第30話 女神様の弟

「さぁ、入りなさい」


「ぐっ!!」



 2階の姉ちゃんの部屋に押し込められると同時に、握られていた手は離された。

 その代わり背中軽く押され、中へ入るように促される。



「危なっ!? 転ぶところだったじゃん!!」


「ちょっと体制崩しただけじゃない。大げさなのよ、春樹は」


「横暴なわがまま姫」


「あぁ? 何か言った?」



 昼間全校生徒に見せていたハスキーボイスとは180度違う、ものすごく低いドスの聞いた声。

 どこかの怖いお兄さんでも腰を抜かすような声が姉ちゃんの口から発せられた。



「いえ、何でもありません!!」


「わかっているなら、とりあえずそこに座りなさい」


「座るってどこに‥‥‥」


「あんたが座る所なんて、床以外のどこがあるのよ」


「ですよねぇ」



 ここは大人しく姉ちゃんの指示に従っておこう。

 黙って俺は床に座った。



「誰が胡坐をかいていいって言ったの?」


「えっ!?」


「座るって言ったら正座でしょ。せ・い・ざ」


「ぐっ!!」


「何か文句があるのかしら?」


「‥‥‥ありません」



 ちくしょう。一体俺がどんな悪いことをしたって言うんだよ。

 せいぜい姉ちゃんが怖くて教室で隠れてただけなのに、俺になんてことをさせるんだ。



「よく座ったわね。じゃあ話を始めましょうか」



 そのまま姉ちゃんもベッドに座る。

 足と腕を組み、冷たい視線を俺に向けてくる。



「私はまどろっこしいことは嫌いなの。だからさっさと本題を言わせてもらうわね」


「どうぞ」


「よくも昼休みはこの清楚で可憐な超絶美少女のお姉さまを無視してくれたわね」


「自分で超絶美少女と言っている時点で、説得力が皆無なんだけど‥‥‥」


「何か言った?」


「いえ!! 何でもないです!!」



 くそ!! 家ではいつも激ダサのいもじジャーに虚淵眼鏡をかけていて、女子力の皆無もないくせに。

 学校の皆は何で姉ちゃんが女神様って言ってるんだよ。女神じゃなくて邪神の間違いなんじゃないか。



「それにしても春樹、中学時代と違ってずいぶん色気づいてるじゃない」


「そんなことないよ」


「あるわよ。月島さんと友島さんだっけ? すごく可愛いじゃない」


「まぁな」


「で、どっちがあんたのタイプなの? どっちも可愛いけど?」



 くそ!! 姉ちゃんめ。俺が玲奈の事が好きなのを知っていて、わざとこんな質問をしてきてるな。

 その証拠に姉ちゃんはニヤニヤと俺の顔を見て笑っている。

 姿は学校で見る女神のままなのに、その表情は家の中で見る姉ちゃんの姿そのままだ。



「どうしたのよ? 春樹? 私の顔をずっと見て」


「いや、何でもない」



 言えない。今の姿の姉ちゃんに見とれていたなんて、本人を前にして絶対に言えない。

 学校や家で見ているものとは違う、全然違う魅力がある。

 もしかすると学校にいる姉ちゃんよりも好きかもしれない。



「あっ、もしかして今の私に見とれちゃった?」


「うん。深淵の中を見る時ってこんな感じなのかな」


「春樹知ってる? 深淵を覗く時、深淵もまたこちらのことを見ているのよ」


「痛い!! 痛いよ!! 俺が悪かったから、だから俺の大事な太ももをつねらないで!!」



 前言撤回。姉ちゃんは姉ちゃんだ。

 一瞬魅力的に映ったのはどうやら俺の勘違いだったらしい。



「まぁ、今日はこのぐらいにしておくわ」


「助かった」


「それよりも月島さん達のことよ。あんたは一体どっちを狙ってるの? 今日はそれをはっきりさせたかったの」


「昼休みのことは怒ってないの?」


「そうね。怒ってないと言えば嘘になるけど、今回は特別に許しましょう」


「ありがとうございます!!」



 俺は正座の姿勢から頭を下げる。いわゆる土下座の態勢になった。



「前から思っていたけど、春樹の土下座なんてなんか安っぽいわね」


「姉ちゃんは土下座の有用性をわかってないな」


「?」


「土下座はな、その人に反省している姿勢を見せるだけじゃなくて周りからそれぐらいで許してあげようって同情を誘う効果があるんだよ」


「同情を誘うっていっても、今は私しかいないんだけどね」



 細かいことを気にする姉ちゃんだな。

 そんな細かいことを気にしてると、ハゲるぞ。



「それより話を戻すけど、春樹はどっちがタイプなの? 月島さん? それとも友島さん?」


「俺が好きなタイプの女性は玲奈だ。それは今でも変わらない」



 姉ちゃんは紗耶香と友島さんを見て勘違いしているようだけど、あくまで俺は玲奈が好きなんだ。

 その気持ちだけは絶対に変わらない。



「あら? 玲奈から心が離れてあの2人のどちらかを狙ってるんじゃないの?」


「そんなわけないだろう。確かに2人は魅力的な女性だけど、俺は玲奈ほど魅力的な女性はいないと思ってる」


「ふ~~ん、あんたもそんな表情できるのね。少しだけ感心したわ」



 俺の回答に納得したのか満足げにしている姉ちゃん。

 女神の皮を被ったこの邪神は、一体何を考えているのだろう。



「ここからが本題なんだけど。春樹も昔と違ってだいぶモテてきたようね」


「モテる? 俺全然モテてなんてないんだけど」


「無自覚か。まぁいいわ。春樹、私は貴方を褒めてるのよ。今まで地味で暗くて不潔な陰キャから、地味で暗い陰キャぐらいにはレベルが上がったんじゃないかしら?」


「その2つの違いって何? どっちも同じだと思うんだけど?」



 結局俺は地味で暗い陰キャってことだろ? 全然変わってないじゃん。



「まぁ、そこは置いておきましょう」


「おいておくの!? 結構重要なことだと思うんだけど!?」


「何はともあれ、あんたはレベルアップしたの。それにこの清楚で可憐な超絶美少女の女神様である私の弟ってことで、これからさらに人気が上がるはずだわ」


「ナルシストもここまでいくと、清々しいな」


「春樹、あんた何か言った?」


「いえ!? 何も言ってません!? 言ってないから、足をつねるのはやめて下さい!!」



 俺の膝を遠慮なくひねりあげる姉ちゃん。

 ナルシストに加えて暴力的。さすが邪神、攻撃力が桁違いだ。



「あんたはその減らず口を少し何とかした方がいいんじゃない?」


「こんなこと言うのは姉ちゃんだけだ」



 玲奈には絶対にこんなセリフなんか言わない。

 いや、こんなこと言う必要性はないし。絶対玲奈には言わない自信がある。



「暢気なあんたはわからないかもしれないけど、これからあんたには私の弟だっていうプレッシャーがかかってくるわ」


「そんなのわかってるよ!! 中学時代と同じじゃないか!!」


「馬鹿!! 中学時代とは比にならないプレッシャーがかかるって私は言ってるのよ!!」


「中学時代よりも? あの時もあの時で大変だったんだけど!?」



 中学に入った時も俺は姉ちゃんの弟ってことでかなりのプレッシャーがあった。

 時間が経つにつれてそれもなくなっていったけど、あの時以上のプレッシャーがかかってくるのか。



「そうよ。出る杭はうつじゃないけど、あんたのことを潰そうとする輩が出てくるかもしれないわね」


「俺の事を陥れようとするなんて、そんなもの好きなんているの!?」


「いるわよ。あんたが私の弟って学校中にしれ渡っちゃったんだから、そういうこともあり得るわ」


「そうなんだ」


「胸を張りなさい、春樹。あんたは私の弟だってだけで、もう充分学年上位カースト連中の一員よ」



 どうやら俺は知らぬ間に、上位カーストの一員になってしまったらしい。

 全くもって面倒くさいことになったな。



「俺は別にカースト上位になりたかったわけじゃないんだけど‥‥‥」


「なっちゃったものはなっちゃったんだから受け入れなさい」


「でも‥‥‥」


「それにね、カースト上位になった恩恵もあるわ」


「恩恵?」


「そうよ。これであんたが玲奈と付き合っても、誰も文句は言わないわよ」


「それは正直言ってうれしい」



 これだけのことがあって、やっと玲奈と対等な位置に立てたのか。

 大変だったけど姉ちゃんにお願いしたかいがある。素直にうれしい。



「だからこそ、今度の中間テストは下手な点数は取れないわよ」


「わかってるよ」


「これからこの可憐で魅力的な超絶美少女のお姉さまがビシビシ教えていくから覚悟しなさい」


「超絶美少女は言い過ぎのような気がするけど‥‥‥」


「何か言った?」


「いえ!! 何でもありません!!」



 これ以上つっこむのはやめよう。いうだけ野暮ってものだ。

 姉ちゃんが邪神な事には変わりない。それは俺の胸に秘めておこう。



「じゃあ早速勉強でもしましょうか」


「えっ!? ご飯は? それに姉ちゃん風呂に入ってないんじゃないの!?」


「シャワーは浴びて来たから大丈夫よ」


「えっ!? 嘘!? じゃあなんで制服を着てるの!?」


「制服姿の方があんたが慌てるかと思って、わざと着てるだけよ」


「マジかよ!?」



 どうやら俺は姉ちゃんの術中にはまっていたらしい。

 帰ってきてから既に戦いは始まっていたみたいだ。姉ちゃんに完全に騙された。



「じゃあまずは数学からやりましょう」


「俺が1番苦手な奴なんだけど」


「だからこそやるのよ」


「もうすぐ夕食の時間じゃない? 勉強はその後でも‥‥‥」


「つべこべ言わず、さっさとやる!!」


「はい!!」



 結局この後、俺の部屋に移動して姉ちゃん主催の勉強会が始まる。

 この日も日付が変わるその時間まで、俺は姉ちゃんとめちゃめちゃ勉強するのだった。



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