第32話 気持ちの問題

 あれから2時間、姉ちゃんと玲奈を加えた勉強会は粛々と進んでいく。

 先程の騒がしい時間が嘘のように静かに勉強をしていた。



「ごめん玲奈。ここの問題がわからないんだけど‥‥‥」


「ここはこのページの数式を使って、その後こっちを使えば解くことができるよ」


「なるほど、こうやるのか」


「うん。この辺りの問題は応用問題が多いから、まずはこの辺りの問題を解いた方がいいと思う」


「さすが玲奈。ありがとう」


「どういたしまして」



 可愛いだけじゃなくて、頭脳明晰。これこそ三日月玲奈だ。

 運動も誰よりもできる完璧超人。2代目女神の名前は伊達じゃない。



「小室君」


「どうしたの? 友島さん?」


「わからないことがあったら、私に聞いてもいいですからね」


「うん。わかった」


「春樹、こう見えて楓は中学でもかなり成績良かったんだよ」


「そうなの?」


「うん。テストがある時は必ず学年で10位以内に入っていたから、間違いないよ」


「頼もしい助っ人だ」



 姉ちゃんに玲奈に友島さん。勉強できる面子がこんなにいる。

 これだけ頭のいい頼りにいる人達がいるなら、姉ちゃんが出した目標なんて簡単に超えられるだろう。



「春樹、楓は数学以外の教科も全部網羅しているから何かあった時頼るといいよ」


「そうなんだ」


「小室君、何かわからない所とかありますか?」


「それならここの問題とかも全然わからないんだよね?」


「ここならこの公式を使います。応用の見分け方としてはこういう場合の時にこの公式を使えば大丈夫ですよ」


「なるほどな。友島さんの説明もわかりやすい。ありがとう」


「いえ、どんどん頼ってくれて構いませんから」


「わかった」



 玲奈の説明もわかりやすかったけど、友島さんの説明もわかりやすい。

 今の説明のおかげでどういった問題の時にこの公式を使えばいいかがわかった。

 玲奈に友島さん。普通に授業で教わるよりも、2人の説明の方がわかりやすい。



「春樹、いつでも私の事を頼ってね」


「もちろんだよ。玲奈」


「小室君、私に聞いて下さいね」


「わかった。友島さん」



 俺の両隣に座る玲奈と友島さん。

 最初の座席を決める際、俺の正面に姉ちゃん。そして右隣に玲奈、左隣に友島さん。

 そして玲奈の正面に守。友島さんの正面が紗耶香。そのように座席が決まっていたけど。



「春樹、他に何かわからない所はある?」


「小室君、どこかわからない所はありませんか?」


「えっ!? 別に今は大丈夫だけど?」



 左右両隣からプレッシャーが凄い。

 玲奈と友島さんどっちに聞いても角が立ちそうだ。



「ねぇ、守君。もしかしてあの子も‥‥‥」


「えぇ、そうですね。美鈴さんの想像通りです」


「そう」


「どうしたんだよ、姉ちゃん?」


「何でもないわよ。それよりもそろそろ休憩にしましょう」


「賛成。さすがに2時間もやったんだから、少しぐらい休もうよ。私疲れちゃった」



 紗耶香がペンを置き、その場で背伸びをした。

 背伸びをしたことで俺は紗耶香のある一部分を凝視してしまう。



「大きい‥‥‥」



 玲奈程ではないが紗耶香もいいものを持っている。

 玲奈が高級メロンだとすれば、紗耶香は天然栽培されたスイカといった所だろう。



「春樹、どこ見てるの?」


『ブスッ』


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 何故!? 何故玲奈は俺に目つぶしをしたんだ!!

 クリーンヒットしたおかげで、前が全く見えない。



「天罰ね。少しは反省しなさい」


「まぁ‥‥‥春樹もれっきとした男の子だってことだね。ごめん、楓」


「むぅ」



 下げずんだ視線で俺の事を見る姉ちゃんと俺の両隣以外は納得しているようだけど、俺は納得していない。

 せっかくのチャンスなのに目が痛くて開くことができなくて、テーブルに突っ伏して悶えている。



「それじゃあお茶の準備をするわね」


「美鈴さん、私も手伝う」


「玲奈はいいわよ。そこの机の上で突っ伏している奴の面倒を見ていて」


「それなら私がやります」


「ありがとう、紗耶香ちゃん。そしたらお願いするわ」


「わかりました」



 どうやら紗耶香が姉ちゃんの手伝いをしているようだ。

 台所の方からカチャカチャとティーテイムの準備をする音が聞こえてくる。



「紗耶香ちゃんは‥‥‥なの?」


「私は‥‥‥‥じゃないです」



 姉ちゃんと紗耶香が何かを話しているけど、俺にはよく聞こえない。

 2人がお茶を入れて戻ってくる頃には俺の視力も回復して、小休憩の時間を迎えていた。



「ふーー。紗耶香ちゃんの入れてくれた紅茶はおいしいわね」


「ありがとうございます。頑張って入れたかいがあります」



 おいおい、紗耶香。紅茶を頑張って入れたって言ってるけど、うちには即席のティーパックしかないぞ。

 ティーパックのお茶は確かに美味しいけど、頑張って入れたうちに入らないだろう。



「そういえば春樹、テスト期間が終わったらすぐにサッカーの大会よね?」


「そうだけど、何で姉ちゃんがその情報を知ってるんだよ?」


「クラスのサッカー部の人達がよく話してるからよ。応援に来てって言われたわ」



 さすが姉ちゃん。学校の人気者なだけある。

 たぶんサッカー部の人達だけじゃなくて、色々な所の部活からこのように言われているのだろう。人気者も大変だな。



「確か試合ってテスト期間あけた後だっけ?」


「うん。テスト期間が終わった次の週に試合が組まれてる」


「その試合って春樹や守は試合に出れそうなの?」


「春樹はわからないけど、確実に僕は無理だよ」


「それを言うなら俺だって無理だよ」


「何で?」


「だって夏の大会って言ったら3年生の集大成と言われている大会なんだ。それを入部してまだ2ヶ月も経ってない俺達が出れるわけないだろう」



 正直練習不足感は否めない。3年生の先輩達にとってはこの大会に向けて頑張ってきた人達もいる。

 ある程度練習を積んでいる2年生ならまだしも、まだ体が出来ていない技術的にも劣っている1年生が試合に出れるわけがない。



「全く、私の弟なのに情けないわね」


「サッカーの事を姉ちゃんにとやかく言われたくない」


「あら? 私去年の夏の大会はベンチメンバーに入っていたけど?」


「ぐっ!?」



 そうだ。家ではただのぐーたらしているだけのドルオタだけど、外では学園の女神様。

 周りから求められている結果を必ず残し続ける、それが姉ちゃんだ。

 内弁慶の外面だけがいい腹黒だってことを忘れてた。



「私知ってます!! 去年美鈴先輩の活躍のおかげでバレー部が決勝に行きましたよね?」


「よく知ってるわね、紗耶香ちゃん」


「はい。当時はセッターの美鈴さんが入ったことで、攻撃にバリエーションが増えたって話題にもなってました」


「紗耶香ってバスケ部だろ? よくそんなこと知ってたな」


「バスケ部の先輩が教えてくれたのよ!! やっぱり美鈴先輩は凄いなって改めて思ったの」



 改めて思ったけど、紗耶香は姉ちゃんの事が大好きすぎるだろう。

 目をキラキラさせて話す紗耶香の事を見ると、改めて姉ちゃんに毒されている気がする。



「美鈴さん。僕は春樹を擁護してるわけじゃないけど、人には人のペースがあるしいきなりそれは無茶ぶりじゃないですか?」


「何を言ってるのよ? 春樹ならベンチ入りメンバーぐらい入れるでしょ?」


「でも1年生からベンチ入りメンバーに入るのは難しいですよ」


「あら、何を言ってるの? 玲奈は今年の夏の大会のベンチ入りメンバーに入ったわよ」


「えっ!?」


「玲奈が夏の大会のベンチ入りメンバーに入ってるの!?」



 玲奈の方を見ると、恥ずかしそうにコクンと頷いている。



「うちの部活もテスト明けに公式戦があるんだけど、玲奈はその試合のベンチ入りメンバーに選ばれたのよ」


「すごいよ玲奈!! 1年生からレギュラーなんて!!」


「玲奈ちゃん、おめでとうございます」


「ありがとう。紗耶香、楓」


「もっと嬉しそうにしなよ!! おめでたいことなんだから」



 いや、玲奈は充分喜んでいる。玲奈を長年見てきた俺にだからわかる。

 一見すると無表情に見えるけど、少しだけ口角が上がっている所を見ると皆に祝われて喜んでいるように見えた。



「さて春樹。こんな私達の現状を見ても、貴方はまだ言い訳をするつもりなの?」


「それは‥‥‥」


「覚悟を決めなさい。絶対にベンチ入りメンバーに入る。それぐらいの気概がないと、レギュラーなんて夢のまた夢よ」



 姉ちゃんの言っていることはわかる。それぐらいの強い気持ちがないと、ベンチ入りどころかレギュラー入りなんて無理だろう。

 だけど今の俺にそれができるのか? そう問われると本当にできるのかわからない。



「まぁ、いいわ。部活の話は今する話じゃないからやめときましょう。まずは勉強を頑張ってそこで結果を出しましょう」


「そうだな」


「絶対に赤点は回避しなさいよ。私の顔に泥を塗るようなことだけはしないでよね」


「そこ!? もっと弟が楽しく過ごす為に頑張れとか、弟の生活が豊かになるようにとかそういう励まし方はしないの!?」


「ないわね」


「辛辣!!」



 そうだ、忘れていた。姉ちゃんは元々こういう人だ。

 上げてから落とす。落ちたら落とす。例え地面の底に落ち切ったとしても穴を掘って地面の底に埋める。

 そういった嫌がらせをする徹底主義の女性だった。



「テストか。私も頑張らないとな」


「紗耶香ちゃんなら大丈夫ですよ。赤点は回避できると思います」


「私も。協力する」


「あ~~2人共ありがとう‥‥‥って、春樹達はどうしたの?」


「いや、何でもないよ」


「何でもなくはないでしょう。紗耶香ちゃんの胸ばかりいやらしい視線ばかり向けて」


「姉ちゃん!? 何言ってるの!?」



 何でそんな誤解を招くようなことを言うんだよ。そんな所見てないのは一目瞭然だろう。



「春樹のエッチ」


「春樹、ちょっと私とお話ししよう」


「小室君なんて、もう知りません」



 あぁ、女性陣からの視線が痛い。あの冷たくて凍り付くような絶対零度の視線が俺に向けられている。

 だが友島さんだけは違う。俺じゃなくて紗耶香の胸を見て、親の仇のような視線を向けている。



「どうしてこうなるんだ!!」



 地の底に響くような俺の慟哭が、家中に響き渡る。

 結局この日は姉ちゃんのせいで女性陣の視線が冷たいまま、勉強会をするのであった。

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