第17話 織姫と彦星

「さて、どんな文面を打とう?」



 玲奈が送ってきた文章に対して、俺はどんな文面を返せばいいんだろう。

 堅苦しい文面は違う気がするし、おちゃらけてみてもそれはそれで俺のキャラと違う気がする。



「う~~ん、悩むなぁ~~」



 玲奈から連絡をくれたのだから、絶対に失礼のないように返さないといけない。

 もしここで玲奈の想像と的外れな返信をしてしまったら、俺と玲奈の関係は一瞬で悪化してしまう。



「どうしよう?」



 ベッドの上に寝ころび長々と考えた。

 長々と考えた末、俺は玲奈にこう返した。



 春樹:こちらこそ、よろしくね!



「よし! これで完璧だ」



 顔文字等を入れることを考えたが、ここはあえて簡潔な文章にした。

 玲奈が送った文章にも顔文字や絵文字が入っていなかったので、玲奈に合わせる感じでこうした文面の方がいいように思えた。



「相手に合わせるのは重要だからな」



 合わせすぎるのもよくないが、テンションが違いすぎてもいけない。

 加減は難しいけど、これは玲奈との初めてのやり取りになる。

 だから今日はこう返してみて、これから徐々に玲奈に合わせていくしかない。



『ピロン』


「また来た!? 返信早いな」



 三日月玲奈:せっかくだから電話してもいいかな?



「何だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



『ドン』


「うわっ!?」


「うるさいわね!! 一体今何時だと思ってるのよ!!」


「ごめん!? 姉ちゃん!?」



 隣の部屋から壁ドンと姉ちゃんの怒りの声が聞こえてきたので、俺は反射的に謝ってしまった。

 でも1発で済んだだけありがたい。あまりにもうるさいと、姉ちゃんは俺の部屋にのりこんでくるからだ。



「やばっ!? これ以上テンションを挙げると怒られる」



 姉ちゃんの逆鱗に触れてしまうと、何が起こるかわからない。

 だからここは大人しくしていることにしよう。そうしないと、俺の命がいくらあっても足りないから。



「とりあえず玲奈に返信しないと‥‥‥」



 春樹:いいよ!



「俺からかけようか? って早い!? 玲奈から連絡だ!!」



 連絡をした途端すぐさま着信があり、俺は急いでスマホの通話ボタンを押す。

 ボタンを押すといつも聞きなれた声が耳に聞こえてきた。



『もしもし』


「もしもし!!」


『もしもし、この電話は小室春樹君の電話ですか?』


「そうだよ。てか、なんで敬語!? いつもはそんなに丁寧に話さないのに!?」


『だって、もし間違って別の人にかけたら迷惑でしょ』


「さっき交換したばかりなんだから、そんな心配しなくても大丈夫じゃない!?」


『それもそうか』



 いきなり玲奈のボケに付き合う形となったが、無事玲奈と話すことができた。



「玲奈は相変わらずだな」


「春樹こそ、全然変わってない」



 何だろう、この感じ。楽しい。ただただ楽しい。

 好きな子と電話をすることがこんなに楽しいなんて、夢にも思わなかった。



「玲奈は新しいクラスに慣れた?」


『少しだけ。皆優しいから、私とたくさん話してくれるよ』


「そうか」



 玲奈が新しいクラスに馴染んでいることはうれしいけど、何故か釈然としない。

 あのイケメン達と玲奈が仲良く話しているのを想像するだけで、胸がムカムカしてくる。



『春樹? どうしたの?』


「えっ!? どうもしないよ」


『そう。春樹はどう? 学校生活?』


「俺? 俺も順調順調。守も同じクラスだし、他にも月島さんや友嶋さんって子と友達になったよ」


『月島さんに友嶋さん? もしかしてその子達って女の子?』


「うん、そうだよ。たまたま今日話す機会があって、よろしくねって言ったんだ」


『ふ~~ん』


「あれ? 玲奈? どうしたの?」



 おかしいな? 玲奈が唸るような声を上げた後、電話口から音がしなくなった。

 声だけじゃなくて、通話すら聞こえないのはおかしい。

 電波が悪いか確認したけど、特に問題はないみたいだ。



「玲奈!? 大丈夫!? そっちで何かあったの!?」


『大丈夫だよ』


「よかった」


『それよりも春樹。窓を開けて見て』


「窓? こんな時間に窓を開けるって何で‥‥‥」



 玲奈の指示に従い窓を開けると、そこにはスマホを耳にあてた玲奈がそこにいた。

 水玉模様のパジャマを着ていたその姿は、先程玲奈の家の玄関で見た姿そのままだった。



「玲‥‥‥奈?」


「えへへ。こうして電話しながら話すのって、なんか新鮮だね」



 玲奈はまるでいたずらが成功した子供のように無邪気に笑う。

 普段はめったに感情を表さない玲奈だけど、時々こうして見せる玲奈の笑った表情が俺は好きだ。



「春樹? どうしたの?」


「あぁ、何でもない」



 水玉模様のパジャマを着た玲奈はとても扇情的に見えた。

 部屋から光る明かりが後光のように差し、まがい物の女神姉ちゃんではなく本物の女神様がそこにいるような錯覚に陥ってしまい思わず見とれてしまう。

 それほどまでに今の玲奈は美しくて綺麗だった。



「ここでこうして話しているなら、別に電話しなくてもいいんじゃない?」


「それはダメ!!」


「何で!?」



 直接話してるんだから、電話を切った方が効率的なのに。

 電話代もかかるし、メリットなんて1つもないのによく続けようとするな。



「絶対電話は切っちゃダメだからね!!」


「わかった」



 時折玲奈はこういった強引なことをする。

 そして基本俺はそれには逆らえない。惚れたものの弱みって奴だ。



「玲奈のこういったやや強引な所は姉ちゃん譲りだな」



 昔から玲奈は姉ちゃんと一緒にいることが多いので、自然とそうなってしまったのだろう。

 姉ちゃんイズムの正当後継者、それが玲奈。

 将来玲奈が姉ちゃんみたいにならないことを俺は祈るばかりだ。



「へへっ。春樹と電話」



 だが、どうしても玲奈の嬉しそうな笑顔を見ているとそう言った文句も多めに見てしまう。

 普段はこういった強引なことをしない分、たまの我儘ぐらい多めにみよう。



「そういえば、玲奈はどの部活に入るか決めた?」


「うん! 私はバレー部に入るよ」


「バレー部か」


「中学の時もバレー部に入ってたから、高校でもやろうと思って」


「玲奈にはぴったりだと思うよ。中学でもバレー部のエースアタッカーだったし」


「私はエースじゃないよ。他のみんなが凄かっただけだから、私は別に特別じゃない」



 玲奈は謙遜しているけど、エースアタッカーと言ったのは比喩じゃない。

 俺達が3年生の総体の試合を姉ちゃんと見に行ったけど、あのチームは玲奈のチームだった。



「そういう春樹は、やっぱりサッカー部?」


「うん。今日見学に行ってきて、明日入部届を出す予定」


「早いね。私も明日入部届出そうかな?」


「まだ仮入部期間なんだから、色々な部活を見学してもいいんじゃない?」



 こんな仮入部期間中に入部届を出す奇特な奴なんて俺ぐらいだろう。

 現に守は仮入部期間ギリギリまで色々な部活を見ると言っていた。その考えが普通のように思える。



「ダメだよ。美鈴さんもバレー部で私のこと待ってるから、早めに入らないと」


「そういえば姉ちゃんもバレー部だったな」


「うん。今日バレー部の見学に行った時、美鈴さんに勧誘されたから私も早めに入ろうと思ってる」


「姉ちゃん」



 わざわざ玲奈を勧誘するって、何を考えてるんだよ。

 ただでさえ姉ちゃんは目立つのに、その状態で玲奈に絡んだりしたら何を言われるかわからないぞ。



「バレー部に行った時、何もなかった?」


「うん。少しだけ体験入部させてもらったけど、何もなかったよ」


「それならよかった」



 何もないわけがないとは思うけど、玲奈がそう言ってるのなら大丈夫だろう。

 それに玲奈の側には女神サターンがついているんだ。きっと裏で手をまわして上手くやったに違いない。



「春樹がサッカー部か‥‥‥また試合見に行くのが楽しみ」


「試合って言っても、出るのはまだまだ先だと思うよ」


「どれくらいで試合に出れるようになるの?」


「う~~ん、そうだな」



 今のチームにはまだ3年生がいる。3年生と1年生では体の作りが違うので、レギュラーどころかベンチ入りすら難しい。



「よくて1年後、遅いと2年後にならないと試合には出れないよ」


「そんなに!?」


「たぶんな。先輩達もみんな上手いから。俺がスタメンを取るには時間がかかるよ」


「そんなことないよ」


「えっ!?」


「そんなことないよ。春樹は凄くサッカーが上手いんだから、すぐ試合に出れるよ」


「そうかな?」


「うん。美鈴さんと一緒に試合見に行ったけど、春樹のプレー凄かった」



 玲奈が話しているのは俺が中学3年生の時の総体の話だろう。

 確かあの時玲奈のバレーの試合と被っていなかったので、姉ちゃんと玲奈が俺の試合を見に来たんだよな。



「あの時の春樹、すごく格好良かったよ」


「ありがとう」


「特に県大会決勝で決めたゴール、最高だった」



 興奮したように玲奈は言う。よくよく考えればあの試合以外にも、玲奈は姉ちゃんと一緒に俺の試合をよく見に来てくれていた。

 だからだろう。試合に臨むサッカー部の連中のテンションが異様に高かったのは。

 学園の初代女神と2代目女神が揃って試合観戦に来ているんだ。全員いい所を見せる為に必死になって頑張っていたのはいい思い出だ。



「後半アディショナルタイムで3人をドリブルで抜いてゴールした瞬間、鳥肌が立ったよ!」


「あれはたまたまだったけどな」



 試合終盤ってこともあって、全員足が動いていなかったし、独走できたのもたまたまだ。

 偶然という一言で片づけてしまってはいけないけど、あの得点は偶然の産物だと思っている。



「そんなことない!! もっと春樹はもっと自分に自信を持った方がいいよ!!」


「そう?」


「うん! 春樹は凄い。私が保証する」


「玲奈にそう言われると、うれしいな」



 いつも周りから姉ちゃんがすごいという話はよく聞く。

 だが俺の事を凄いという人はいない。それはみんな姉ちゃんばかり見ているからだ。

 だけどそんな俺にも例外的に玲奈だけは小学生の頃から、俺に凄いと言ってくれる。

 例えそれが同情だとしても、今みたいな真剣な目でそう言ってもらえるのがたまらなく嬉しかった。



「ありがとう、玲奈。少し自信がついた」


「うん」


「もう夜遅いし、明日の朝も早いからそろそろ寝よう」



 こうして玲奈と離れてしまうのは正直名残惜しい。

 もう少しこの楽しい時間を続けていたいけど、これ以上話していると玲奈の負担になってしまうのでこの辺で終わりにしよう。



「うん、そうだね」



 玲奈は俺と話しているこの時間をどう思っていただろう。

 玲奈も俺と同じようにもっと話したいと思ってくれているかな。思っていてくれているとうれしいな。



「じゃあまた明日な」


「うん。またね」



 そう言ってスマホの通話を切り窓を閉めた。

 閉めたと同時にスマホを机に置いて、ベッドにダイブした。



「あの時の玲奈、可愛かったよな」



 その姿はまるで地上に舞い降りた女神のようだった。

 あの姿は絶対に忘れない。忘れることなんてできない。



「今日はよく眠れそうだな」



 学校では新しい友達ができたし、玲奈の連絡先も聞けて全てが上手く行っている。

 それにこうして玲奈と2人で話すことができて、俺は凄く幸せだ。



「玲奈‥‥‥大好きだ」



 俺は布団をかぶり、そのまま寝た。

 そして次の日の朝、スマホの充電がないことに気づき嘆きの声を上げながら慌てて家を出るのだった。



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