第25話 親しき仲にも礼儀あり
「じゃあ春樹、また
「うん」
玲奈と別れる際気のない返事をして、俺は自分の教室へと向かう。
昨日あれから姉ちゃんに朝まで俺の学校生活を根彫り葉彫り聞かれていたせいで、ろくに睡眠を取ることができなかった。
「あれ? そういえばさっき、玲奈が何か言っていたような‥‥‥」
確かお昼がどうのこうのって話をしていたけど、あれは一体何の話だったんだろう。
通学路でも珍しく玲奈が嬉しそうに歩いていたのが印象的だった。
「まっいっか。そんな細かいことを気にしていても仕方がないな」
別に放って置いても大丈夫だろう。きっと姉ちゃんと部活の事を話していただけだ。
とりあえず今は教室へ向かおう。早く行かないと遅刻してしまう。
「おはよう」
俺が教室に入ると先程まで騒がしかった教室が一転して静かになった。
全員が俺の方を向き、何もなかったかのような態度を取る。
その後俺が驚いたのを察したのか、全員が俺から目を反らしていつものように話し始めた。
「一体何なんだ?」
教室全体が先程と同じでにぎやかなのは変わりない。
だがどうだろう。その雰囲気は先程とは打って変わりピリピリとしている。
「何だ? この雰囲気は?」
クラス全体で牽制しているような雰囲気。
全員俺に対して何か言いたいことがあるけど、それを言いだせないようなそんな雰囲気が漂っている。
「でも、気にしても仕方がないか」
今は眠いし早く自分の席に着こう。
玲奈といい姉ちゃんといい、今日はいつにもまして周りの様子がおかしいな。
「はぁ、今日は何も起こらないといいな」
「それは難しい相談だな」
「わっ!? 守、いたのかよ」
「『いたのかよ』って、僕は春樹が席に座ってからずっと後ろにいたよ」
「気づかなかった」
座ってから肩を叩かれるまで、守の存在に気づかなかった。
その様子は影のようだ。ストーカーの才能があるんじゃないか?
「おはよう! 春樹。なんか今日は元気がないね」
「別にそんなことないよ。いつも通りじゃん」
「ははっ。確かに最近の春樹は忙しそうだもんね」
「他人事だと思って」
守は当事者じゃないからそんなことが言えるんだよ。
俺と同じ立場になってみろ。そんなこと絶対に言えないから。
「そうだ。守に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「そうだよ。このクラスの雰囲気何だけど、なんか昨日までと違くない?」
「クラスの雰囲気? あぁ、なるほどね」
「何か知ってるの?」
「うん、まぁ‥‥‥色々あってね」
「色々?」
今気づいたことだけど、守は眉間に皺を作っている。
こんな悩ましい姿の守を見るのは久しぶりだ。
「まぁ、春樹にとってはプラス‥‥‥いや、マイナスになるかもしれないかも」
「マイナスなの!?」
「まぁ悪いようにはならないと思うよ」
そう言って苦笑いを浮かべる守。守は一体どんな情報を掴んでいるみたいだ。
あえて俺に何も言わないってことは、守なりに何か考えがあってのことだろう。
それを察して俺はそれ以上何も言わない。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。春樹がちゃんと正面からぶつかれば」
「正面からぶつかる? 一体何のこと?」
「とりあえず僕は席に戻るから。頑張ってね」
「ちょっと待て、守!! そんな不穏な言葉を残して、俺を置いて行かないでくれ!!」
不吉な予言を残して、守は俺の席から離れていく。
そこまで話すのなら最後まで詳細を語ってほしいけど、そんなこと等お構いなく自分の席の方へと戻っていった。
「一体何なんだよ。守のやつ。思わせぶりな言葉を残して、席に戻っていって」
あいつは一体俺に何を隠しているんだ。
相変わらずクラスの雰囲気もピリピリとしている。正直この雰囲気に慣れることができない。
「春樹」
「小室君」
守が去ったと思ったら、今度は紗耶香と友島さんが現れた。
意を決したように俺の前に現れる2人。まるで何か俺に物申したいようにも見えた。
「紗耶香に友島さん? 一体どうしたの?」
「その‥‥小室君って‥‥‥」
「待って、楓。その話は私が春樹にする」
「紗耶香!?」
紗耶香はずいっと1歩前に出る。その表情はこわばっている。
見ようによっては怒っているように見えた。
「春樹ってさ、女神様‥‥‥小室美鈴先輩の弟って本当なの?」
「えっ!? 何で‥‥‥何でそのこと知ってるの!?」
「噂で流れてたのよ。昨日女神様とその弟が、グラウンドで対峙していたって」
「えっ!?」
昨日俺が姉ちゃんのことを睨んでいたことが、そんな噂になってるの?
だから守も渋い顔をしていたのか。
「小室君。本当に小室君が女神様の弟なんですか?」
「どうなのよ!! 春樹!!」
「いや‥‥‥それは‥‥‥」
ダメだ。ここで変に誤魔化しても紗耶香達がなっとくするはずがない。
だったらもう、全てを白状するしかないだろう。
「‥‥‥うん。紗耶香達の言う通りだよ」
「ってことは、春樹は女神様の弟なのね」
「うん。俺は女神様って言われてる、小室美鈴の弟だよ」
「そうだったんですね」
「そうだけど‥‥‥それがどうしっ‥‥‥ってうわっ!?」
体全体が浮遊感に包まれたと思ったら、紗耶香に胸倉を掴まれていた。
一般高校生男児の胸倉をつかめて持ち上げられるなんて、どれだけ紗耶香は力持ちなんだよ。
「何でそのことを言わなかったのよ!!」
「何でって‥‥‥」
「昨日私女神様の話をしたよね!! 何でその時その事を話さなかったのよ!!」
「えっ!? 何で?」
「私、そんなに信用ないの!? あんたにとって、私と楓ってそんな軽い存在だったの!!」
「別に、信用がなかったとかじゃないよ」
「じゃあ一体どういうことなのよ!! 説明しなさい!!」
「紗耶香ちゃん!! 落ち着いて下さい!!」
興奮する紗耶香を友島さんがなだめている。
俺はというと胸倉を掴まれたまま、紗耶香にされるがままだ。
「楓は何も思わないの!! 春樹が私達に隠し事をしてたのに!!」
「確かに小室君が隠し事をしていたのは悲しいです」
「だったら何で怒らないのよ!!」
「だけどもし私が小室君の立場だったら、何となく言わなかった理由がわかりますから」
「理由?」
「小室君、もし私達にこのことを隠していた理由があるなら、教えてくれませんか?」
「理由‥‥‥」
この理由を話すのには正直勇気がいる。
だってただ姉ちゃんと比較されたくないという理由で隠していたんだ。
それを友達、しかも異性の友達に話すのなんて死ぬほど格好悪い。
「小室君、お願いします」
いつもは大人しい友島さんが真剣に俺の目を見て訴えかけてきている。
それだけでもう降参だった。正面からぶつかってくる2人に対して、これ以上話をはぐらかすことはできない。
「‥‥‥怖かったんだ」
「怖かった?」
「俺が姉ちゃんの弟だってことがバレて‥‥‥2人に失望されることが」
それが俺の正直な思いだった。
中学時代同じようなことがあり、その時は守や玲奈がいてくれたから何とかなった。
だけど俺はあのような経験はしたくない。だから2人には黙っていた。
「何を言ってるかわからないけど、何で私達が春樹に失望しないといけないのよ?」
「だって俺はあの出来のいい姉ちゃんの弟なんだよ!! 絶対姉ちゃんと比較されて、失望されるに決まってる」
「何でそれをあんたが決めつけるのよ?」
「えっ!?」
「春樹、あんたはまだわかってないの? 別に私達はあんたが女神様の弟だから友達になったわけじゃないわよ」
「嘘?」
「本当よ。もしかして、春樹はそんなくだらない理由で私達に話さなかったの?」
「くだらなくなんてないよ。これは俺にとっては重要な‥‥‥」
「それがくだらないって言ってるのよ!! まだわからないの?」
紗耶香は俺の事を見てあきれているように見えた。
ため息をついた後に、俺の顔を見る。
「春樹、これだけは言っておくわね。悪いけど私も楓も、別に春樹が女神様の弟だから友達になったわけじゃないの」
「うん」
「私も楓も春樹と友達になりたいからなったの。あんたが好きだから友達になったの。そこをもっと自覚しなさい!!」
「わかった」
そう言って掴まれていた手が離される。
それと同時にどの場に落ちた俺はしりもちをついてしまう。
「全くもう、そんなくだらない理由で話さないなんて春樹らしくないわね」
「悪かったな」
「でももういいわよ。理由がわかったから」
そういうと紗耶香はしゃがむ。しゃがんで俺の方を見る。
「だけど、そういう隠し事は出来る限り私達にはしないでほしいの。少なくとも私はそういう事する人は嫌いだから」
「うん」
「私は春樹が悩んでたら力になってあげたいし、協力したい。だからこそ春樹のこと色々知りたいと思ってる」
「ありがとう」
その紗耶香の気づかいが俺にはうれしい。
紗耶香が差し出した手を取り、俺も一緒に立ちあがろうとする。
「あっ?」
「どうしたの? 春樹」
「紗耶香‥‥‥その‥‥‥」
「何? 何かあるなら言ってくれないとわからないわよ」
「その‥‥‥スカートが‥‥‥」
「スカート? スカートがどうし‥‥‥」
どうやら紗耶香も気づいたらしい。スカートの中が丸見えだということに。
両膝を曲げるようにしてしゃがんでいたために、スカートの前だけがめくりあがっている状態だった。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
気まずい。非常に気まずい。紗耶香も気まずいのか何も言わない。
何も言わないけど体がわなわなと震えている。そして顔が紅潮していく。
「紗耶香、落ち着け。例え黒い大人びたものを履いていたって、誰も責めないぞ」
「あんたは何で人でパンツの色を解説してるのよ!!」
「ぐぺっ!!」
紗耶香の見事なアッパーが俺の顎を取られ、そのまま後ろに吹き飛ばされる。
そして背中か落下してしまったため、背中から頭にかけて痛みが走った。
「あぁぁぁぁぁ!! 頭が割れる!!」
「少しは反省しなさい!!」
ここまでやられてしまうと動けなくなってしまう。
腰から頭の先にかけてジンジンとした痛みが体に伝わり、その場で悶えてしまう。
「あっ、チャイムが鳴ったわ。楓、行きましょう」
「でも、小室君が‥‥‥」
「別に大丈夫よ。むしろ頭が冷えて丁度いいんじゃない」
心配する友島さんをよそに、紗耶香は自分の席へと戻ってしまう。
その表情は先程とは違いスッキリとしているように見えた。
「一体何だったんだよ」
嵐のように俺の席へと来た紗耶香は、嵐のように自分の席へと去っていった。
まるで暴風のような一幕。いや、勢いだけで言えばハリケーンのようであった。
「何だ。これなら僕の出番は必要なかったじゃん」
ぼそっと守が何か言ったけど、何を言っているのか俺には聞こえない。
こうして床に頭を打ち付けて悶え続けているのと同時に、俺の最悪な1日が始まるのだった。
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