第24話 僕の方が先に好きだったのに
「ただいま!!」
家に着くなり、俺は全力疾走で姉ちゃんの部屋を目指す。
俺が姉ちゃんの部屋に行くのはもちろん理由がある。
今日の放課後玲奈と抱き合っていた事について、姉ちゃんを問い詰めないと腹の虫が収まらない。
それぐらい俺は怒っていた。
『ドン』
「姉ちゃん!! 今日の放課後の件なんだけど‥‥‥」
「うるさいわね!!」
ドアを開けたと同時に俺の顔にぶつかるゴミ箱。
まるで俺が入ってくことを予期していたかのように投げられたごみ箱である。
「ぶはっ!?」
ぶつかったゴミ箱のゴミを体に浴びながら床に倒れてしまう。
予想外の攻撃だった為、後頭部から落ちてしまった。
そのせいかわからないけど、全身に走る痛みのせいで思わず床で悶えてしまうのだった。
「痛ってぇ!!」
姉ちゃんめ!! 俺が部屋に入っただけで、俺の事を攻撃してきやがって。
後頭部から落ちたせいで頭も痛いし、これでバカになったら姉ちゃんのせいだぞ。
「大丈夫よ。元から貴方は馬鹿なんだから。これ以上馬鹿になりようがないわ」
「ねっ、姉ちゃん!?」
部屋の扉の前に現れたのは我が家のビッグマムもとい女神様の皮を脱いだ
いもじゃーに黒縁眼鏡、それに長い髪は頭の上でお団子にしてまとめている。
さすが姉ちゃんだ。学校とはまた一味も二味も違うそのダサさが1周回って格好いいぜ。
「家の中ぐらい好きな格好をしていてもいいでしょ!!」
「なっ、何で俺の考えていることがわかるんだよ!?」
「あんたの考えてることなんて何でもおみとおしよ!!」
「なんてことだ」
姉ちゃんに俺の考えていることが全て筒抜けなんて。
俺はこれから姉ちゃんと話す時、どんな顔をすればいいんだ。
「それよりもあんた!! 何でいつも私の許可なく部屋に入ってくるのよ!!」
「だって‥‥‥」
「だってもそってもない!! それにあんた、お風呂入ってないでしょ!! 汗臭いわよ!!」
「でも俺、部活終わりに姉ちゃんの言う通り制汗スプレーをつけたよ!!」
「制汗スプレーなんて一時しのぎにしかならないんだから、さっさとお風呂に行く!! 話ならお風呂に入ってからゆっくり聞くから!! 早く入ってきなさい!!」
「わかったよ」
仕方がなく俺は着替えの準備をしてお風呂場へ行く。
お風呂に入って数十分後、俺は再び姉ちゃんの部屋へと向かった。
「姉ちゃん、いる?」
「いるわよ」
「入っていい?」
「しょうがないわね。特別に許可してあげるわ」
「くっ!!」
前から思っていたことだけど、姉ちゃんは何で俺にだけは高圧的なんだ。
落ち着け、俺の右手。確かに真っ赤に燃えたい気持ちはわかるけど、ここで轟き叫んだ所で何も変わらない。
「どうしたのよ? この高貴なお姉さまの部屋に入らないの?」
「高貴じゃなくて好奇の間違いじゃ‥‥‥」
「何か言ったかしら?」
「いいえ!? 入ります!!」
一瞬不穏な空気が部屋の外に取れ出てしまったので慌てて中に入る。
ドアを開けて中に入ると、姉ちゃんがベッドに寝そべっていた。
「姉ちゃん、何してるの?」
「今動画を見てるのよ」
「動画?」
よくよく見てみると姉ちゃんは寝そべりながらタブレットを触っている。
タブレットから話し声が聞こえてくるけど、何の動画かまではわからない。
「何の動画を見てたの?」
「近江君の出ているドラマよ。ちょうど今エマプラで全話無料で見れるから視聴していたのよ」
ルンルン気分でタブレットを見ている姉ちゃん。
機嫌がいいのか、足をバタバタさせながら動画を見ていた。
「おいおい、弟の真剣な相談よりもアイドルの方を優先するのかよ」
「当たり前でしょ。何で私の貴重な時間を脳筋ゴリラのあんたなんかに割かないといけないのよ」
「脳筋‥‥‥ゴリラ‥‥‥」
「そんなことよりも、ちょっとこれ!! これ見て見なさいよ!!」
姉ちゃんが見せてきたのは、タブレットの中に映る近江君。
そのタブレットの中に映る近江君はいつものキラキラした姿とは違っていた。
「何? これ? この格好?」
「どう格好いいでしょ!?」
「格好いいというか、この格好って歌のお兄さん?」
いつもアイドルの服を着てキラキラと輝いている近江くんが、子供番組とかに出てきそうな服を着て、タブレットに映っている。
一瞬この人は本当にアイドルなのかと疑ってしまうほどだ。
「そうなの!! これは近江君がドラマで出ていた衣装なのよ!!」
「はぁ」
「このドラマは近江君が主演を務めているんだけど、近江君超超超格好いいんだから。このドラマで近江君は歌のお兄さん役で出ていて、たくさんの子供たちに振り回されているんだけどその様子がもうとってもとってもとぉぉっても可愛くて。もう見てるだけ私の胸がキュンキュンして止まらないんだけど、唯一の欠点と言ったら近江君の彼女役っていう、どうでもいい愚民役の人が近江君に近づいてきて、仲良くなるにつれて近江君の唇を奪おうとするところね。もうこれは抗議運動しかないわね。私達近江ファンクラブの力を終結させれば、あんな女優なんて簡単につぶして‥‥‥」
「姉ちゃん姉ちゃん!? 今俺が話したいことはそんなことじゃないよ!?」
「えっ!? 私と一緒に近江君の彼女役に対しての抗議活動に参加するって話じゃないの!?」
「そんなことしないよ!!」
「残念。もう抗議活動用の書類は作ってあるのに」
姉ちゃんは残念そうな表情をしているけど、本当にそんなことしないよな。
ふと姉ちゃんの部屋の机にのっている紙の束が目に入ったけど、本当に相手役の女優を潰す活動なんてしていないよね。
「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも姉ちゃんに聞きたいのは、今日の放課後の話だよ」
「放課後? 何かあったかしら?」
「あったじゃん!! いきなりサッカー部の練習を見にゴール裏に来て、一体何を考えてるんだよ!!」
突然グラウンドに現れた時の俺を含む周りの驚きようは相当なものだったぞ。
それはまさに学園の女神と天使が降臨なさったとか軽い騒ぎになったほどだ。
「しょうがないじゃない。外のコートが使えなかったからランニングをして、あそこで時間を潰していたのよ」
「潰すにしても他に方法があるだろ!! あんな風に玲奈を抱きしめる必要なんてなかったんじゃないか!!」
「玲奈を抱きしめる? ‥‥‥あぁ、あの時のことね」
その瞬間、姉が不敵な笑みを俺に向ける。
間違いない。その笑いはサッカー部の練習中俺に向けたものと一緒だ。
「そうね。今日は玲奈の肢体を存分に堪能できたわ。あのつやつやで柔らかくて張りがある体は極上品そのものね」
「くっ!!」
「抱き心地も最高だったし、私専用の抱き枕にしたいぐらい」
「このレズ仕込みの変態が!!」
「何度でも言いなさい。今の玲奈は、私のものよ」
くそ!! 今の姉ちゃんに対して、俺は何も反論ができない。
玲奈は元々姉ちゃんに懐いている。だからあんなことをされても嫌な顔一つ見せない。
むしろ姉ちゃんに抱きしめられた玲奈は確実にメスの顔をしていた。いや、違うな。玲奈は着実に姉ちゃんの女に近づいている。
「このままじゃ玲奈がレズに‥‥‥いや、百合百合な展開になってしまう」
「ふふっ、悪いけどあんたに玲奈は渡さないわ」
「ぐっ!!」
姉ちゃんから宣告された、玲奈は絶対に渡さない宣言。
ぬかった。玲奈の周りにいるイケメンばかりに目が言っていたけど、すぐ近くに最大の敵がいたなんて。
「そういえばあんた、BSSって言葉を知ってる?」
「BSS?」
「そうよ。BSS。ある言葉の略称なんだけど、聞き覚えがない?」
そんなこと質問されてもわからない。
BSS。一体どういう意味なんだ?
「
「あんた、私に喧嘩売ってるの?」
「いいえ!? 滅相もございません!?」
姉ちゃんのこめかみに青筋が浮かんでいる。
やばい!! めっちゃ怒ってる。でもしょうがないじゃん。そんなこと言われても、聞いたことがないんだから。
「まぁ、いいわ。BSSって言葉、あんたはわからないのね」
「うん」
「BSSって言うのはね、
「どういう意味?」
「自分がずっと昔から好きだった片思いの人が、別の見ず知らずの人に先取りされちゃうってことよ」
「っつ!?」
「つまり玲奈が別の見ず知らずの人に先取りされちゃう。このままじゃあんた、BSSを体験することになるわよ」
姉ちゃんが俺に発した警告。それはこのままのペースだと玲奈が他の見ず知らずの人に先どりされてしまうってことだ。
「玲奈が‥‥‥他の男に‥‥‥取られる‥‥‥」
「そうよ。今日ゴール裏に玲奈と一緒にいたのが私じゃなくて、格好いいイケメンだったらどうなっていたと思う?」
「うっ!?」
きっと俺はその場から逃げ出していただろう。現実を直視したくないから。
「どうせあんたのことだから、部屋に引きこもっていたでしょうね」
「そうかもしれない」
「よかったわね。あそこで玲奈を抱きしめていたのが私で」
「それもそれで複雑なんだけど‥‥‥」
同性とはいえ、姉ちゃんになら本気で玲奈を取られてしまうかもしれない。
気づいたら玲奈は姉ちゃんを好きになっていて、姉ちゃんの彼女になってもおかしくはなかった。
「じゃあ今までのことを踏まえて質問するわね。あんたは私と玲奈のことを見てどう思った?」
「もちろん姉ちゃんと玲奈はお似合いのカップルだなって思った」
「そうじゃなくて、あんたはどういう気持ちだったってことが聞きたいのよ」
「俺の‥‥‥気持ち?」
「そうよ。客観的な感想しか言ってないけど、あんたはあの光景を見てどう思ったの?」
俺が思ってること。玲奈と姉ちゃんが抱きしめ合っている所を見た気持ち。
「‥‥‥嫌だ」
「えっ!?」
「姉ちゃんに玲奈を‥‥‥取られたくない!!!」
あんな表情をしている玲奈、俺でも中々見たことがない。
それでいて姉ちゃんにしか見せない、あの恥ずかしがっている特別な表情。そんなの‥‥‥そんなの絶対見たくない。
「それよ」
「えっ!?」
「あんたに足りないものよ。玲奈を思う強い気持ち。それが今まで表立って出てこなかったのよ」
「別にいいだろ。俺が玲奈に対する気持ちは胸に秘めているんだよ」
「あんたの場合は秘めすぎってことよ。少しぐらい玲奈に対して、自分の気持ちを出してもいいんじゃないかしら?」
「でも、それだと玲奈に引かれない? 玲奈の性格的に積極的に行くと、逆に引いちゃうと思うんだけど?」
「少しはってことよ。たまには玲奈のことを褒めるぐらいはしてもいいんじゃない?」
「なるほどな」
要はもう少し積極的にアタックしていけってことか。
姉ちゃんの言っていることも一理ある。
だけど本当に玲奈に引かれないかな。
「それに考えても見なさい。あれが私だからよかったけど、あれが玲奈のクラスのイケメン君だったらどうするつもりだったの?」
「えっ!?」
「想像してみなさい。今日玲奈の隣にいたのが、私じゃなくて隣のクラスのイケメン君だったら、あんたはどう思った?」
「隣のクラスのイケメン君‥‥‥」
イケメン君ことイケメンタロウ。玲奈とよく話している茶髪の男子。
肌も程よく焼けていて筋肉質の体で、遊び慣れていそうな風貌の男。
そいつが玲奈のことを優しく抱きしめて、そのまま2人はお互いを見つめ合いながら体育倉庫の方へと‥‥‥。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「まぁ、そうなるわね」
危ない危ない。もしそんなことになっていたら、俺は野球部のバッドを勝手に借りて乱闘騒ぎを起こしてしまう所だった。
もしそうなったら、俺はお縄につくことになっただろう。今頃俺には鉄格子に囲われた新しい部屋が与えられていたはずだ。
「あのイケメンめ。ぶっころだ。ぶっころ。ぶっ殺してやる!!」
「そう思うなら、もう少し玲奈といる時間を作りなさい」
姉ちゃんは俺のこと見て、あきれている。
何で今までそんなことをしなかったんだという風に首をかしげていた。
「でも玲奈といる時間なら毎日登校している時一緒だし、それに毎日電話も欠かしてないよ」
「それだけじゃ足りないって言ってるの。昼休みに玲奈をご飯にでも誘ってあげなさいよ。あの子喜ぶから」
「だけど昼休みは守達と食べてるし‥‥‥」
「たまにでいいのよ、たまにで。絶対にあの子も喜ぶわ」
「それでいいの?」
「いいに決まってるでしょ? 玲奈が特定の男子と仲がいいってことなら、他の人へのけん制にもなるでしょ」
「けん制ね」
そしたらあのイケメン君が寄ってこなくなるか? いや、なるわけない。
むしろもっと苛烈にアプローチしてきそうだ。そうなると俺ももっと過激にアタックしていかないといけないのかな?
「それに紗耶香や友島さんもいるから、なんて断って玲奈を誘えばいいのか‥‥‥」
「紗耶香に友島さん?」
「やばっ!?」
今余計なことを姉ちゃんに言ってしまった。
そして俺が女の子の名前を言った瞬間、目を吊り上げた姉ちゃんが俺を睨む。
「あんた、いつの間に玲奈以外の女子を下の名前で呼ぶようになったのよ!!」
「誤解だ!! 姉ちゃん!! これは紆余曲折の事情があってしょうがなく‥‥‥」
「そういえば玲奈がこの前何か言ってたわね」
まずいぞ!! このままじゃ徹夜コースは確定だ。
最近は勉強をしているせいで夜更かしをしているが、今日は別の理由で朝までコースになってしまう。
「じゃあ姉ちゃん、俺はこの辺で戻るから。また後で」
「待ちなさい!!」
「ひっ!?」
部屋から出ようとするといつの間にか姉ちゃんがドアの前に立ちはだかっていた。
そして俺の前に立つ姉ちゃんは、般若のような表情で俺の胸倉をつかむ。
「せっかくの機会よ。このお姉さまに学校で起こっているありったけの思いを全て話してみなさい」
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
「全部話すまで今日は夕食はおろか寝かさないから。覚悟しなさいね、春樹!!」
結局この後俺は姉ちゃんに俺の学校生活についてつつみ隠さず話すことになる。
そして俺は正座の姿勢で姉ちゃんにこってり絞られ、気づけば空から太陽が顔を覗かせているのであった。
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