第27話 ビッグマム到来!?

「ねっ、姉ちゃん!?」



 家で見るお団子頭は見る影もないつやつやとしたロングの綺麗な髪。

 黒縁眼鏡の激ダサジャージ姿とは打って変わって、綺麗な制服に凛とした雰囲気を醸し出す清楚な姿。

 才色兼備、まさに日の打ちようのない完璧な姿はまごうことなき我が家のビッグマムこと姉ちゃんがそこにはいた。



「何で姉ちゃんが俺のクラスに来るんだよ!?」


「知らないわよ!! 春樹、朝何か女神様と約束したんじゃないの!?」


「別に姉ちゃん達とは約束をしてないけど‥‥‥」



 その時俺の脳裏にはふと今朝教室で別れた時の玲奈の顔が浮かんでいた。

 それぞれの教室に入る前に玲奈は俺になんて言ってたっけ?



『じゃあ春樹、またね』


「まさか、あの時話していたのはこのことじゃ‥‥‥」



 目を凝らしてみると姉ちゃんの後ろには玲奈の姿もある。

 姉ちゃんと玲奈、2人が揃っているからこんなに廊下が騒がしかったんだ。



「春樹、もしかして心当たりがあるの?」


「あると言えばあるような気もするけど‥‥‥ないといえばないような気がする」


「一体どっちなのよ!! 女神様と天使様がそろい踏みで来るなんて、天変地異が起きないとないことよ!!」



 学園が誇る女神様と天使様の登場で紗耶香がテンパっているけど今は放って置く。 

 そんなことより今1番の問題は姉ちゃんだ。

 今までは俺との血縁関係がばれたら俺の事を抹消するとまで言っていたのに、何で自分からわざわざバレるようなことをしにきたんだよ。

 言動と行動が不一致すぎるだろ。



「ちょっと春樹、どこに行くの?」


「隠れるんだよ。こんな所で姉ちゃんと鉢合わせたらろくなことにならないからな」



 学校で俺と会うことを極端に嫌がっていた姉ちゃんの事だ。リスクを負って俺のクラスへ来た以上、きっと何か考えがあるに決まってる。

 その場合大抵俺にとって悪いことが起こる。だからここは姉ちゃんと顔を合わせない方がいいだろう。



「とりあえず俺は教壇の下に隠れるから、姉ちゃんが来たら適当にやり過ごしてくれ」


「ちょっ、春樹!! 何逃げてるのよ!!」


「逃げてるんじゃない!! これは戦略的撤退って言うんだ!!」


「それを逃げてるって言ってるのよ!!」



 何度でも言え。家で何を言われても構わないけど、学校のしかもクラスメイトが注目されている中で言われるのだけは嫌だ。

 守がいるとはいえ、姉ちゃんにあることないこと紗耶香達に言われてはたまったものではない。



「すいません」


「はっ、はい!!」


「このクラスに小室春樹君はいませんか?」


「おっ、弟さんならあっちにいます」


「ありがとう。行くわよ、玲奈」


「うん」


 話しかけたクラスメイトに微笑み、姉ちゃんは俺のクラスへ襲撃を始めた。

 姉ちゃんの笑顔を間近で受けた男子は、顔が真っ赤になっている。



「また1人姉ちゃんのファンが増えたか」


 あの女神あくまの微笑みにやられたものがまた1人出て来たのか。

 さすが姉ちゃん。これでまた1人姉ちゃんの信者が生まれてしまった。



「違う違う。今はそんなことよりも紗耶香達だ」



 このクラスに集まった様々な学年の人達に見守られる中、姉ちゃんは紗耶香達の方へと向かっていく。

 紗耶香と友島さんはガッチガチに固まっていて、守はと言えば姉ちゃん相手に気さくに手をあげていた。



「美鈴さん、お久しぶりです」


「久しぶりね、守君。元気にしてたかしら?」


「僕は元気ですよ。美鈴さんこそ、お元気で何よりです」



 気軽に姉ちゃんと挨拶を交わす守。そして挨拶をかわしただけで周りから驚きの声が上がる。



「あいつは一体何者なんだ?」


「やっぱり女神様とまともに対話できるのはイケメンしかいないのか?」


「でもこの前テニス部の山根が告白して振られてたぞ」


「バスケ部の馬原も振られたって話だったな」


「もしかして女神様は年下がタイプなんじゃ‥‥‥」


「それだ!!」



 『それだ!!』じゃない。ただ守と姉ちゃんは小学校と中学校が同じだから親しいだけだ。

 だから外でこそこそと話している人達は、どうすれば下の学年になれるか話すのはやめてくれ。

 留年しても姉ちゃんは振り向かないぞ。



「玲奈ちゃんも、久々だね」


「うん」


「元気だった?」


「うん、元気」



 玲奈は相変わらず淡々と話しているし、姉ちゃんは笑顔でそれを見守っている。

 それを笑って見ている守の3人ははたから見れば相当仲がいい間柄にしか見えない。

 まぁ、小学校からの仲だからその通りなんだけど。



「おい、女神様の弟である小室が話すならまだしも、なんで来栖が女神様と自然に話せてるんだよ」


「それに天使様とも話してるぞ」


「殺ッチャオウ! 小室モロトモ殺ッチャオウ!」


「イケメンハ罪! イケメンハ抹殺!」



 おいおい、うちのクラスメイトはなんて物騒なことを言ってるんだよ。

 言葉が片言の奴までいるし、うちのクラスはどうなってるんだ。



「玲奈ちゃん、何をキョロキョロしてるの?」


「別に」



 玲奈は玲奈で辺りをキョロキョロと見回している。

 やがてキョロキョロからチラチラと視線を教壇の方へと向ける。



「玲奈、どうかしたの?」


「何でもない」



 明らかに玲奈は俺が教壇の中に隠れていることに気が付いているように見える。

 姉ちゃんに気を使っているからか、姉ちゃんと守が話している時だけ教壇をチラチラと見ていた。



「そういえばこちらの2人は守君の友達なの?」


「そうですよ。せっかくだから紹介しましょうか?」


「まっ、守!? いきなり何言ってるのよ!?」


「春樹の友達なんだから、これから頻繁に顔合わせすることになるから名前だけでも覚えてもらった方がいいだろう」


「そっ、そうね。確かに、守の言う通りかも」



 あの紗耶香がたじろいでいるだと!?

 こんな光景中々見ることなんてないぞ!!



「まずはこっちの元気ではつらつとしている可愛い女の子が月島紗耶香ちゃん」


「はっ、初めまして!! 月島紗耶香っていいます。めが‥‥‥いえ、小室先輩とお会いできて光栄です」


「ふふっ、よろしくね。月島さん」


「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします!!」



 紗耶香のやつ、緊張でガチガチになってる。

 以前姉ちゃんに憧れているって言っていたけど、あの発言はガチっぽいな。



「月島さん‥‥だったかしら?」


「はっ、はい!!」


「もしかして、この前の仮入部期間にバスケ部の練習に来てなかった?」


「おっ、覚えていてくれたんですか!?」


「もちろんよ。バスケ部にやたら可愛い子新入生が来ているなって思ってたけど、貴方の事だったのね」


「可愛いって‥‥‥私がですか!?」


「そうよ。こちらこそ、よろしくね。紗耶香ちゃん」


「はっ、はひぃ!! こちらこそよろしくお願いします!!」



 よっぽどてんぱっていたのか紗耶香の声が裏返っていた。

 それを見て姉ちゃんは紗耶香に微笑む。

 なんだかんだ言って、姉ちゃんは紗耶香みたいな性格の人が好きなんだよな。

 あぁやって恥ずかしがる所とか、玲奈にそっくりである。



「それでこっちのショートヘアーで大人しめの可愛い女の子は紗耶香ちゃんの友達の友島楓ちゃん」


「初めまして。友島楓と申します」


「貴方も可愛いわね、よろしくね」


「はっ、はひっ!!」



 あまりの緊張に友島さんも噛んでいる。まぁ、姉ちゃんと初めて会う人は慣れるまでは皆こういう反応になるよな。



「ちなみに私の名前は知ってると思うけど、一応自己紹介すると私は小室美鈴。このクラスにいる小室春樹の姉です。いつも春樹がお世話になってます」


「とんでもないです。春樹君にはむしろ私達がお世話になっているというか‥‥‥」



 おい、紗耶香。お前の脳内がバグって、俺の呼び名が君付けになってるぞ。

 俺は紗耶香に名前を呼び捨てにされるかあんたとしか呼ばれたことないのに、姉ちゃんの前で変に猫を被ってどうするんだよ。



「で、こっちにいる隣の子は三日月玲奈よ。私の中学時代の後輩で高校でも私と同じバレー部に所属してるの」


「天使‥‥‥いえ、三日月さん。よろしくね」


「うん、こっちこそよろしく」


「よろしくおねがいします」



 紗耶香と友島さんはガチガチだけど、今の所和やかに話し合いは進んでいる。

 できればこのまま終わってほしいけど、姉ちゃんがこのまま何もしないで終わるわけがない。



「美鈴さん、それよりも今日は僕達のクラスにどのようなご用件何でしょうか?」


「そうだったわね。今日は春樹に会いに来たのよ」


「春樹に?」


「そうよ。せっかくだから3人でお昼を食べようって朝話していたのに、春樹は一体どこにいるのかしら?」



 だから朝玲奈はお昼に会おうって言っていたのか。

 登校していた時の話なんて、あまりに眠たかったので気にも留めてなかった。



「朝‥‥‥ってことは、春樹っていつもめが‥‥‥美鈴先輩達と一緒に来ているってことですか!?」


「そうよ」


「えぇ!? そんなこと知らなかった!?」


「もしかすると春樹がいつも私達の金魚の糞のように一緒についてきているから、みんな知らなかっただけなのかもしれないわね」



 姉ちゃんの野郎。いきなりぶっこんだ内容を話すなよ。

 金魚の糞のようについてきてるからじゃなくて、ただ単に朝遅刻ギリギリの時間に俺達が家を出てるからあまり知られてないだけだろう。

 この話をして俺がクラスメイトから魔女裁判を受けたらどうするつもりなんだ!!



「小室って、女神様と一緒に学校に来ていたのか」


「女神様だけならまだしも、天使様まで一緒にいるなんて‥‥‥」


「殺ッチャオウ! 小室はやっぱり殺ッチャオウ!」


「抹殺、抹殺! 小室ハ抹殺!」



 おい、クラスメイト達!! 俺に殺害予告をするな!!

 声をあげたいけど教壇の下に隠れているので、声をあげるに上げられない。

 なのでここは静かに見守るしかない。



「紗耶香ちゃん、春樹がどこに行ったか知らないかしら?」


「確か‥‥‥春樹ならきょう‥‥‥」


「紗耶香ちゃん!! 春樹はさっきトイレに行ったんだよね!?」


「えっ、あっ!? そうね!! さっき急にお腹が痛くなったっていって、大きい方をしてくるっていってました!!」



 そこは学校の購買にジュースを買いに行ったとかでいいだろう。

 何でわざわざお腹が痛いってことにしたんだよ。



「全く。可愛い女の子の前でそんなことを言うなんて、はしたない弟ね」


「本当ですよ。ご飯前なのに、そんなことを言うなんて信じられないですよね」



 おい、紗耶香。何さらっと俺のことをディスってるんだよ。

 姉ちゃんに便乗して俺の悪口を言うなんて、お前は鬼か。



「どうしたの? 玲奈? さっきから黒板ばかり見てるけど」


「何でもない」



 危なっ!! 今玲奈と一瞬目線があったぞ。

 慌てて教壇の中に引っ込んだからいいけど、もしかしたらここに隠れているのがばれたんじゃないか?



「美鈴さん」


「どうしたのよ、玲奈?」


「春樹がいないなら戻った方がいいんじゃないかな? ここにいても、守君達の邪魔になるし」


「そうね。こうなったのは残念だけど、また日を改めましょう」



 よかった。姉ちゃん達が帰る。

 これで俺もようやく一息つける。姉ちゃん達が帰ったら早く弁当を食べよう。



「帰るんですか?」


「そうね。ここにいても仕方がないから、私は帰ろうかしら」


「そしたら私も‥‥‥」


「せっかくだから玲奈はもう少し残っていきなさい」


「でも‥‥‥」


「新しい友達を作るチャンスじゃない。クラス内だけじゃなくてクラス外の友達も作った方がいいわよ」


「でも、私がここにいても迷惑じゃ‥‥‥」


「迷惑じゃないわよ」


「私も紗耶香ちゃんと同じ意見です」


「月島さん、友島さん」


「月島さんなんて他人行儀な呼び方をしてないで、私のことは紗耶香でいいわよ」


「うん、わかった。紗耶香。私も玲奈で大丈夫」


「話がまとまったようね」


「美鈴さん、ありがとう」


「別にお礼なんていいのよ。元はと言えば、ここに春樹がいないのが悪いんだから」


「そうだ。春樹がいつ戻ってくるかわからないから、そこの席使ってもいいよ」


「いいの?」


「うん。使って使って。お弁当も全部どかしちゃってさ」



 紗耶香のやつめ。元々俺の席だった場所を玲奈譲りやがった。

 俺の弁当は片づけられ、そこに玲奈が座っている。



「それじゃあ私は戻るわね」


「せっかくですからめ‥‥‥美鈴先輩も一緒に食べて行ってください」


「その申し出は凄くうれしいけど、今回はやめておくわ。また今度ご飯を食べましょう」


「わかりました」


「月島さんに友島さん、玲奈のことをよろしくね」



 そう言うと、姉ちゃんは真っすぐ歩く。

 そして何故かわからないけど教壇がある黒板の方へと向かってきた。



「美鈴さん、そっちはドアじゃないですよ」


「別に大丈夫よ。ちょっと遠回りしてみたいの」



 微笑みを絶やさずツカツカと歩く姉ちゃん。

 やがて姉ちゃんは黒板の前に立ち教壇の裏を通った。そしてその時、俺と目が合った。



「はっ!?」



 まさか‥‥‥気づかれていただと!?

 俺にだけわかるような悪魔の笑みを浮かべると、声には出さず口元を動かした。



「姉ちゃん‥‥‥」



 それは姉ちゃんと長く付き合ってきた俺だからこそわかる読唇術。

 その言葉を要約するとこうなる。



『ア・ト・デ・オ・ボ・エ・テ・ロ・ヨ』


「ひえっ!?」



 飛び上がった瞬間、教壇に頭をぶつけてその場にうずくまる。

 本日頭を打つのは2回目である。クラスの中に響くような大きな音が鳴り響き、俺は教壇の中で悶絶していた。



「それでは皆さん今日は急なご訪問すいませんでした。またお会いましょう」



 そう言った後頭を下げて姉ちゃんはクラスから去っていく。

 俺は教壇の中で頭を押さえてうずくまりながら、姉ちゃんが教室から去っていくのを見守るのだった。



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