第22話 春樹と守
「‥‥‥辛い」
姉ちゃんと2人っきりの勉強会が行われた次の日の昼休み、俺は4時限目の授業が終わると机に突っ伏した。
原因は全て姉ちゃんのせいだ。昨日は夕食まで勉強した後食休み等なく、そのまま日付が変わるまで勉強をしていたからこんな状態なのだ。
「あれ? 春樹、どうしたの? そんな辛そうな顔をして」
「辛そうなじゃなくて、辛いんだよ!!」
今日はサッカー部の朝練もあり、朝早く起きたのでめちゃくちゃ眠たい。
昨日寝る前に姉ちゃんから授業中寝たらただじゃおかないという死刑にもにた宣告を受けているので、寝るに寝れない状況にある。
「そういえば休み時間中ずっと寝ていたよね? 昨日は寝るのが遅かったの?」
「まぁ‥‥‥多少な」
多少どころではないけどここはそうごまかしておく。
余計なことを話すとよかぬ噂が広がりかねないからだ。
「珍しいね。春樹っていつも早めに寝ているのに夜更かしをするなんて?」
「俺だって高校生になったんだから、夜更かしぐらいするさ」
それもこれも全ては姉ちゃんのせいだけどな。
昨日あんなことがなければ、この悲劇は生まれなかった。
「もしかして春樹、玲奈ちゃんと秘密の電話でもしてるの?」
「何でそこで玲奈が出てくるんだよ?」
「春樹の事だから、夜更かしする理由としては玲奈ちゃんと連絡でも取り合っていたのかなって」
守の奴め。惚けたふりをして、かなり真実に近い鋭い推理をしてくる。
確かに最近玲奈とは夜連絡を取っているけど、それはお互いの睡眠時間に支障が出ない程度の時間しかとっていない。
なので普段は比較的にしっかり睡眠が取れている。昨日の姉ちゃんがイレギュラーなだけだ。
「残念ながら玲奈と連絡は取ってないよ」
「そうなんだ。春樹が寝不足になるってことは玲奈ちゃんとの仲が進展した時だと思ったのに。あてが外れたね」
「くっ!!」
そりゃ俺だって昨日玲奈に連絡したかったさ。
だけど昨日は玲奈からの電話に姉ちゃんが出て、そのまま姉ちゃんと長電話していたんだよ。
そのせいで俺の楽しみな時間がまた1つ減った。ただただ辛い。
「最近玲奈ちゃんの様子も変わったから、てっきり春樹との間に何か進展があったと思ったんだけど、期待外れだったみたいだね」
「悪いな、何も進展してなくて」
進展していないことはない。だけど守は俺と玲奈の関係を知らないように見える
もし知らないのなら、この男に余計な状況を与えないでおこう。守も姉ちゃん同様に何をしてくるかわからないからだ。
「でも、よく授業中眠らなかったね。昔はよく寝ていたのに」
「まぁな。もし授業中寝たら、姉ちゃんに何を言われるかわからないからな」
「確かにそうだね。美鈴さんそういう所に厳しいイメージがあるよ」
「笑い事じゃないぞ」
俺がもし授業中に寝ていたところを姉ちゃんに見つかった瞬間、どんな折檻を受けるかわからない。
しかも当の姉ちゃん本人からお達しまで出ているんだ。言葉攻めされるだけならいい。
だけど姉ちゃんのことだ。俺の身に何かが起きるに決まってる。
この婿入り前の大事な体を守る為にも、極力リスクは減らして行こう。
「でもさ、春樹。美鈴さんってどうやって知るの?」
「何が?」
「春樹が寝ていることだよ。素朴な疑問なんだけど、どうやって春樹が寝ていることを美鈴さんはわかるのかなって」
「そういえばそうだな」
俺と姉ちゃんは学年も違うし、教室も全く別々の所にある。
なので監視をすることが難しいので、何かしらの方法が必要になってくる。
「それに今は春樹と美鈴さんの関係は玲奈ちゃん以外に知られてないんでしょ? それなら美鈴さんも不用意に1年生の教室なんかに足を運ばないんじゃない?」
「確かにそうだ」
姉ちゃんが俺との関係性がバレるリスクを負ってまで、俺達のクラスに足を運ぶわけがない。
そうなると姉ちゃんはこのクラスに来れないし、俺が授業中寝ているかどうかも把握することができないだろう。
「もしかして、俺授業中寝れるんじゃないか?」
「春樹、いくら美鈴さんにバレないからってそれはダメな人間の発想だよ」
守はあきれているけど、考えれば考える程寝てはいけない理由がないように思えてきた。
よし、ここは思い切って寝てしまおう。だって姉ちゃんに確認するすべがないのだから、寝てしまっても何も問題はないじゃないか。
「よし! 少し希望が見えて来たぞ!」
「何に希望が見えてきたのよ?」
「紗耶香、それに友島さん!?」
俺達の前に紗耶香と友島さんが現れる。
2人の手にはお弁当が握られている。どうやら今日もここで食べるみたいだ。
「おっつーー、春樹。どうしたのよ? そんな目に隈なんて作って!?」
「本当です!? 小室君、大丈夫ですか!?」
「昨日ちょっと夜更かしをしただけで、別に問題がないから。それより早くご飯を食べよう」
「そうね。食べましょう」
「うん。食べよう食べよう」
俺達は昨日と同じように机をくっつけて昼食を食べる準備をする。
準備が終わったら全員素に座り、それぞれのお弁当を食べ始めた。
「そういえば紗耶香ちゃん。春樹には挨拶して、俺に挨拶はないの!?」
「何で守に挨拶しないといけないのよ?」
「もしかして僕だけはぶられてる!?」
「馬鹿なこと言ってないで、あんたも早く食べなさいよ。春樹と楓は食べ始めてるわよ」
和気藹々としながらの昼食は続いていく。だが、そんな昼食の最中、1人様子がおかしい人物がいる。
「どうしたの? 紗耶香。なんかそわそわしているようだけど?」
先程から紗耶香の様子がおかしい。話している間も廊下に視線を向け、落ち着きがない。
その様子はまるで誰かが来ることを心待ちにしているようである。
「もしかして、紗耶香ちゃんにも気になる人でもできたの?」
「まぁ、気になる人と言えば気になる人ね」
「紗耶香ちゃん!? その話本当なんですか!?」
「それってどんな
「違うわよ!! それに私が待ってるのは男子じゃないわよ」
「何だ、男じゃないのか」
「守、私から興味をなくすのはやめてくれる?」
「男の人じゃなかったら、紗耶香ちゃんは誰を待っていたんですか?」
「隣のクラスの天使様よ」
「天使様?」
「そうよ! さっきうちのクラスに天使様が来てたの!」
紗耶香は興奮したように話しているけど、正直誰だかわからない。
だってそうだろう。そんな恥ずかしいあだ名をつけられる奴の事なんて、知らないに決まってる。
「誰だ? そいつ? 天使様なんて名前、聞いたことないぞ」
「えっ!? 春樹は知らないの!? 天使様のこと!?」
「いや、知らないけど‥‥‥」
「嘘!? あの有名な天使様を知らないなんて、春樹は人生の半分を損してるよ!!」
「そんなに俺の人生損してるの!?」
まだ15年しか人生を過ごしていないけど、どうやら俺はその半分が無駄だったらしい。
でもしょうがないだろう。だってそんな恥ずかしい名前を付けられる奴の事なんて、普通覚えていられるわけがない。
「春樹、春樹、天使様ってのは‥‥‥」
「それよりも紗耶香、その天使様って誰なんだよ?」
「春樹は知らないの? 隣のクラスの天使。三日月玲奈ちゃん」
「三日月‥‥‥玲奈?」
「そうだよ。隣のクラスの三日月玲奈ちゃん。天使みたいに美しくて可愛いから、みんなそう呼んでるんだよ」
何でもないように紗耶香は言ったけど、俺はびっくりして固まってしまう。
だってあの玲奈がまさか天使様ってあだ名をつけられているなんて思わなかったからだ。
「紗耶香、玲奈‥‥‥いや、三日月さんはなんて‥‥‥」
「本当に可愛いよね。玲奈様」
「玲奈様!?」
なんだ一体? 紗耶香は何で様付けで玲奈のことを呼んでるんだ?
それに玲奈の事を話す紗耶香は恍惚の笑みを浮かべているし、まるでWindsの近江君を見ている時の姉ちゃんそっくりだ。
「いかんいかん、いくら姉ちゃんにそっくりだからって委縮しちゃダメだ」
「どうしたの? 春樹?」
「何でもないよ!? それよりも紗耶香はなんでれい‥‥‥三日月さんのことを様付けで呼んでるの?」
「美しくて可愛いからよ。だってあんな崇高な人、他にいないじゃない!!」
「えっ!?」
「春樹は玲奈様のあの姿を見て思わない? あんなに背が高くてスレンダーなのに、胸の一部分が凶悪的に大きくて、その上芸能人のような整った容姿。まさに最高であり至高。まさに神の使いのような存在じゃない!!」
「おっ、おう」
ここまでまくしたてられて言われると、俺と玲奈が幼馴染だって言いづらくなる。
何ならそれを紗耶香に告げた瞬間、抹殺されるだろう。今の紗耶香はそれぐらい玲奈に対しての狂信的な信者だ。今の紗耶香ならバーサーカーモードの姉ちゃんと対等に戦うことができるかもしれない。
「それに噂によると、天使様は学園の女神様と中学の先輩後輩同士らしいじゃない」
「どこでその情報を?」
「バレー部の練習の時よ。仮入部期間の時バスケ部に入ろうとして体育館に行ったんだけど、バレー部も練習しててね。その時噂で聞いたのよ」
「そっ、そうなんだ」
「最初はバスケ部の練習している所を見たんだけどね、途中からあの2人に視線がくぎ付けだったわ。女神様と天使様の絡みがエモくてもう最高!! まさに至高の百合とはあの事を言うのね」
姉ちゃんのやつ、仮入部期間にそんなことをやっていたのか。
最近姉ちゃんや玲奈の噂を学校で聞かないと思っていたら、気が付かないうちにそんなことになってるなんて思わなかった。
「私も紗耶香ちゃんについて行きましたけど、こんなきれいな人がこの学校にいるとは思いませんでした」
「しかも2人!! 2人もいるのよ!! この学校って可愛い子が多いって思っていたけど、あの2人は更に別格ね。別格!!」
「はははは‥‥‥‥」
紗耶香の勢いに押されてしまい、乾いた笑い声しか出ない。
ある程度は覚悟していたけど、姉ちゃんが学校でここまで神格化されているとは思わなかった。
「あぁ、普段女神様は何をしているんだろう。きっとおしゃれな服を着て、カフェで優雅に休日を過ごしているのね」
すまん、紗耶香。普段の姉ちゃんはいもジャーをを着て、家でWindsのライブBDを見ながら振り付けののおさらいをしている。
「清楚でおしとやかで気品がありますよね。女神様って」
傲慢で横暴で暴力的の間違いじゃないか?
友島さん、それは違うぞ。
「あの2人の中学時代ってどんな姿だったんでしょうか?」
「身近にそういう人がいれば、2人の話を色々聞くこともできるんですけどね」
「本当本当。どこかにあの2人と同じ中学出身者がいないのかなぁ」
そう言って遠い目をする紗耶香。駄目だ。こんな状態の紗耶香と友島さんに、姉ちゃんの話をすることができない。
おまけに玲奈が幼馴染ということを知れば、きっと紗耶香は暴走するだろう。
そして現代の社会が生んだのジャック・ザ・リッパーとなって俺は暗殺されそうだ。
「確かにあの人は凄い人だよな」
「何よ、守。あんた女神様のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、美鈴先輩は春樹の‥‥‥」
「わーーーーーーーーーーーーー!!」
「どうしたんだよ!? 春樹!? そんな大声出して」
2人に気づかれないように俺は守の耳元に近づく。
そしてできるだけ2人には聞こえない声音で俺は話す。
「(姉ちゃんと玲奈のことは2人には伏せてくれ)」
「(何でだよ? 別にいいじゃん。減るもんでもないって)」
「(減るよ。主に俺に対しての重圧的なものとか、周りからのプレッシャーとか色々あるんだよ)」
姉が特段優秀だったせいで、中学時代から俺が姉ちゃんの弟だとわかると周りから失望された。
それはそうだろう。なんでもできる姉ちゃんとは違い、俺は不器用で覚えるのも人より遅い。
そのせいで周りから小室家の出がらしだとか美味しい所を姉に全て持って行かれた残り汁とか散々なことを言われてきた。
そんなことを気にする性格ではないけど、紗耶香達にだけは俺と姉ちゃんの関係性を知られたくない。
知られたら最後、紗耶香達も俺を見て失望するだろう。
そして周りの人達同様、俺から離れていく。それだけは絶対に避けたかった。
「(なるほどな。確かに中学に入ってすぐ、春樹はそれで苦労していたよね)」
「(わかってくれたか?)」
「(うん。あの時は僕か玲奈ちゃんが春樹の側にいたから、よく覚えてるよ)」
「(ちょっと!? 守!? そのことをまだいうの)」
「(でも春樹、それは一過性の事だったよね? 時間が経つにつれて、春樹の側に来る人も増えたんじゃなかったっけ?)」
「(確かにそうだけど、離れて行ったまま戻ってこない人もいた)」
もしかすると紗耶香や友島さんも同じことになるような気がして正直怖い。
これだけ損得なしに俺と仲良くしてくれる人を失いたくなかった。
「(そうなるのが怖いなら僕は早いところ、話した方がいいと思うけど。その方が傷が浅くて済むんじゃない?)」
「(その方がいいのはわかってるけど、俺はもう少しこの関係を続けていたい」
高校に入って初めてできた友達をこんなことで失いたくはない。
この楽しい時間を少しでも続けていたいと思ってしまう。
「(俺の我儘でしかないのはわかってるけど頼む)」
「(しょうがないな。そこまで春樹が言うなら、隠しておくよ」
「(ありがとう、守。伊達に小学生からの付き合いじゃないな)」
「(その代わり、今度マッグ奢れよ)」
「(わかった)」
懐はさらに痛くなるが、しょうがないだろう。
背に腹は代えられない。安い投資だと思うことにしよう。
「(そういえば、春樹は1つ思い違いをしていることがあるよ)」
「(思い違い?)」
「(そうだよ。僕は春樹が美鈴さんの弟だから、友達になったわけじゃないよ。春樹と一緒だと楽しいから、友達をやってるんだ)」
「(守‥‥‥)」
「(だから中学時代と同じことが起こっても、僕は今まで通り春樹に絡むからね。それだけは覚悟しておいてね)」
そうだな。守はこういう奴だ。口ではなんだかんだいいつつ、こうして俺と一緒にいてくれる。
腐れ縁と書いて親友と呼ぶ。そう言えるのは守ぐらいだ。
「2人してこそこそと何を話してるのよ」
「何でもないよ。それよりその天使様は何しにうちのクラスに来ていたの?」
「ええっと、何しに来たんだっけ?」
「確かこのクラスで授業中に誰か寝ていなかったのか聞きに来ていたんだと思います」
「えっ!? そんなこと聞いてきたの!?」
先程の余韻に浸る間もなく、俺の背中には冷や汗が流れた。
まさか姉ちゃんめ。自分が行動できないからって。こんな手を使ってくるなんて卑怯だぞ。
「まさかこんな方法で攻めてくるとはな‥‥‥」
危なく気を抜いて、午後の授業中に寝る所だった。
もしそうしていたら、俺は家に帰ってから大変な目にあっていただろう。
「でも、なんで天使様はそんなこと聞いてきたんだろうね」
「わかりません」
さっきから守の視線が痛い。俺が一瞬焦った様子を見て、十中八九何かを察したのだろう。
先程までのあの熱のこもった時とは違い、冷ややかな視線を俺に送り続けている。
「そんなことより、春樹はゴールデンウイークはいつ空いてるの?」
「俺?」
「そうよ。私もゴールデンウイークの後半はテスト期間でいつでも予定は空けられるから、後は春樹の予定次第なのよ」
しまった!? 昨日姉ちゃんにゴールデンウイークの予定を聞き忘れた。
姉ちゃんが家にいない日を選ばないと意味がない。どうやってごまかそう。
「あ~~ごめん。まだ部活の予定が出てないんだよね」
「でも、ゴールデンウイークの後半はたぶん僕達もテスト休みだから。その時でいいんじゃないかな?
「守!?」
そうだ。そういえば守もサッカー部に入部していたんだった。
俺はまだ先輩と親しくないから、そんなに話していないけどきっと守は何か情報を掴んでいるのだろう。何で余計なことを言ってるんだよ。
今の発言はゴールデンウイーク後半ならいつ家に来てもいいよって、紗耶香達に言っているようなものじゃないか。
「それならゴールデンウイークの3日目にしましょう」
「3日目?」
「それなら残りの2日間遊べるし、何なら次の日息抜きで皆で遊びに行きましょう」
「遊びに行く!?」
何故か知らないけど、俺の予定が俺の知らないうちに決まっていく。
これはまずい。もし俺の家に姉ちゃんがいたら、紗耶香の夢が壊れてしまう。
Windsの近江君が出てるTVを見ながら恍惚な表情を浮かべている姉ちゃんと紗耶香の遭遇。
駄目だ!! そのシチュエーションだけは絶対に避けないといけない。
「あの、俺の家は‥‥‥」
「楽しみね、春樹の家に行くの」
「はい、私も楽しみです」
俺が何かを言う前に、紗耶香と友島さんは楽しそうに笑っている。
駄目だ。俺が何かを言った所でもう2人は聞く耳をもたない。この話は既に4人の中では決定事項のようだ。
「あきらめろよ、春樹」
「ははははは」
俺は楽しそうに予定を決めていく2人に対して、何もいう事ができなくなる。
結局この日の昼休み、俺のゴールデンウイークの予定が自動的に埋まっていくのだった。
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