第35話 洋服を買いに行こう

 次の日朝早くに叩き起こされた俺は姉ちゃんに連れられてショッピングモールへと来ていた。

 もちろんここにいるのは姉ちゃんと俺だけではない。玲奈も一緒にいた。



「姉ちゃん、こんなに朝早くからショッピングモールに行くことなんてないんじゃないの?」


「何を言ってるのよ? まだゴールデンウイーク中なのだから、ゆっくりしていたらショッピングモールが人でごった返して、行きたいところに行けないわよ」


「そんなに人が来るの!?」


「そうよ。だからショッピングモールがこまないうちに買いたいものはさっさと買いましょう


 確かに姉ちゃんの言う通り、既にショッピングモールは大勢の人でにぎわっている。

 その光景は土日のショッピングモールの光景と変わらないように見えた。



「グチグチ言ってないで、早く中に入るわよ」


「わっ!? 待ってよ、姉ちゃん!! おいて行かないで」


「のんびりしている春樹が悪いのよ。玲奈、早く行きましょう」


「うん。早く中に入りたい」



 買い物が楽しみな姉ちゃんに対して、いまいちモチベーションが上がらない俺。

 折角の玲奈とのお出かけなのにここまでモチベーションが上がらない理由はなんだろう。



「色々要因はあるだろうけど、間違いなく姉ちゃんだな」


「春樹、今何か言った?」


「いえ!! 何も言ってません!!」



 相変わらずの地獄耳だ。俺がボソッとしか言ってない言葉を目ざとく聞いているなんて。



「姉ちゃんにだけは注意しないといけないな」



 余計なことをいうと、後で何をされるかわからない。

 ただでさえ昨日の件で姉ちゃんの怒りを買ってるんだ。ここは慎重に行動しよう。



「やっぱりここは人が多いわね」


「うん」


「まだ開店したばっかりだっていうのに、こんなに人がいるのかよ」


「何を言ってるのよ。この後もっと人が入って来るわよ」


「えっ!? まだ人が入ってくるの!?」


「当たり前でしょ。ここは食品店からアパレルショップまで併設されているショッピングモールなのよ。駐車場も広いし、この後家族連れでもっとにぎわうわよ」


「今もすごい人がいるのに、これ以上来るの!?」


「たぶんね。ここはこの地域の人達にとっての憩いの場だから、これ以上人が来ることが予想されるわ」


「余計入りたくなくなったな」


「受け入れなさい、春樹。今日の貴方にごちゃごちゃ言う権限なんてないのよ」



 受け入れなさいって言われても、そう簡単に受け入れられるはずもない。

 正直これ以上人がごった返すようなことがあれば、誰か迷子が出る可能性だってある。



「姉ちゃん、やっぱり今日はあきらめて別の場所に行かない?」


「ダメよ!! 私も玲奈も今日ここに来るのをすごく楽しみにしていたんだから」


「だけど玲奈は人込みとか苦手だし、楽しみにしていたのは姉ちゃんだけじゃないの?」


「そんなことないわよね? 玲奈?」



 玲奈はといえばぼーっとショッピングモールを見ている。

 無表情を装ってはいるけど、横目でショッピングモールのお店をチラチラと見ていた。



「どうしたの、春樹? 私の顔に何かついてる?」


「別に。何でもないから気にしないで」



 長年玲奈の事を観察してきた玲奈評論家だからこそわかる。今の玲奈が妙にうれしそうな顔をしていることを。

 あんなにうれしそうな玲奈の顔は久々に見る。きっと今日のショッピングモールの買い物を楽しみにしていたようだ。



「春樹、これを見てまだ何か反論はある?」


「‥‥‥ありません」


「よろしい」



 玲奈が楽しんでいる以上、俺が口を挟めることはないだろう。

 姉ちゃんの勝ち誇った顔だけはむかつくけど、ここは我慢だ。



「よし!! まずは服よ!! 服!! ここまで来たんだから可愛い洋服をいっぱい買うわよ!!」


「服を買うって言ってるけど、お金は大丈夫なの? そんなに持ち合わせはないでしょ?」


「大丈夫よ。旅行に行く前にお母さんから軍資金はたんまりもらっているから」


「嘘!? 姉ちゃんの財布にお札が入ってる!?」


「何でお札が入ってることに驚いてるのよ。お財布にお札が入っているのは普通の事でしょ?」


「それに目をつむったとしても、お札の数が多くない?」



 目視で見る限り、由吉さんが7枚以上は入っている。

 俺は普段この1/10ももらえないのに。何で姉ちゃんにだけそんなに渡しているんだよ。



「母さん達はこんな大金を普段から姉ちゃんに渡していたのか」


「そんなわけないじゃない。私だっていつもはあんたと同じぐらいよ」


「じゃあ何で‥‥‥」


「お母さん達には旅行に行っている間の食費代を預かっていることプラス春樹の服を買いに行くって話をしたらこれだけお金をくれたわ」


「えっ!? 嘘!? 俺が服を買うなんて話、一切聞いてないんだけど!?」


「あっ!?」


「もしかして姉ちゃん、元々俺を連れてこのショッピングモールに来るつもりだったの!?」



 そうでなければ、あらかじめ親とこんな交渉していないはずだ。

 明らかに気まずそうな顔をしているし、俺の推測は間違いないだろう。



「そうね。あんたの私服があまりにもダサかったから、服屋に行こうとしていたのは本当よ」


「それならあらかじめ伝えてくれてもいいじゃん!! もしゴールデンウイーク中に予定が入っていたらどうするつもりだったんだよ!!」


「その時はその時よ。それにあんたにこのことを伝えても、面倒くさいって言ってこないでしょ!!」


「ぐっ!!」



 鋭い。確かに俺ならそう言ってこなかった可能性はある。

 契約を交わしているとはいえテスト前だ。それを理由に行かなかった可能性が非常に高い。



「それでも服を買うお金をくれたんだったら、直接俺に渡してくれてもいいのに」


「ダメよ。どうせあんたに渡したら、服じゃなくて漫画やゲームを買うでしょ!!」


「うっ!?」



 確かにそんな大金があったら、洋服や靴よりもほしい漫画やゲームを買ってしまうような気がする。

 気がするじゃないな。今確実にほしいゲームハード機があったので、それを購入していただろう。



「お母さん達はあんたじゃお金の管理ができないと思われていたから、私にお金を渡してくれたのよ。わかる?」


「まぁ‥‥‥何となく‥‥‥」


「もう質問はないわよね? なければ早く行きましょう」


「ちょっ!? 姉ちゃん。引きずらないで」


「あんたがいつまでもそこでつったっているから悪いんでしょう」



 姉ちゃんに引きずられるという残念な姿を人目にさらしながら俺達はショッピングモールに入る。

 こうして姉ちゃんと玲奈とのショッピングが始まるのだった。




 ショッピングモール内は相変わらず人だから。

 右も左も人、人、人。これでまだ人が来るというのだから、この後人酔いしないか不安だ。



「そしたらまずはこのお店から行きましょう」


「ここって男性用の店だろ? 姉ちゃん達の服を見るなら別の店の方がいいんじゃない?」


「何を馬鹿なことを言ってるの? まずはあんたの服を買うに決まってるでしょ?」


「いや、俺の服は後でも‥‥‥」


「ダメよ。お母さん達から『春樹のことをよろしくね』って涙ながらに頼まれているんだから。いいものがあるうちにちゃんと選ばないと」


「母さん」



 うちの母親はどれだけ俺の事を残念だと思ってるんだよ

 さすがに普段家でぐーたらしているドルオタの姉ちゃんよりはしっかりしている自覚はあるぞ。



「さぁ、行くわよ。まずは試着室に行きましょう」


「いきなり試着室に行くの!?」


「そうよ。私達がどんどん服を持ってくるから、春樹はそれを試着してみて」


「試着してって、俺が選んじゃダメなの?」


「ダメね。春樹は服のセンスは皆無だから」


「酷い!! 俺だって少しぐらい服を選ぶセンスはあるよ!!」


「少しだけでしょ!! 私達の方が貴方よりもセンスがあるんだから任せなさい!!」



 そう言って試着室のカーテンを閉められる。

 残された俺は試着室の中で1人手持無沙汰だ。



「全く姉ちゃんは、せっかちなんだから」


「何か言ったかしら?」


「いえ!? 何も言ってません」


「ならいいけど。それよりもこれを試着してみて」


「この上着とパンツを履けばいいの?」


「そうよ。あんたのサイズは大体把握しているけど、もしきつかったりぶかぶかだったら言ってちょうだい。サイズ違いを探してくるから」


「わかった」


「後一応言っておくけど、もし何かこういうものが欲しいっていう希望があれば言ってちょうだい。それに似合うような服を探して持ってくるわ」



 それだけ言い残して試着室のカーテンが閉められる。姉ちゃんは言いたいことだけ言って、服を探しに行った。



「とりあえずこれを着ればいいんだよな」



 姉ちゃんに持ってきてもらったものを着替えながら思う。

 俺は何をやっているんだと。



「今日はサッカー動画を見ながら家でゆっくりと過ごすはずだったのに」



 それで昼はコンビニで弁当でも買って、夜はマッグか吉屋の牛丼でも買って食べようと思っていたのに。

 運命とは数奇なものだ。まさか姉ちゃんと玲奈とこうして買い物に行けるなんて。



「正直言って、すごく運がよかったな」



 姉ちゃんと出かけるのもそうだけど、玲奈と一緒にこうして遊びに行くのも久しぶりだ。

 それこそ小学生の時遊びに行った以来になる。



「こういうのも懐かしいな」



 昔は姉ちゃんが俺達の保護者役として、どこか行く時にいつもついて来た。

 こうして3人で買い物をしていると、その時のことを思い出す。



「お待たせ!! とりあえずこれを着て見なさい」


「姉ちゃん!! いきなり入ってくるなよ!! まだ着替え中だぞ!!」


「別にあんたの裸なんて、見られて困る事なんてないでしょ」


「困ることはあるよ!! 玲奈だって見てるんだぞ!!」



 100歩‥‥‥いや1000歩譲って姉ちゃんに見られるのはいい。

 だけど今日は玲奈も一緒にいるんだ。玲奈に俺の裸を見せるのはさすがに迷惑だろう。



「春樹‥‥‥」


「悪い、玲奈!! 今カーテン閉めるから!!」


「春樹って‥‥‥意外と筋肉質なんだね」


「そこ!? 今指摘するとこ!?」



 普通『キャー!!』とか言って目をつむるものだと思っていた。

 でも実際は違った。やけに冷静に俺の体を分析してコメントを返している。

 考えていたことと真逆の反応に対して、正直俺の方がどう反応していいか困る。



「文句は後で聞くから!! とりあえずこれも一緒に着てみて」


「これって‥‥‥」


「そのシャツの上から着るものよ!! 早く着てみなさい!!」


「そんなにせかさなくても今着るから!! 一旦カーテン閉めるよ!!」



 慌ててカーテンを閉めると、俺は姉ちゃんからもらった服も含めて着替えを始める。

 服を一通り着終わり、立ち鏡に映る自分の姿を見た。



「これが‥‥‥俺?」



 立ち鏡に映る俺は先程とは別人だった。

 どこにでもいる中学生みたいな服を着た子供ではなく、カジュアルで落ち着いた雰囲気の男性がそこには立っていたのだ。



「どう? 着替え終わった?」


「姉ちゃん!? さっきから言ってるけど、試着室のカーテンを勝手に開けないでよ!!」


「別に姉弟なんだから気にしないの。それよりもその服すごい似合ってるじゃない」」


「本当?」


「本当よ。黒のスキニーに白の長袖Tシャツ。それに黒のカルゼテーラードジャケット。我ながら完璧なコーディネートね」



 姉ちゃんも自画自賛の出来。

 さすが表面だけは完璧だけある。言っていることの説得力が違う。



「ありがとう、姉ちゃん」


「お礼はいらないわ。だってこれは玲奈が‥‥‥」


「玲奈がどうしたの?」


「何でもないわ。とりあえず今は私を称え祭りあげなさい」



 うん、前言撤回。やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだ。

 何なの? この無駄に凝り固まった自信は。今俺その鼻高々な鼻を思いきりへし折ってやりたい。



「美鈴さん」


「玲奈、どうしたの?」


「このネックレスと靴、春樹に似合うと思うんだけどどうかな?」



 玲奈から手渡されたのは黒のストーンネックレスと黒のオックスフォードのシューズ。

 それを俺に手渡してきた。



「これ、玲奈が選んでくれたの?」


「うん。春樹にぴったりだと思って」


「ありがとう。つけてみるよ」



 俺の為に玲奈が選んでくれたものだと思うと何とも言えないぐらいうれしい気持ちになる。

 だって俺の好きな人が俺の為に選んでくれたんだ。うれしくないわけがない。



「どう? 似合ってる?」


「すごくいい」


「本当?」


「うん。ネックレスも靴も凄く春樹に似合ってる」


「ありがとう、玲奈」



 ネックレスと靴が姉ちゃんのコーディネートのワンポイントとなっていて凄く言い。

 鏡の中に映るのは先程までいたダサい中学生の姿はなく、そこには格好いいお兄さんがいた。



「これって‥‥‥本当に俺?」


「当たり前でしょ!! ここにはあんたしかいなんだから、他に誰がいるのよ!!」


「確かにそうだけど‥‥‥正直信じられないんだ」


「そうよね。数か月前のあんたと比べたら、天と地の差よね」


「そこまで言うことないだろ!! 前は前でそこそこいけてたと思うけど」


「それはないわね」


「全否定かよ!!」



 少しは肯定してくれてもいいのに。姉ちゃんは弟に気を遣うってことができないのかよ。



「それにしてもあんただいぶ変わったわね」


「中学の人が今の春樹を見ても、春樹ってわからないかも」


「俺そんなに変わったの!?」


「見た目だけは変わったと思うわ」


「見た目だけ?」


「そうね。これで中身も変われば完璧なのに」


「ぐっ!!」


「いっそう誰かと中身だけを変えられる装置がほしいわね。そうすればもっと出来のいい弟が出来上がるのに」



 姉ちゃんめ。玲奈の前だからって、言いたいことばかり言いやがって。

 学校でニコニコ笑っている時の数億倍楽しそうに見えるぞ。

 言いたいことを好き放題に言えて、いい御身分だな。



「それはそうと、今春樹が来ているのは全てこれはお買い上げね」


「そうだな」


「そしたら次はこれね」



 カーテンの後ろに隠れていたからか、姉ちゃんの横には大量の衣服がある。

 それこそかご2つ分大量に入っており、それを俺にn手渡してきた。



「姉ちゃん、これは何?」


「これは私が選んできた洋服よ。これも全部着てみてね」


「姉ちゃん」


「あっ、お金の心配は大丈夫よ。さっき見せた通り、お母さん達が春樹の服を買うために結構お金をくれたから」


「そういう問題じゃなくて」



 これだけの洋服を着るのに結構な時間がかかるだろ。

 それこそこんな大量の衣服を変えるのは、リカちゃんハウスの着せ替え人形ぐらいなものだ。



「大丈夫よ、春樹。時間はたくさんあるんだから」



 にっこりと笑う姉と隣にたたずむ玲奈に戦慄を覚える。

 こうして小室春樹のファッションショーが人知れず始まるのだった。



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