第21話 人としての魅力を身につけよう
風呂を出た俺は急いで姉ちゃんの部屋へと向かう。
部屋の前に着いた時、一旦息を整えてドアをノックした。
「姉ちゃん、入るよ」
「どうぞ」
ドアを開けるとベッドに姉ちゃんが座っている。
眉間に皺を寄せて頬杖をつきながら足を組んでいる様子は、みるからに機嫌が悪い。
時より右手は自分の膝をトントンと叩き、俺が来るのを今か今かと待っていたように見えた。
「遅かったじゃない。一体お風呂で何してたのよ?」
「何もしてないよ。そもそも姉ちゃんが風呂に入って来いって言ったのが遅くなった原因だろ?」
「それにしても長風呂だって言ってるのよ!! 1時間も湯船につかってるなんて、あんたは女子か!!」
「仕方がないだろ‼︎
「
あっ!? まずい。この話題は姉ちゃんに言ってはいけない話題だ。
紗耶香や友島さんとゴールデンウイークに勉強会するなんて話したら姉ちゃんの事だ。強引にでも参加して、俺の邪魔をしてくるに違いない。
「春樹、あんた一体誰と連絡を取り合っていたのよ?」
「守だよ、守!! ほら、同じサッカー部だから、明日の予定について連絡していたんだよ!!」
「ふ~~ん、守君とね」
「俺の事を信じてくれないのかよ?」
「別に。相変わらず守君と仲がいいって思っただけよ」
よし! 姉ちゃんはどうやら俺の言ったことを信用したみたいだ。
紗耶香と友島さんとも連絡を取っていたけど、守とも話していたし嘘は言ってないから大丈夫だよな。
「まぁ、あいつとは小学校からの仲だからな」
「そう。それよりもあんた、最近調子にのって浮かれてない?」
「のってないし浮かれてもいないよ!!」
「本当に? ちょっとぐらい玲奈と上手く言ってるからって、調子にのらないことね」
「くっ!!」
姉ちゃんめ。相変わらず俺がむかつくワードを的確にいいやがる。
勉強を教えてくれるって話じゃなければ、今頃は部屋に戻って姉ちゃんと会わないように籠城作戦をしていたところだ。
「さて、春樹。あんたを私の部屋に呼んだ理由はわかってるわよね?」
「当たり前だよ。姉ちゃんが俺に勉強を教えてくれるって話だろ?」
「そうだけど、ちょっと趣旨が違うわね」
「違う? 何が?」
「もちろん私はあんたに勉強を教えるわよ。だけどあんたに勉強を教えるってだけだと面白くないから、少し条件を付けましょう」
「条件?」
「そうよ。つかぬ事聞くけど、あんたは女の子にモテる男の条件ってどんなものだと思う?」
「モテる男の条件?」
「そうよ。とりあえずわかる範囲でいいから答えて見なさい」
「わかった」
モテる男の条件か。そんなこと咄嗟に言われても、出てくるはずがない。
どうすればモテるかなんて全くわからないし、一体何を答えればいいんだろう。
むしろ姉ちゃんがどんな答えを望んでいるのか、考えてみてもいい案が浮かばなかった。
「えっと‥‥‥」
「あんたなりの答えでいいから、言ってみなさい」
「ええっと‥‥‥顔が格好いいイケメン‥‥‥とか?」
「もちろんそれも重要だけど、他にもあるでしょ?」
「運動できる人とか?」
「そうね。それもそうだけど、まだあるわ」
「まだあるの?」
「あるわよ。考えて見なさい」
他にどんな要素があれば、女の子にモテるかって?
俺がここまで上げた要素が揃ってれば、少なくても学校の人気者にはなれると思う。
「後は‥‥‥話が面白いとか」
「それもそうね。まだあるわ」
「あと必要な要素と言えば‥‥‥頭のいい人?」
「そうよ。モテる人の要素として、頭がいい人も入るわね」
何故か胸を張って誇らしげな姉ちゃん。
だが残念ながらそんな凹凸のない胸を張っても、むなしくなるだけだよ。
地平線の彼方まで見えそうな、残念な胸を見ながら俺はそう思った。
「ふふふっ。あんた、殺すわよ」
「俺は何も言ってないじゃん!?」
「どうせあんたのことだから、私の胸を見てまな板とか洗濯板とか鉄板とかそんなこと思っていたんでしょ!!」
「そんなこと思ってない!! 発想が飛躍しすぎだよ!!」
さすがにそれは姉ちゃんの被害妄想すぎない?
せめて凹凸のない残念な乳ぐらいしか思っていないからね。
「とりあえず話を戻すけど、モテる男の要素としてはイケメンってだけじゃダメなのよ」
「それはわかってるよ」
「貴方もよく思わない? この人イケメンなのに、何で彼女がいないんだろうって」
「それはよく思う」
中学の時も凄く格好いいのに、全く女子からモテない人もいた。
確か何人かの女子に話しかけられていたけど、その女子達もすぐに離れて行ってしまう残念な人だったように思える。
「男子には人気があるけど女子には人気がない。何度かそんな光景を見たことがあるけど、凄く不思議だった」
「でしょ‼︎ それは単にその人に人間としての魅力がなかったのよ」
「魅力?」
「そうよ。話をして面白いとか、この人は人間としての器が大きいなとか、相手に対して思いやりがあるなとか、そういうところよ」
「なるほどな」
人間としての魅力がない人には人がついてこないという事か。
これは女性に限った話ではない。人間関係でも重要なことである。
「女の子にモテる為にはね、その人のキャラの面白さ、雰囲気、知性・頭の良さ、思いやり、そう言ったものが必要になってくるのよ」
「それはわかったよ。だけどそれがさっきの話とどうつながってくるんだ?」
姉ちゃんがさっき話していたモテる男は頭がいいことっていう話とは、全く別のように思える。
「春樹、あんたはわかってないわね」
「わかってない?」
「私はさっき人間として魅力的な男の子がモテるって言ったのよ。その人の頭の良さ、知性も人間的な魅力の1つにならない?」
「なるな」
「もちろん運動ができる男の子もモテるわ。それも人としての魅力の1つ。だからどれだけ多く人間的な魅力を持てるかで、女の子にモテるかが決まるのよ」
「なるほどな。言っていることはわかる」
つまり姉ちゃんは女の子にモテる男になる為には、1つでも多くの人間的な魅力を持てって言ってるのだろう。
「もちろん、春樹の言う通り勉強ができる男の子が特別にモテるわけじゃないわ」
「えっ!? さっきの発言全否定じゃん!?」
「そうね。別に勉強や運動ができなくてもモテる人はモテる。女子に対しての気づかいとかテンションを合わせて話して上げるとか、細かいことを上げればきりがないわ」
「それじゃあ別に必死に勉強する必要性なんてないんじゃないの⁉︎ 他のことに取り組んだ方が効率的だと思うよ⁉︎」
「それは駄目よ。せっかくのイベントごとなんだから、ここは運動だけじゃなくて勉強ができる所を見せつけて、周りを驚かせてあげましょう」
どうやら姉ちゃんの算段では、この中間テストという高校生活最初のイベントで俺の株を上げたいらしい。
株を上げた所でっていう話なんだけど、少しでも玲奈が振り向いてくれるなら頑張る価値はあるな。
「わかった、姉ちゃん。俺、中間テスト頑張るよ」
「その意気ね。そしたら目標を立てましょう」
「目標?」
「そうよ。せっかく私が勉強を教えるのだから、春樹にはできるだけ上を目指してもらいたいって、私は思ってるの」
「上を目指す?」
なんだか話が不穏な方向に進んでいる気がする。
こういう時の姉ちゃんって、大抵俺にとんでもない無茶ぶりをするんだよな。
「春樹、あんたには学校のテストで学年10位以内を目指してもらうわ」
「10位以内!?」
「まぁでもいきなりは無理だから、中間は20位以内に入ることを目標にしましょう」
「20位以内って、そんなの無理に決まってるだろう!!」
「どうしてよ? そんなのやってみないとわからないじゃない!!」
「姉ちゃん俺の中学時代の成績って知ってる? 学校でも後ろから数えた方が早かったのに、10位以内って無謀だろ!!」
現に俺はこの学校に入る時、推薦入試で入学している。
普通の一般入試だったら、点数が足りなくてほぼ100%落ちていただろう。
それぐらい俺の成績は良くない。
「大丈夫よ。このお姉様が無理なくそつなくいたぶ‥‥‥いえ、教えてあげるから」
「今いたぶるって言っただろ!!」
「あら? 今私そんなこと言ったかしら?」
しらじらしい。このどS女め。よくそんなことが言えたな。
「ちなみになんだけど、もし20位以内に入れなかったらどうするんだよ?」
「その時はこの協力関係は解消ね」
「解消!?」
「そうよ。私の言いつけを守れなかったのよ。それ相応のことをしてもらわないと」
「協力関係の解消か‥‥‥」
まぁ、100歩譲ってそのぐらいならいいだろう。幸い玲奈との関係は良好だし、姉ちゃんの力を頼らなくても何とかなる気がする。
今は焦らず玲奈との関係を徐々に縮めて行けばいい。そうすればきっと上手く行くはずだ。
「それで玲奈には格好いい男の子でも紹介しようかしら」
「男を紹介するの!?」
「当たり前でしょ? あんな可愛い子にふさわしい彼氏を、私がちゃんと見繕ってあげて何が悪いの?」
なんでもないように姉ちゃんは言ったけど、協力関係解消以上の爆弾だ。
そんなことをされたら元も子もない。俺が今までしてきたことが、全て水の泡となってしまう。
「せっかくだから想像して見なさいよ」
「何を?」
「玲奈が他の男とデートしてるのを」
「ぐっ!! わかったよ‼︎」
俺は想像して見た。姉ちゃんが紹介した男と玲奈がデートしている姿を。
玲奈の事だ。最初はまともに話すことができないけど、時間が経つにつれて徐々にそのイケメンに心を開いてく。
そして最後、別れ際になり強引に迫るイケメン。最初は抵抗する玲奈も満更じゃない顔になっていき、やがて2人の顔の距離はどんどん近づいてきてそして‥‥‥‥‥。
「おえっ!!」
「汚いわね!! こんな所で吐かないでよ!!」
「わかってるよ!!」
駄目だ。その光景を想像しただけで吐き気がしてきたぞ。
玲奈が他の男と並んで歩いている。そんな姿、絶対に想像したくない。
「やばっ⁉︎ 急に気持ち悪くなってきた」
「ほら、やっぱりそういう反応になるじゃない」
「誰が想像させたと思ってるんだよ‼︎ 誰が‼︎」
姉ちゃんの方から話を振ってきたのに、そんな面倒臭そうな対応をしないでほしい。
もっと実の弟に対してかける言葉があるんじゃないか?
「ちなみに姉ちゃん、これは興味本位だけど玲奈にどんな男を紹介するの?」
「そうね。スポーツができて面白くてそれでいてイケメンで頭がいい男の子ね‥‥‥‥‥あんたとは違って」
「くっ!!」
姉ちゃんめ。俺に喧嘩を売ってきやがって。
玲奈に男を紹介するだと? 絶対にそんなことはさせない。
「その言葉、後悔させてやる」
「ふふっ、あんたも言うようになったじゃない」
「姉ちゃんのその提案、受けようじゃないか」
「ふつふっふ、お姉さまがちゃんとびしばし教えてあげるから覚悟しなさい!!」
嫌な予感しかしないけど、ここは姉ちゃんを頼る他ない。
敵にすると怖いけど、味方にすると頼もしい。
でもよく考えてみよう、この提案は姉ちゃんからしていたことだ。
あれ? もしかしたら味方だと思っていた人が、実は敵なんじゃないか?
「春樹、いいこころがけね。私の提案にのるなんて。今までのあんたからは考えられなかったわ」
「そうだろう。人間ってのは、日々成長する生き物なんだよ」
「その意気よ。さて、それじゃあ早速あんたの部屋に行って、勉強しましょうか」
「今からするの!? もうすぐ夕飯の時間だよ!?」
「もちろん出来たら食べるわよ。だけどまだ支度も終わってないみたいだし、空き時間は有効に使わないとね」
まずい!! このママじゃ姉ちゃんのスパルタ勉強教室が始まってしまう。
1度始まってしまえば地獄の始まりだ。出来ることなら、今じゃなくて夕飯の後に始めたい。
「待って、姉ちゃん!! せめて夕飯の後でも‥‥‥」
「駄目よ。さぁ、早速やりましょう。ほら、教科書を開いて!! 準備をしなさい!!」
「理不尽だ!!」
この後俺は自分の部屋に戻り、姉ちゃんから勉強会と言う名の鬼も逃げ出すようなスパルタ授業を受ける。
そしてこの後1時間、本当に夕食の時間まで姉ちゃんにつきっきりで勉強を教えてもらうのだった。
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