい、余裕、余裕」



 袋を高々と上げ、まだまだ大丈夫なポーズをとる。

 実際は腕の筋肉がしびれているけど、好きな女の子の手前格好悪い真似はできない。



「だから心配するなって。その気持ちだけ受け取っておくよ」


「それならいいけど」


「何してるの、2人共? 早く行くわよ」


「わかった。今行くよ。姉ちゃんも呼んでるし、早く行こう」


「うん」



 俺と玲奈は姉ちゃんの後を追う。

 次に来たお店は女性もの専門のアパレルショップ。

 そのお店に躊躇なく姉ちゃんは入っていった。



「ちょっと、姉ちゃん!? 俺の服を買いに行くんじゃないの?」


「あんたの服はさっき買ったでしょ? 次は私達の番に決まってるじゃない」


「服を買ったっていってもまだ1店舗でしか服を買ってないし、他のお店に行かなくてもいいの?」


「別に大丈夫よ。それに服はね、なるべく同じ店でそろえた方がいいのよ」


「何で?」


「それは例え同じ色の商品を買ったとしても、メーカーによって色が違うからよ」


「どういう事? 言っている意味が分からないんだけど?」



 普通同じ色を買えば、どこの店も同じ色だよな。

 メーカーによって色が違うなんてことはないはずだけど。



「鈍いわね。同じ黒でもお店が違うと明るさが違ったりするから、別の色に見えることがあるってことよ」


「そうなの?」


「そうよ。だから色を統一してコーデする時は注意しなさい。別々の店で同じ色の物を買ったとしても、着てみると色が揃ってないこともあるから」


「なるほど。初めて知った」



 同じ色でもメーカーによっては明るさ等で別の色に見えることもあるのか。

 確かに昔尾別々のお店で買った同じ色の物が、微妙に色が合わなかった事があったのはそういう事だったのか。



「それよりもまずは洋服よね。せっかくだから玲奈はこれを着て見なさい」


「美鈴さん、これスカートの丈が短くない?」


「大丈夫よ。絶対玲奈に似合うから履いてみなさい」


「わかった」


「せっかくだから春樹は試着室まで玲奈について行ってあげて」


「何で俺も玲奈について行くの?」


「玲奈の服が似合っているか判断する人もいるでしょ。ほら、2人で早く行ってきなさい


「わかったよ。行こう、玲奈」


「うん」



 スカートの他に何点か洋服が入ったかごを持ち、玲奈と一緒に試着室へと向かう。

 だが女性ばかりいる中、男1人いるのは正直居心地が悪い。



「春樹、どうしたの?」


「何でもないよ。それこそ玲奈こそどうしたの? 俯いていて元気がないように見えるけど?」


「何でもないよ。私は大丈夫」


「大丈夫って割には顔が赤いように見えるけど」



 俺の隣で終始俯いている玲奈の顔は真っ赤になっている。

 玲奈の事だ。俺や姉ちゃんと一緒に来ているからと平気そうにしているけど、もしかしたら無理をして歩いているのかもしれない。



「玲奈、無理しなくていいんだよ。もし体調が悪かったら、ちょっと外で休もうか?」


「私は大丈夫だから。早く試着室に行こう」


「わかった。だけど体調が悪かったら言ってくれ。どこかでお茶でもしながらゆっくり休もう」


「うん」



 玲奈が大丈夫って言うなら信じるしかない。

 足取りもしっかりしているので、今のところは問題ないだろう。。



「それにしても周りが俺達の方をチラチラ見ている気がするけど、気のせいか?」



 俺達2人のことを生暖かい視線で見ている。

 いや違うな。微笑ましく見ているの間違いか。



「きっと気のせいだよ」


「そうだよな。俺の勘違いか」


「うん。早く行こう」



 試着室の前まで着くと、玲奈は中に入っていく。

 俺はというと外で1人玲奈が出てくるのを待っていた。



「春樹、ちょっと待っててね」


「あぁ」



 返事はするものの、試着室で待つ俺は手持ち無沙汰だ。

 スマホを見ながら玲奈が試着室から出てくるのを待つ。



「お待たせ、春樹」


「おぉ!!」



 試着室から出てきた玲奈はベージュのミニスカートに白のニット姿。

 シンプルなデザインだけど、すごく玲奈に似合ってる。



「どう‥‥‥かな? 似合ってる‥‥‥かな?」


「めっちゃいい!!」


「本当?」


「うん、その格好玲奈にすごく似合ってるよ!!」



 あまりにも似合いすぎていて、俺の語尾力が追い付かない。

 これは俺がわるいんじゃない。あまりにも可愛すぎる玲奈がいけないのだ。

 あんな女神の皮を被った悪魔サターンよりも玲奈の方が地上に舞い降りた女神と言う名ににふさわしい。



「あっ、そうだ!」


「春樹、どこに行くの?」


「ちょっとそこで待ってて!! すぐ戻ってくるから」



 玲奈を試着室において俺が目指すのは靴売り場。そこにある黒のブーツを手に取る。



「この黒のブーツ、玲奈に似合いそうだな」



 白と黒で色合いとしては正反対だけど、先程の服との相性もよさそう。

 きっと玲奈も気に入ってくれるはずだ。



「うん。あれもいいな」



 靴売り場に寄った後たまたま目に入ったのはブラウンの肩から下げられているハンドバックだ。

 あまり大きくなく、持ち運びにも便利そうなように見える。



「これも玲奈に似合いそうだな。せっかくだからまとめて持って行こう」



 ハンドバックとブーツを手に取り戻ると、おれは試着室に戻る

 試着室に戻るとそこには大量の服を籠に詰めた姉ちゃんが玲奈の所に来ていた。



「そしたら玲奈、次はこれを着て」


「でも‥‥‥」


「どうしたのよ? 急に歯切れが悪くなって。その服がそんなに気に入ったの?」


「そうじゃなくて‥‥‥」


「どうしたんだよ、姉ちゃん、玲奈?」


「春樹!」


「春樹、いい所に‥‥‥って何を持ってるの!?」


「これ? これは玲奈に似合うと思って持ってきたんだよ」



 持って来たものを玲奈に渡す。玲奈はそれを受け取ってまじまじと見ている。



「靴のサイズとかは大体で選んじゃったけど、デザインは玲奈に合うと思うんだ」


「これ、履いて見ていい?」


「もちろんだよ」



 玲奈は受け取ったものを見て嬉しそうにしている。

 それを見て姉ちゃんは何かを察したようだ。しきりに玲奈の顔を覗き込んでいる。



「なるほどね。だからあんなにこの服を脱ぐのを拒んだわけか」


「そういう意味じゃないの!!」


「別に構わないわよ。それよりもせっかくの春樹が選んでくれたんだから、履いて見なさい」


「うん」



 玲奈はブーツを手に取り、それを履く。

 ついでに先程渡したバッグも肩にかけている。



「可愛いじゃない玲奈!!」


「うん。それにサイズもぴったり」


「春樹、珍しくいい仕事をするじゃない」


「珍しくは余計だ!!」



 一体俺のことを何だと思ってるんだ。



「それにしても、あんたよく玲奈の靴のサイズがわかったわね」


「入学式の前に上履きの靴のサイズを選んでいる時、玲奈がそのサイズを書いていたからそうだと思ったんだよ」


「キモッ!! あんた人の靴のサイズを覗き見する趣味があったの!?」


「そんな趣味はないよ!! この前の入学前の準備に行った時上履きのサイズを選んでいた際、耳に残ってただけだ」


「いや、それでも十分キモイんだけど」



 姉ちゃんは俺を見てドン引きしている。

 ドン引きされても仕方がないけど、そこまで引くことなくない?



「それよりもこのバックも肩にかけてみて」


「うん」


「玲奈に合ってるじゃない!!」


「ありがとう、美鈴さん」


「黒のブーツにブラウンのバッグ。いつもより数億倍可愛く見えるわ」


「そんなに褒められることでも‥‥‥」


「別にあんたは褒めてないから」


「何故!?」


「私は可愛い可愛い玲奈の事を褒めてるの。まぁ、あんたも少しはいい仕事をしたんじゃない?」


「ぐっ!!」



 姉ちゃんめ。俺の功績なのに完全になかったことにしてやがる。

 いつもの事だけど何故か釈然としない。



「それじゃあこれは春樹から玲奈へのプレゼントってことね」


「えっ!?」


「だってそうでしょ? センスがいい春樹君が選んでくれたんだもの。まさか玲奈に買わせるとか、そんな男気のないことなんて言わないわよね?」


「ぐっ!?」



 あのバッグとブーツ。2つ合わせて1万円以上もするんだぞ。

 そんなものプレゼントしたら、俺の今月のお小遣いどころか今年貰ったお年玉にまで手を伸ばさないといけないじゃないか。



「そうだ。今日俺の服を買うためにもらったお金が‥‥‥」


「悪いけど、これの残りは私の洋服代よ」


「えっ!? 嘘!?」


「嘘じゃないわよ!! あんたの洋服代にどれだけ使ったと思ってるの!!」


「確かに結構使ったな」


「お母さん達が旅行に行っている間の食費代もあるんだから、そんなにあんたにお金を使えないのよ」


「その割には姉ちゃんの洋服代の方が予算が多い気がするけど‥‥‥」


「何か言った?」


「いえ!! 何でもありません!!」



 やっぱり姉ちゃんに逆らうのはやめておこう。。

 下手に逆らっても俺が痛い目を見るだけだ。



「美鈴さん、やっぱり春樹に悪いから。これは別に‥‥‥」


「わかった。それは俺が買おう」


「いいの?」


「あぁ、大丈夫だ。心配しないでくれ」



 欲しかった漫画やゲーム、部活後の買い食いをしなければいい話だ。

 しばらくは質素倹約に生活しないといけないが、玲奈の笑顔の為だ。背に腹は変えられない。



「それなら決定ね。さぁ、玲奈。こっちの服も着てみて」


「わかった。あと春樹」


「何だよ?」


「その‥‥‥ありがとう。すごくうれしい」



 天使のような微笑みを浮かべる玲奈。

 その微笑みは普段学校では見ることのできないものだ。



「何見つめ合ってるのよ。玲奈、早く着替えなさい」


「うん」



 そういうと玲奈は試着室に引っ込んでしまう。

 ちくりょう、姉ちゃんの奴め。せっかく可愛い玲奈が拝めたのに。



「春樹、あんたやるじゃない」


「えっ!?」


「見直したって言ってるのよ」


「何を?」


「美鈴さん!!」



 俺が言葉を続ける前に玲奈が試着室から顔を出す。

 その時の表情はいつもと同じ無表情になっていた。もったいない。



「玲奈、着替え終わった?」


「うん」



 今度玲奈が来ていた衣装はワインレッドのタック入りワイドパンツに水玉模様のシフォンブラウス。

 さっきとは違い、姉ちゃんが今度選んできた服は少し大人っぽい仕様だ。



「どう? この洋服は?」


「いい! すごくいい感じ!!」



 玲奈は何を着ても似合うな。身長があるせいか、どんな服でもおしゃれに着こなしてしまう。



「そしたらじゃんじゃん持ってくるから、どんどん試着していこう」


「でも、美鈴さん。私今日そんなに持ち合わせが‥‥‥」


「大丈夫よ。いざとなったら春樹の財布から出せばいいから」


「俺の財布から!?」



 なんだ、それ。初耳だぞ!!

 ブーツとバッグの出費だけでも痛いのに。これ以上俺の懐を痛める気か。



「別にいいじゃない。どうせ漫画とゲームと買い食いにしか使わないお金なんだから」


「でもな‥‥‥」



 これじゃあ荷物持ちではなくただのパシリだ。

 いや、自分でお金を払っている分パシリよりたちが悪い。



「でも、それは春樹に悪いよ」


「いいのよ。玲奈は大船に乗ったつもりでいなさい」


「姉ちゃんそれ、俺のセリフ!!」


「いいから貴方は黙ってて」


「はい」



 結局この後玲奈のファッションショーは進み、結局かなりの額を使うのだった。

 幸い俺は元々プレゼントする予定だったバッグとブーツの支払いだけで済んだが、懐が予想以上に寒くなるのだった。



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