第23話 仲良しカップル?


 その日の放課後、俺はサッカー部の練習中にも関わらずため息をついていた。

 原因は今日の昼休み、ゴールデンウイークに行われる勉強会にある。



「結局予定まで決められてしまった」



 ゴールデンウイークの3日目。ちょうど練習が休みになる初日。その日に紗耶香と友島さんが家に来る。

 それまでに何とかして姉ちゃんがどこかに行くように説得しないと、紗耶香達と姉ちゃんが俺の家で鉢合わせになってしまう。




「もし家で姉ちゃんと紗耶香が遭遇したら‥‥‥」



 きっと紗耶香は姉ちゃんに失望するだろう。そうならない為にも、当日姉ちゃんが出かけてもらうように交渉しないと。



「そういえば、紗耶香や友島さんに俺と姉ちゃんが姉弟だって話もしてなかったな」



 守には黙っててって言ったけど、いずれは俺と姉ちゃんの関係性はバレる。

 姉ちゃんの学校での影響力が強い以上、近い内に校内に知れ渡るだろう。



「そうなる前に紗耶香達には話さないとな」



 もしかしたら俺と姉ちゃんのギャップに失望されるかもしれない。

 だけど人伝で関係が知られるより、出来れば俺の口から直接話したい。



「だけど一体どうしたらいいんだ」



 考えれば考える程気が滅入る。

 どうすれば紗耶香達とそのままの関係性のままでいられるのだろう。



「春樹、最近ため息つくこと多いよね」


「守か」


「そんなどんよりとした表情してたら、幸福は逃げていくよ」


「守にはわからないよ。人生の悩みなんて」


「何言ってるの? 春樹は?」


「いいよな、お前は。格好いい上にイケメンで容姿も整っているから悩みなんてなくて」


「今の言葉、長々と話しているけど結果的に1つにまとまってることが凄いね」



 あっけらかんとした様子で守は言う。何故か知らないけど、俺のこの状況を楽しんでいるように思える。



「守には俺の悩みなんてわからないんだよ」


「う~~ん、これはちょっと重症かな。後で相談してみるか」


「相談? 誰に?」


「それは内緒だよ」


「内緒?」



 守は時々こうした独り言を言う。

 よく誰かと連絡を取り合っているみたいだけど、一体誰と話しているのだろう。



「悩んでいるのはいいけどさ、いいの? 練習中によそ見をしてて」


「えっ!?」


「春樹の順番が周ってきてるよ」


「しまった!? 今は1対1の最中だった」



 既にゴール前から蹴られたボール俺の足元にある。



「大丈夫? もうDFの先輩が近づいてきているけど」


「まずい!!」



 今は1対1の最中だった。ボールはちゃんと足元に保持してるけど、時すでに遅し。

 既に先輩は俺の目と鼻の先まで近づいている。俺のボールを刈り取ろうと、駆け寄ってくる。



「こら、小室!! 何よそ見しているんだ!!」


「すいません!!」



 先輩がボールを取ろうと足を出す。その足は俺の目と鼻の先に来ていた。



「ボーっとしているのが悪いんだよ!!」


「よっと」


「えっ!?」



 先輩が足を延ばした瞬間、冷静に先輩の左側にボールをちょんと浮かしてかわす。

 重心が前のめりになっていた先輩は一瞬反応が追い付かない。

 その隙に俺はゴールへと向かっていく。



「何!?」


「あんな迫っていたのにボールが取られないのか!!」



 先輩をかわした後は、ゴールまでドリブルしてシュートを打てばいい。

 ドリブルでゴール前まで運び、ゴールキーパーをかわしてシュートを打ちゴールネットを揺らすのだった。



「さすが小室だ」


「これが噂のストライカーか」


「話には聞いていたけど、とんでもなく上手いな」


「どうもです」



 玲奈や姉ちゃんのような頭のいい人しか入れない学校に俺が入学できた理由。それは単純に人よりもサッカーが上手かったからだ。

 去年の中学最後の大会では地方大会まで進出し、そこでもエースストライカーとして活躍した。

 その評判のおかげで推薦入試でその実績を中心に話が進められ、この学校に合格したと思っている。

 受かった時は複雑だったが、正直玲奈と一緒にこの学校に入れてよかったと思った。



「ちっ、この脳筋が!!」



 オフェンス側の所に戻ろうとした去り際、先程かわされた先輩が俺にそう呟いてくる

 こういわれるのももう慣れたものだ。そういうのはスルーするに限る。



「春樹、もしかしてまた何か言われたのか?」


「別に何でもないよ。こういう嫌味も慣れたものだから」



 ベンチ入りするかしないか瀬戸際の選手は、練習から監督にアピールするしかない。

 そこで新入りの1年生に簡単にやられたんだ。文句の一つも言わないとやってられないだろう。



「春樹、大丈夫?」


「俺は大丈夫。心配しないで」


「でも‥‥‥」


「今のは練習中に考え事をしていた俺が悪いんだから、守が心配するようなことじゃないよ」



 こういった先輩も中にはいるけど、俺の事を気にかけてくれる先輩もいる。

 それに今のはよそ見していた俺が悪い。嫌味を言われても仕方がないように思えた。



「春樹!?」


「どうしたんだよ、守? そんなに驚いた顔をして」


「ゴール裏‥‥‥ゴール裏見てよ!!」


「ゴール裏? そんなところに何が‥‥‥ってなっ!?」



 ゴール裏にはバレー部の女子と思われる女子が数人いた。

 校舎の周りを走っていたのだからだろうか、全員タオルで汗を拭き楽しそうに談笑していた。



「バレー部の女子部員がいるよ!!」


「女子部員がいるだけじゃない!! 玲奈と姉ちゃんまでいるじゃないか!!」



 なんとその中には姉ちゃんと玲奈がいる。

 しかも談笑しながらも、俺達サッカー部の練習をチラチラと見ている。



「何で‥‥‥何で玲奈と姉ちゃんがここに?」



 確かに玲奈と姉ちゃんはバレー部。学校で鉢合わせてもおかしくはない。

 だけどバレー部は体育館を使って練習しているはずだ。

 滅多に外には出ないはずなのに、今日に限って何故外で練習をしているんだ。



「なんか楽しそうに話をしているけど、何を言ってるかわからない」


「そりゃこの距離だから、大きな声を出さないと聞こえないよ」



 俺の目には玲奈と姉ちゃんが仲睦まじく話しているようにしか見えない。

 いや、違うな。姉ちゃんと玲奈がサッカー部の練習を見ながら、イチャイチャしているの間違いだ。



「おい、おい。見ろよ。女神様が俺達のことを見てるぞ」


「それに女神様の隣、あそこにいるのは新たに1年生の教室に舞い降りた天使様じゃないか」


「2人は一体誰が目当てなんだ!? 何をしに俺達の練習を見に来たんだ!?」



 にわかに色めき立つサッカー部。だが俺は知っている。姉ちゃんは何が目的でここに来たのか。

 それは昨日の夜の姉ちゃんとのやり取りを考えればわかるはずだ。



「姉ちゃんの奴め。俺に玲奈とのラブラブシーンを見せつける為に、わざとここに来たな!!」


「いや、それはないでしょ」


「何で守はそう言い切れるんだ!!」


「むしろ春樹が何でそう言えるのかが僕としては疑問だよ」


「忘れたのか!! 守は!! かつて姉ちゃんが同じことを周囲にしていたことを」


「同じことをしてた?」


「そうだぞ。サッカー部の練習の時に、お互い腕を組んでイチャイチャしていたり、人前でハグしていたり、玲奈の頬に頬ずりしていたりとやりたい放題だったじゃないか」



 そう、それは忘れもしない中学時代。

 俺がサッカー部で練習している時に、姉ちゃんが玲奈と腕を組みイチャイチャしている姿があった。

 まるでそれはカップルのように見え、当時の俺はとても腹立たしく、以降定期的にグラウンドに現れては私達は仲がいいんですよアピールをしていたのだった。



「あの件があってから、俺は姉ちゃんを‥‥‥姉ちゃんを心の底から憎むようになった」


「あぁ、なるほどなるほど。あの時のことか」


「守もわかってくれたか」


「うん。あれはどちらかと言うと玲奈ちゃん‥‥‥いや、春樹の為だったような‥‥‥」


「俺の為?」


「いや、何でもない。こっちの話だよ」


「変な守だな」



 顎に手を当てて何かを考えている守のことは放って置こう。

 それより今は姉ちゃんだ。姉ちゃんと玲奈の一挙手一投足を見守ろう。



「確か中学時代グラウンドに来た姉ちゃんは、そのまま玲奈に‥‥‥」


「見ろ!? 女神様が天使様に抱き着いたぞ!!」


「本当だ!!」


「しかも天使様の方もまんざらではなさそうだ!!」



 そうだ。姉ちゃんは玲奈に抱きついたんだ。

 まるで壊れ物をを抱きしめるように、やさしくそっとぎゅっと姉ちゃんは玲奈の事を抱きしめていたのだった。



「みっ、美鈴さん!?」


「見ろ!! 天使様のお顔が真っ赤になっている!!」


「女神様に抱きしめられて、まんざらじゃない様子だぞ!!」



 抱きしめられた玲奈は姉ちゃんの思うがまま。

 何も抵抗ができずになすがままの状態になっている。



「う~~ん、玲奈はいつ抱いても柔らかいわね。それにその照れ顔、とっても可愛いわよ」


「そっ、そんなこと言わないでください!?」



 サッカー部の全員、いやグランドにいた男子生徒達が見とれるぐらいの百合風景。

 まるで姉ちゃんが自分の彼女を独り占めにしているようさえ思えた。



「相変わらず美鈴さんと玲奈ちゃんは仲がいいね。春樹」


「‥‥‥違う」


「えっ!?」


「あれは‥‥‥百合とかレズとか、そんなちゃちなものじゃない」



 何故ならあれはただ単に玲奈との仲がいまいち進展しない俺に対する当てつけだ。

 現に一瞬俺の方を見た瞬間、悪魔のような不敵な笑みを俺にしたからだ



「許さんぞ、姉ちゃん」



 静かに闘志を燃やす中、俺の方にボールが転がってくる。

 向かってくるのはさっきと同じ先輩だ。

 鬼の形相で俺の方へと向かってくる。



「小室!! 今度こそはお前を止めてやる!!」


「邪魔だ!!」


「っつ!? 消えた!?」



 一瞬の動き出しで先輩を抜き、ゴールに向かって走る。

 キーパーなんて関係ない。狙うはゴールマウスの裏でイチャコラしている姉ちゃんだ。



「くらえ!!」



 俺の全力シュートはキーパーの脇をすり抜け、ゴールネットに突き刺さった。



「凄い‥‥‥」



 バレー部の誰かがそのような声を小さく上げた。

 だが、俺にはそんなことを気にしている様子はない。

 今はとにかく姉ちゃんだ。俺の大好きな人が姉ちゃんに寝取られてしまう。



「春樹」


「ふーんやるじゃない」


「くっ!!」



 なんだ、この心の中で生まれる高揚感に似たようなふわふわした気持ちは。

 そしてこのやるせない気持ち。なんだ、これは。

 俺はまた何か目覚めてはいけないものに目覚めてしまったのか。



「悪いけど、玲奈は私のものだからね」


「美鈴さん、恥ずかしいよ」


「恥ずかしくないわよ。この男に私達の仲の良さを見せつければいいわ」



 玲奈のことを強く抱きしめる姉ちゃん。抱きしめれば抱きしめる程、玲奈の顔が赤くなる。



「春樹、大丈夫か!?」


「守」


「何だ?」


「俺は姉ちゃんがうらやま‥‥‥」


「うらやま?」


「姉ちゃんがうらやまけしからん!! だが、うらやましい!!」


「どっちだよ!!」



 結局この後バレー部はコートの端で練習を始め、俺達もサッカーコートで練習を行った。

 そしてこの日の姉ちゃんとのやり取りが、後の騒動につながるとはこの時の俺は思ってもいなかった。



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