第28話 台風一過

 姉ちゃんが去った後、さっきの喧騒はどこ吹く風クラス内は静まり返っていた。

 その様子を見て、この学校内で姉ちゃんがどれぐらい影響力があるかわかる。

 姉ちゃん1人いるかいないかでその場の雰囲気が変わってしまう。今回の件でそれぐらいの影響力が姉ちゃんにはあるように思えた



「美鈴先輩、一体何しに来たんだろう」


「全くだ。せっかくこっちは穏やかな昼休みを過ごしていたのに。これじゃあ台無しだ」


「春樹!? 大丈夫なの!?」


「あぁ、なんとかな」



 のそのそと教壇の下から這いつくばるように俺は出る。

 頭を打った影響で顔色が悪いため、はたから見たらゾンビと間違えられてもおかしくはなかった。



「小室君!? 本当に大丈夫ですか!? 目が死んでますけど!?」


「あぁ、幸い今の所は問題ない」


「その割には顔色が悪いけど?」


「これは別の事で悩んでいて、顔色が悪くなってるだけだ」


「別の悩み?」


「紗耶香達は気にしなくても大丈夫。これは俺の問題だから」



 主に家に帰ったら姉ちゃんにどんな仕打ちをされるかわからないので、顔が青ざめているだけだ。

 あの目は確実に俺を殺ろうとしていた目だ。しばらくは姉ちゃんと2人切りで会いたくない。



「やっぱりそこにいたんだ。春樹」


「玲奈にはやっぱり気づかれていたか」


「うん。でも私だけじゃなくて、美鈴さんも気づいていたと思うよ」


「嘘!?」


「本当だよ。春樹のことだから私達の約束なんて頭に入ってないだろうから絶対に教室にいるって美鈴さん言ってたよ」


「そこまで読んでいたの!?」


「ついでに教室で私達を見つけた春樹は逃げ場をなくして、教壇の下に隠れるって言ってたよ」


「何だよ姉ちゃん!! エスパーじゃん!!」


「春樹がわかりやすいだけだと思うんだけど‥‥‥」



 俺の幼馴染がため息をついている。

 どうやら俺の行動にあきれているらしい。



「ちょっと春樹、出てきていいの? 美鈴先輩は帰ったけど、まだ玲奈は教室にいるわよ」


「大丈夫大丈夫。俺が恐れているのは姉ちゃんだけだから、姉ちゃんさえいなければ特段問題はない」



 俺の天敵はゴッドオブゴッドこと地球で1番偉いのは自分だと勘違いしている姉ちゃんである。

 天敵である姉ちゃんさえいなければ、別に誰がいても大丈夫。

 玲奈ならいてもらっても構わない。むしろこのクラスに編入してきてほしい。



「相変わらず春樹は美鈴さんの事が苦手なんだね」


「苦手ではないけど、あまり学校で会いたくないんだよ」


「何で会いたくないのよ」


「学校での姉ちゃんは姉ちゃんじゃないような気がして、とっつきにくいんだよ」



 家での姉ちゃんを見ているせいか、学校で羊の皮を被っている姉ちゃんと話すのは違和感がある。

 だからだろうか。話していると寒気がするというか、背中がぞわぞわするのだ。



「家でのお姉さんは学校とは違うんですか?」


「違うというかなんというか‥‥‥うまく言い表せないな」


「春樹の家での美鈴先輩、興味あるわね」


「見ない方がいいと思うよ。夢が壊れるから」



 家での姉ちゃんはただのドルオタだ。紗耶香の夢を壊さない為にも、絶対に家で姉ちゃんと家で鉢合わせないようにしなくてはならない。



「夢が壊れる? 春樹の家には何かあるの?」


「何もないよ!! それよりもさすが姉ちゃんだな。相変わらず俺を探す勘だけは野生のライオンのように鋭い」


「美鈴先輩じゃないけど、玲奈の言う通り春樹はわかりやすすぎよ」


「紗耶香!? そんなに俺ってそんなにわかりやすい?」


「うん。凄くわかりやすい」


「私もそう思います」


「友島さんまで!?」



 初対面の2人にまで俺の事がわかりやすいと言われてしまった。

 自覚はなかったけど、どうやら俺はわかりやすい性格をしているらしい。



「みんな春樹のことよく見てる」


「うんうん。玲奈ちゃんの言う通りだ」


「守には言われたくない」



 今まで色々と恥ずかしいことを見せてきた玲奈には何を言われてもいいけど、守にだけは言われたくない。

 今まで小中学校を通して、俺以外で1番目をつけられてきたのが守だ。

 だから姉ちゃんの恐ろしさをここにいる誰よりも知っているはずだから、そんなセリフを言うことは許さないぞ。



「春樹がすごくクラスに馴染んでる」


「玲奈? 今何か言った?」


「春樹に友達ができてよかったって言ったの」


「俺に友達ができるかの心配をしてくれたのか。いい奴だな。玲奈は」



 わざわざ別のクラスになった俺の心配までしてくれるなんて。

 玲奈は何ていい奴なんだ。ただただクラスを荒らして帰っていく姉ちゃんとは大違いだ。



「春樹が手玉に取られてる」


「小室君はあんな風に扱うんですね」



 紗耶香と友島さんが俺達の事を見て驚いているけど、そんなのは気にならない。

 それよりも今は玲奈に聞きたいことが山ほどあるんだ。



「そういえば、玲奈達はどんな目的で俺達のクラスに来たんだ?」


「春樹と一緒にお昼を食べようって、美鈴さんが言ってたから迎えに来たんだ」


「やっぱり。姉ちゃんの差し金か」


「春樹はその話聞いてないの?」


「うん。俺はその話は一切知らない」



 おおむね、昨日の夜俺と話した後玲奈に電話して決めたのだろう。

 朝一緒に歩いていた時には一切そう言う話をしていなかったので、きっと内々に決めていたに違いない。



「玲奈に確認なんだけど、それが決まったのっていつ?」


「昨日の夜、美鈴さんから夜連絡があって決まったよ


「やっぱりそうだ」


「美鈴さんは春樹も連れて行くって言ってたから話を聞いてると思った」


「姉ちゃんがそんな大切な事、俺に話すわけがないだろう」



 その証拠に朝の登校時、昼休みの話なんて一切していなかった。 

 姉ちゃんの考えなんて簡単にわかる。



「それにしても美鈴先輩はどうして小室君にはお昼の事を教えなかったんでしょうか?」


「きっと俺が逃げると思って話さなかったに決まってる」


「本当にそれだけなの?」


「絶対それだけだ。これは俺の予想だけど、いきなり教室に現れて俺が驚いている隙にどこかに連れ去るつもりだったんだろうな」


「何でそんなことわかるのよ?」


「それは俺と姉ちゃんが姉弟だから‥‥‥かな」



 姉ちゃんが俺のことをわかるように、俺も姉ちゃんの考えは大体予想がつく。

 おおかた事前の通達だと、俺が逃げると思ったんだろう。だからあえてその予定を伝えていなかったんだ。



「とりあえずさっきの出来事は置いておいて、せっかくだから玲奈もここで一緒に食べましょう」


「いいの? 迷惑だったら、私も教室帰るけど‥‥‥」


「全然迷惑じゃないわよ。守に比べれば」


「そこで僕に流れ弾が来るの!?」


「うるさいわね。いいからさっさとあんたの席をあけ渡しなさい!!」


「理不尽だ!!」



 紗耶香はそういうとテキパキと準備を進めていく。

 いつの間にか席が1つ増え、5つになっている。



「本当にいいの? 私が入っても」


「もちろんよ」


「私達もせっかくですから、玲奈ちゃんと色々話したいです」


「うん、ありがとう。それじゃあ私もここで食べる」


「ようこそ! 1年A組へ!」


「玲奈ちゃん」


「うん。よろしく」



 どことなくだが、玲奈が嬉しそうに見える。

 こう見えて玲奈は表情には出さないけど、俺には紗耶香と友島さんと一緒にお昼ご飯を食べれて喜んでいるように見えた。



「じゃあ早速女子会やろうよ! 女子会! 一部男子も交じってるけど、気にせずにやろう!」


「待って、紗耶香ちゃん。それって僕達のことを言ってるの!?」


「春樹とあんた以外に誰がいるって言うのよ」


「しんらつぅーー。でも、それが何故か気持ちいい」


「きもっ!! やっぱり守はどっか行って」


「そんなこと言わないでよ!?」



 慌てる守に怒る紗耶香。そしてその様子をクスクスと笑いながら見る玲奈と友島さん。



「何だ、楽しそうにやってるじゃないか」



 あんな楽しそうに笑っている玲奈の姿は久々に見る。

 たまに廊下を横切るとクラスの人達と無表情で話していたから心配だったけど、それは杞憂だったようだ。



「春樹!! 春樹からも言ってくれ!! 僕の事をのけ者にしないでくれって!!」


「知らん!!」


「春樹までそんなこと言うのかよ!! さっきは守ってやったのに」


「それはそれ、これはこれだ」


「そうよ。守、少しは大人しくしていなさい」


「紗耶香ちゃんまでそう言うの!? もう少し僕にも構ってよ!!」



 守の叫び声が教室中に響く中、俺達は昼ご飯を食べ始めた。

 それと同時に教室内外に喧騒が戻り、楽しそうな笑い声が教室に響くのだった。

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