第29話 初めての経験

 部活が終わった後の帰り道、俺は意気揚々と家に向かっていた。

 こんなに気分がいいのは玲奈と一緒に昼食を取ることができたからだ。



「あ~~今日は楽しかったな」



 最初姉ちゃんが来た時はどうなることかと思ったけど、結果的にはよかった。

 玲奈も紗耶香や友島さん達と仲良くなったようだし、いいことずくめだ。



「でも、何か忘れている気がする」



 なんだろう。なんだかきわめて重要な事を忘れている気がする。

 しかも俺の命にかかわるようなことだ。

 頭の中からそんな重大な事が抜け落ちている気がするけど何のことだっけ。



「まっ、いいか」



 思い出せないものは仕方がない。思い出せないなら、そんなに大したことはないのだろう。

 そう思い直して意気揚々と玄関の扉に手をかける。



「鍵は確か財布の中に‥‥‥あった!」



 財布から取りだした鍵を使ってドアを開けて、玄関の扉を開く。

 中に入ると玄関の前で両手を腰に当てて仁王立ちしている姉ちゃんがいたのだった。



「おかえりなさい、春樹。ずいぶんと遅かったわね」


「ねっ、姉ちゃん!?」


「今日はやけに楽しそうね。何かいいことでもあったのかしら?」


「いや、その‥‥‥」



 怖い。俺の事を見下ろし睨みつける姉ちゃんの威圧感は半端ない。

 俺の事を睨みつけるその姿はまさに閻魔法王。これから俺に裁きを下そうとしているように見えた。



「まぁ、楽しそうにしていることはいいことだし一旦おいておくわ。それよりも貴方は昼休み、どこで何をしていたのかしら?」


「ええっと‥‥‥それは‥‥‥」


「まさか教壇の中に隠れていたとか言わないわよね?」



 ダメだ。やっぱり姉ちゃんにはバレている。

 あの時完全に目が合ってたし、言い逃れすることは不可能だろう。



「あれは‥‥‥その‥‥‥」


「とりあえず今すぐにお風呂に入りなさい。反省の言葉はお風呂に入った後、私の部屋で聞くわ」


「それなら一旦俺は部屋に戻って風呂の準備を‥‥‥」


「大丈夫。貴方の着替えならここに用意してあるから」


「えっ!?」



 よく見ると姉ちゃんの足元には俺の着替え一式が揃っている。

 一体どこで揃えたのだろう。上下のジャージ一式からパンツまで全部揃っていた。



「一体どこで俺の着替え一式を揃えたんだよ!?」


「さぁ、どこで揃えたんでしょうね」



 恐ろしい。姉ちゃんを怒らすとこんなに恐ろしい存在になるとは思わなかった。

 顔はニコニコと笑っているはずなのにその威圧感で気おされてしまう。

 もし戦闘力を計るスカウターのようなものがあったら、天井突破してスカウターが壊れてしまうだろう。

 それぐらいの雰囲気を姉ちゃんは漂わせている。



「準備は出来てるから、今すぐお風呂に入ってきなさい」


「せめて鞄を部屋に置いてきても‥‥‥」


「大丈夫よ。それも全部私がやってあげる」


「えっ!?」


「今日だけのサービスよ。うれしいでしょ?」


「でも‥‥‥」


「いいからさっさとお風呂に入ってきなさい!!」


「はっ、はい!!」



 目を吊り上げた姉ちゃんの横をすり抜け、着替えを持ち風呂場へと直行する。

 そして風呂場に入り頭や体を洗った後、風呂に入るのだった。



「風呂も沸いてるなんて。どれだけ用意周到に準備をしてるんだよ」



 着替えも準備して風呂の用意もできてるなんて、なんて仕事ができる奴なんだ。うちの姉ちゃんは

 よっぽど姉ちゃんは今日の昼休みの出来事がご立腹だったようだ。

 その証拠にいつものくそダサジャージじゃなくて、制服のままであの場に立っていた。

 きっと帰ってきてから俺の帰りをあそこでずっと待っていたのだろう。今日はバレー部の練習もなかったみたいだし、一体あそこで何時間待っていたんだよ。



「まずいな。姉ちゃんがめちゃめちゃ怒ってる」



 怒ってるなんてものじゃない。激おこだ。久々にあんなに怒ってる姉ちゃんを見た。



「どうにかして姉ちゃんから逃げないと‥‥‥」



 昼休みにあんなメッセージを俺に残したんだ。

 姉ちゃんの部屋に行ったら、何をされるかわからない。



「大丈夫だ。姉ちゃんの想像つかないスピードで風呂から出て、その後リビングに一旦避難。そして姉ちゃんが風呂の様子を見に来た時、こっそりと自分の部屋に戻って鍵をかければ‥‥‥」


「春樹、タオルここに置いておくわね」


「ねっ、姉ちゃん!? 今の独り言聞いてたの!?」


「何よ? 今あんた何か言ってたの?」


「別に。何も言ってないよ」



 よかった。今の作戦を聞かれていなかったのか。

 そうとなればこっちのものだ。姉ちゃんに気づかれないように逃げ出そう。



「あっ、そうだ。春樹」


「何? 姉ちゃん?」


「一応伝えておくけど、あんたが風呂から出てくるまで私はここにいるから」


「えっ!?」


「だからさっさと入ってさっさと出てきなさい」


「待って、姉ちゃん!? 別にここにずっといなくても、リビングでのんびりくつろいでてよ!!」



 駄目だ。返事がない。どうやら姉ちゃんは本気のようだ。

 俺が出るまで風呂場の前の廊下で待つつもりだ。こうなった姉ちゃんは何を言われても動かない。



「こうなったら仕方がない。出来るだけ長く風呂に入ろう」



 いつもより体を念入りに洗い、長く風呂に入り日頃の疲れを積極的に取る。

 風呂に入って数十分後、綺麗に体を洗った俺は姉ちゃんが用意した着替えを着て風呂場を出る。



「やっとお風呂から出たわね。待ちくたびれたわ」


「待ちくたびれたって、普段の姉ちゃんの半分の時間しか入ってないけど‥‥‥」


「女の子にはやらなきゃいけないことが色々あるのよ!! それよりも早く行くわよ!!」


「行くってどこに?」


「私の部屋に決まってるでしょ!! ほら!! キリキリと歩きなさい!!」


「おわっ!?」



 俺の手を握った姉ちゃんはそのまま2階へと俺を連れて行く。

 俺の意志などお構いなしに、ずんずんと姉ちゃんの部屋に連れていかれる。



「ちょっと待って姉ちゃん!? 俺達今手をつないでるよ!?」


「別にいいじゃない!! 姉弟なんだからノーカンよ!! ノーカン!!」


「俺の初めては玲奈にあげるって決めていたのに‥‥‥」


「私だって初めてよ!! いいから黙ってついてきなさい!!」



 叫ぶ姉ちゃんに連れられて俺は2階へと上がる。

 そしてそのまま姉ちゃんの部屋へと強制的に連れ込まれるのだった。



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