第34話 謝る時は素直に謝ろう

「さぁ、春樹。入りなさい」



 姉ちゃんと玲奈に連行されて連れて来られた場所は、毎度おなじみである説教部屋こと姉ちゃんの部屋。

 いつものように部屋に押しこまれると、姉ちゃんはベッドに座り俺のことを見下ろしていた。



「玲奈、いつまでも春樹の所にいないで貴方も私の隣に来なさい」


「でも‥‥‥」


「そんな密着するように隣にいたら春樹とまともに話すことができないでしょ。いいからこっちに来なさい」


「‥‥‥わかった」


「玲奈!?」



 俺と一緒に座っていた玲奈も手を離して姉ちゃんの隣へといってしまう。

 さっきまで感じていた柔らかい感触はもうない。正直ちょっと残念であった。



「春樹、また何かよからぬことでも考えてるでしょ?」


「べっ、別にそんなこと考えてないよ!!」



 鋭い指摘に俺はたじろいでしまう。

 本当に姉ちゃんはエスパーだ。俺の考えていることなんて、姉ちゃんにかかれば何でも見破られてしまう。



「まぁいいわ。貴方に色々と言いたいことはあるけど、とりあえずそこで正座しなさい」


「何で!? 何でいきなり正座をしないといけないの!?」


「いいから正座」


「だからなん‥‥‥」


「正座!!」


「はい」



 くそ!! 姉ちゃんの圧力に負けてしまい思わず正座をしてしまった。

 今の姉ちゃんはまるで街中で獲物を探すチンピラそのものである。

 さっきまで紗耶香達と一緒にいた時のあの穏やかで菩薩のような表情はフェイクだったらしい。



「美鈴さん、さすがに春樹が可哀想じゃないですか?」


「可哀想? 春樹が?」


「はい。別に悪いことをしてないんだから、正座までさせなくてもいいんじゃ‥‥‥」


「よく言ってくれた!! 玲奈!!」



 そうだよ。今日の俺は特に何も悪いことはしていない。ただ友達と勉強会をしていただけである。

 もっと姉ちゃんに俺の無罪をアピールして、この地獄のような状況から俺の事を救い出してほしい。



「玲奈、貴方は思わないの? 春樹が勉強会って言って、この家に女を連れ込んでいたことを」


「なっ!?」


「でも、守君もいたし女の子だけを集めた勉強会ってわけじゃなかったと思うけど?」


「甘いわね、玲奈。さっきの勉強会で春樹は紗耶香ちゃんのおっぱいをガン見していたのよ」


「紗耶香のおっぱいを‥‥‥ガン見‥‥‥」


「玲奈も気にならない? このおっぱい星人がどういった釈明をするのか?」


「それは‥‥‥凄い気になる」


「玲奈!?」



 何だよ、この手のひら返し。姉ちゃんの策略に玲奈は見事にのせられている。

 現に俺を下げずむように見るこの視線。姉ちゃんと一緒にそんな視線で見られるなんて。



「こんなの‥‥‥」


「こんなの?」


「こんなの‥‥‥こんなのただのご褒美じゃないか!!」


「きもっ!!」


「春樹‥‥‥なんか残念」



 残念と言われようと何だろうと、この衝動は抑えられないんだからしょうがないだろう。

 こんなきれいな姉ちゃんと可愛くて大好きな幼馴染にそんな視線を向けられたら、思わず身震いしてしまう。この気持ち、きっとわかる人はいるはずだ。



「生粋の変態ね」


「ありがとうございます!!」


「別に褒めてないから」



 相変わらず姉はゴミを見るような視線で俺の事を見つめ、玲奈に関しては恥ずかしそうに目を反らしていた。

 両者全く別の反応。一体これはどういうことだろう。



「あっ!? いけないいけない。春樹のせいで話の本題からそれてたわ」


「俺のせいなの!?」


「当たり前でしょ!! あんたの変態発言を聞くために、私はここに貴方を呼んでないのよ!!」


「姉ちゃんだって積極的に俺の話にのっていたのに。それなのに全部俺のせいにするなんて‥‥‥」


「春樹?」


「こんなの‥‥‥こんなのごほう‥‥‥」


「そのくだりはもういいから」



 ちくしょう。せっかく話を逸らせると思ったのに。

 玲奈はどことなく楽しみに待っていた節があるようだけど、姉ちゃんはそれを許してくれなかった。



「さて、改めて聞くけど春樹君。今日貴方はおうちにお友達を呼びましたよね?」


「はい。姉ちゃんの証言通り、友達を家に呼びました」


「素直な証言ありがとう、私も素直な子は嫌いじゃないわよ」


「それはどうも」



 今の姉ちゃんだけど、めちゃくちゃニコニコしている。

 何なら紗耶香達と勉強会していた時よりも笑顔だ。普通の人はこの光景を見れば、機嫌がいいように見える。



「友達を家に呼んだのはまぁ、100歩譲ってよしとしましょう」


「ありがとう」


「だけどね、春樹。それを私と玲奈に隠して、2人が出かける時を狙って家に招いたのは、どういった理由があるのかしら?」


「うっ!?」


「ぜひ理由を聞きたいわね。理由を」



 そう。このモードの時の姉ちゃんは、傍目から見るとすごい機嫌がよさそうに見えるけど実際はその逆である。

 腹の奥底からぐつぐつと煮えたぎるマグマのような怒りが湧き上がっていて、それを抑えている状態だ。



「下手な回答をすれば‥‥‥俺の命はない!!」


「何か言ったかしら?」


「いえ!! 何も言っていません!!」



 考えろ、考えるんだ。姉ちゃんが満足する答えを。

 もし回答を間違えれば、間違いなく姉ちゃんの逆鱗に触れる。

 そうすれば命は助かっても社会的に抹殺され、俺のバラ色の高校生ライフが一瞬で灰色になってしまう。



「さぁ春樹、どうして今日勉強会なんて企画したの?」


「それは‥‥‥」


「それって私が玲奈とデートする日に合わせたからよね?」


「いや、これは全てたまたまで‥‥‥」


「たまたま? 守君だけならまだしも、あんなに可愛い女の子まで家に連れ込むなんて凄い偶然ね」


「ぐっ!!」



 ダメだ、俺の考えが全部見抜かれている。この姉ちゃんに。



「さて、他にどんな理由があるのかしら? 紗耶香ちゃんや楓ちゃん達を連れ込んだ理由をちゃんと説明してもらえるんでしょうね?」



 姉ちゃんめ、なんてわざとらしいんだ。俺が意図的にやったのがわかっている癖に、よくそんなことを言えたもんだな。



「春樹、本当に今日紗耶香達を連れてきたのは偶然なの?」


「玲奈?」


「春樹は紗耶香の胸が見たくて、自分の家に誘ったんじゃないの?」


「何でそうなるの!?」



 相変わらず玲奈の考えはわからない。

 何で俺が紗耶香の胸が見たくて、家に誘ったことになってるんだよ。

 そんなことしたらただの変態だろ!?



「答えなさい、春樹」


「教えて? 春樹」



 2人の顔が俺に近づいてくる。

 かたや般若の形相で迫り、もう片方は絶対零度の視線を俺に向けている。

 正直逃げ道なんてどこにもない。どうやら、俺はここまでのようだ。



「俺は‥‥‥」


「俺は?」


「俺は‥‥‥姉ちゃん達がいない時を見計らって、勉強会を開きました」


「そう」


「本当の本当にすいませんでしたーーーーーーーー!!」



 正座の姿勢のまま頭を下げる俺。

 その姿は滑稽だっただろう。だが、俺にはこうするしか手段はない。



「春樹‥‥‥」


「素直に謝れることは貴方の美点ね」


「申し訳ありませんでした」


「まぁ、これからの理由次第では許してあげないこともないけど?」


「本当!?」


「何顔を挙げてるのよ!! もう少し反省して頭を下げてなさい!!」


「ぷぎゃっ!?」



 姉ちゃんに踏まれ、半強制的に土下座の態勢を取らされる俺。

 一瞬だけ玲奈の顔も見たけど、焦っているように見えたのは俺の気のせいなのだろうか。



「勉強会をするのはいいとして、今日この家で勉強会することを提案したのは貴方なの?」


「俺が提案するわけないじゃん!! この家は姉ちゃんのプライベート空間なのに!!」


「じゃあ誰が提案したの?」


「紗耶香だよ!! 昼休みに勉強会する話になって、盛り上がっちゃって、さすがに断ることが気まずくてOKしちゃったんだ」


「なるほどね。大体理由はわかったわ」


「わかってくれた?」


「理由はわかったけど、ギルティね」


「何で!?」


「ちゃんと嫌なことは嫌。無理なことは無理ってはっきり言わないと駄目でしょう。そんな当たり前の事すらわからないの?」


「でも、その場のノリとかあるじゃん!!」


「そうだとしても無理な時は無理って言わないと駄目よ!! そういうことしてると、後で大変な目にあうわよ!!」


「大変な事?」


「そうよ。考えても見なさい!! あなたが大丈夫って言ったからみんなわざわざこの家に来てくれたのよ!! もし大丈夫って言ってたのに突然ダメになったら、その人達の貴重な時間や労力を使わせていることになるのよ」


「うん」


「それに春樹ができることを前提に動いていたとして、それが出来なかったらやる事が全て破綻することもあるの。そうなると色々な人に迷惑をかけるでしょ」


「確かに」


「何でも無理無理いうのはもちろん駄目。努力すればできるものあるわけだから。それはちゃんと自分で考えて、人に相談出来る時は相談をする必要はあると思う」


「だったら‥‥‥」


「だけど今回みたいな場合は確認を取ればいいだけなんだから、ちゃんと私やお母さん達に確認をしてから返事をしなさい!! わかった?」


「はい、肝に銘じます」


「それならよし」



 姉ちゃんの言っていることは正論過ぎて、反論することができない。

 確かに確認を取らなければいけない時に確認を取らなかったのは俺のミスだ。

 最初から隠そうとしないで、姉ちゃんと事前に打ち合わせをすればよかった。



「春樹は元々紗耶香ちゃんを家に連れ込もうとしてたんじゃないんだね?」


「もちろんだよ!! 今日は気づかれなかったけどこの家には姉ちゃんが崇拝しているWindのグッズやうちわも飾られてるし、もしオフモードのすっぴんぐうたらドルオタ姉ちゃんと紗耶香達が鉢合わせちゃったら、学校での姉ちゃんのイメージがぶち壊されるじゃないか!!」


「誰がぐうたらしてるのよ!! いつでも私はちゃんとしてるでしょ!!」


「どこがだよ!! 大抵休日の姉ちゃんはいつも昼過ぎまで部屋で寝ていて、起きたと思ったらいもジャーに眼鏡をかけてお腹をかきながらリビングに現れるだろ!!」


「確かに私は昼まで寝ていてジャージに眼鏡をかけてリビングに現れるけど、お腹はかいてないわよ!!」


「怒るとこってそこなの!?」



 それって私はぐうたらしてるって自分から言ってるようなものじゃないか。

 殆ど自分が休日は自分がぐうたらしてるって認めているようなものだぞ。



「じゃあ春樹は別に紗耶香ちゃん達を狙ってるわけじゃないんだね?」


「狙ってないよ。紗耶香達はただの友達だよ」


「本当?」


「本当だよ。このクラスに入って、守以外で初めて俺に声をかけてくれた人達だから。俺にとって大切な友達だよ」


「そっか‥‥‥紗耶香達とは友達なんだね」



 安心したような、そんな玲奈の声が聞こえてくる。

 先程の不安そうな声とは対照的にほっとしているように思えた。



「よし! もう顔を上げてもいいわよ」


「これでやっと解放される」



 先程まで頭に感じていた重みがなくなり、俺は頭を上げる。

 正直助かった。このままだと俺は一生姉ちゃんの部屋の床にキスをし続けることになったかもしれない。



「あれ? 玲奈、どうしたの? そんな嬉しそうな顔をして」


「別に‥‥‥何でもない」


「変な玲奈だな」



 ある意味平常運転共いえるけど。

 無表情に見える玲奈の顔だけど、どことなく喜んでいるように見えた。



「それじゃあ春樹。貴方には罰を言い渡します」


「罰!? そんなのあるの!?」


「当たり前でしょ!! 今から言うからちゃんと聞きなさい」



 姉ちゃんが俺に与える罰。そんな罰なんてろくなものがないに決まってる。



「一体何だ? 全裸で町内1周‥‥‥もしくは全裸でベランダの外で一晩放置とか?」


「私はそんなに鬼畜じゃないわよ。それに何で全裸縛りになってるのよ!?」


「えっ!? それは姉ちゃんの趣味じゃ‥‥‥」


「あんた、まだ土下座が足りないのかしら?」


「いえ!! 滅相もございません!!」



 さすがにこれ以上、床と熱いキッスをするのは勘弁だ。

 このままじゃ姉ちゃんの部屋の床が俺の恋人になってしまう。



「今日の罰として、明日は私達の買い物に付き合いなさい」


「何で俺が姉ちゃんの買い物に付き合わないといけないの!?」


「だってあんたどうせ明日も暇でしょ?」


「でもサッカーの大会が近いから‥‥‥」


「いくら大会が近いからと言って、さすがにサッカー部もゴールデンウイークの後半はテスト休みでしょ?」


「確かにそうだけど」


「だったら私達の買い物に付き合いなさい。わかったわね?」


「はい」



 有無を言わせない姉ちゃんとの約束。それに俺は首を縦に振る事しかできない。



「それに春樹、今日のあんたの私服なんだけど凄くダサかったわよ」


「嘘!?」


「本当よ。柄物のへんてこなシャツにジーパンなんて、今時小学生だって着ないわ」


「そんな‥‥‥」



 俺の自慢の服だったのに。そんな風に思われていたなんて。



「そうだ! 玲奈はこの服見てどう思う? 格好良くない?」


「う~~ん‥‥‥」


「頼むから、そんな困った顔しないでくれよ」



 何も言わない事が残酷な事だってあるんだよ。

 姉ちゃんから罵倒されるよりも、リアルな反応をする玲奈の方が正直言って辛い。



「それに春樹って私服も殆ど持ってないわよね?」


「持ってない」



 基本俺の私服はトレーニング用のジャージが多い。

 一応ジャケット等もあるけど着にくいので殆ど使っていない。



「そしたらショッピングモールであんたの服も色々見てあげるわ。だから明日は私と玲奈の荷物持ちをしなさい」


「姉ちゃんと玲奈の荷物持ち‥‥‥って、玲奈も一緒に行くの!?」


「当たり前でしょ。元々私と玲奈はこのゴールデンウイーク中に出かける予定だったんだから。それにあんたが荷物持ちとしてついて行くぐらい全然かまわないわ」


「美鈴さん、私も一緒に行っていいんですか?」


「もちろんよ、玲奈。明日は荷物持ちもいるんだから、いっぱい楽しみましょう」



 玲奈も来る。そうなると事情が変わってくる。

 てっきり姉の荷物持ちだと思っていたけど、玲奈もいるのならチャンスなんじゃないか?



「これってもしかしてデート‥‥‥」


「になるわけないじゃない!!」


「ですよね」



 姉ちゃんも一緒にいるんだ。デートになんてなるわけがない。

 純粋に俺は姉ちゃん達の荷物持ちになるのだろう。

 荷物持ちに人権なんてあるわけがない。



「さて、明日が楽しみね。一体何を買おうかしら」



 ルンルン気分の姉ちゃんに戸惑う玲奈。そして肩を落とす俺。

 こうして俺は明日姉ちゃん達の荷物持ちとして、買い物に付き合うことになるのだった。



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