第16話 姉への報連相

 自宅に帰ってきた俺は2階への階段を登り、足早に姉ちゃんの部屋へと向かう。

 姉ちゃんの部屋の前に着き、軽くノックをした後部屋のドアを開けた。



「姉ちゃん、入るよ」


「どうぞ」



 中に入ると、ベッドに腰かけている姉ちゃんがいた。

 左右に足を組んだ女王様スタイルのまま、厳しい視線を俺に向ける。



「お疲れ様、春樹」


「お疲れ、姉ちゃん」


「貴方達の様子は窓から見ていたから大体わかってるけど、再度確認するわね」


「夜遅いんだから、明日じゃダメなの?」


「ダメよ!!」


「何で!? 報告なんて明日の朝すればいいじゃん」



 夜も遅いのに何で今すぐに報告しなくてはいけないんだ。

 俺の思っていることが読まれていたのだろう。

 目の前にいる姉ちゃんはため息をつき、俺に対してあきれているように見えた。



「春樹、あんたはほうれんそうって言葉は知ってる?」


「ほうれんそう? お浸しにして食べるやつ?」


「違うわよ!! 何であんたはすぐに食べ物の名前が頭に浮かぶのよ!! この食いしん坊!!」


「仕方がないだろ!! そんな難しいことを言われたって、わからないものはわからないんだから。そんな怒るなら教えてよ!!」



 高校生の俺にそんなことを言われたって、普通に食べ物しか浮かばないに決まってるだろう。

 しかも今日の夕飯にほうれん草のお浸しが出て来たんだから、それが連想されるに決まってる。



「いい、春樹。この場で言うほうれんそうって言うのは、報告、連絡、相談の略!!」


「報告、連絡、相談?」


「そうよ。よく使う言葉だから覚えておきなさい」



 姉ちゃんは口酸っぱく報連相ほうれんそうという言葉を言う。

 報連相の意味はわかったけど、姉ちゃんが俺に何を伝えたいのかいまいち掴めない。



「その報告、連絡、相談の何が重要なの?」


「あんたはまだわかってないようね」


「えっ!?」


「あんたが玲奈と付き合うことができるようになる為に、私が逐次相談を受けてるのよ!! その報告をこまめにしなくてどうするの!! 何か取り返しがつかないことが起きていたら大変じゃない!!」


「確かに」


「それにもし何か玲奈とトラブルがあった時、すぐに私に話してくれれば対策も立てやすいじゃない。後になって報告されても取り返しがつかないこともあるから、こまめに情報共有することは重要なのよ」


「なるほど。報連相って重要なんだな」


「そうよ。報連相を怠って勝手に仕事を進めた結果、取引先を怒らせて契約を破棄されたあげく、全責任を取らされた上で給料20%と冬のボーナスカットなんてざらにあるんだからね!!」


「それは怖いな」



 なんか言葉に実感がこもってるな。ともかく報連相が重要だということはよくわかった。



「それがわかったならいいわ。そしたらできるだけわかりやすく簡潔に話してみなさい。さっき玲奈と話していたことを」


「わかった」



 出来るだけわかりやすく簡潔に。それを意識して姉ちゃんに話してみよう。



「結果から話すと、玲奈の連絡先は聞けたよ」


「本当に? うっかり別の人の連絡先を教えられていないでしょうね?」


「もちろんだよ。これを見てくれ」



 俺はスマホを操作すると、自慢げに玲奈の連絡先が入っている所を姉ちゃんに見せた。

 ちゃんとMainメインの連絡先に玲奈の名前が入っている。

 これで姉ちゃんも文句はないだろう。



「あら? ちゃんと連絡先を交換できたのね」


「当たり前だよ!! 俺を誰だと思ってるんだ!!」


「お猿? もしくはゴリラ?」


「せめて人間って言ってくれよ!!」



 姉ちゃんの頭の中で、俺は霊長類の1つとして考えられているらしい。

 確かに人間の祖先という意味では間違いはないけど、もう少し人間扱いをしてくれてもいいんじゃないかな。



「でもMainメインだけしか交換していないなんてまだまだね。もしMainメインが使えなくなった時‥‥‥」


「その心配もないよ。なんとMainメインだけじゃなくて、電話番号やメールアドレスまで聞けたんだから」


「嘘でしょ!?」


「本当だって。これを見てくれよ」



 スマホの画面を操作して、今度は電話の連絡先画面を見せる。

 そこには確かに玲奈の電話番号が入っていた。



「確かにこの連絡先は玲奈の連絡先ね」


「でしょでしょ」



 自分のスマホと俺のスマホを姉ちゃんは2度見している。

 こんな姉ちゃんの驚いている顔、俺もそう見たことない。



「まさか玲奈の電話番号まで聞いていたなんて‥‥‥‥‥」


「どうだ、姉ちゃん!! 俺って凄いでしょ」


「そんなの威張ることじゃないわよ!! 連絡先の交換なんて、誰だって普通にすることなんだから!!」


「でも、あの玲奈の連絡先を聞けたんだぜ。これってすごいことだと思わない?」



 玲奈と付き合って早15年と少し。今まで連絡先もろくに交換してこなかった。

 それが今日Mainメインだけでなく電話番号やメールアドレスまで交換できた。

 今までの事を考えると、これは凄い進歩だと俺は思っている。



「玲奈の奴、いくらうれしくて舞い上がってるからって、わざわざメールアドレスまで交換しなくても‥‥‥」


「姉ちゃん? どうしたの?」


「何でもないわよ。とりあえず今日はよくやったわね。あと説明も今ので大丈夫よ」


「今のでいいの?」


「もちろんよ。私が知りたかったのは玲奈の連絡先が聞けたか聞けなかったかってことだけ。一応聞くけど、連絡先を聞いた時の玲奈の様子はどうだった?」


「様子はどうだったって‥‥‥いつもと同じ感じだったけど‥‥‥」


「それならいいわ。連絡先を交換した時に特段問題は起こっていなかったようだし、何も問題はないわね」


「うん」


「今みたいに人に報告・連絡・相談をする時はできるだけ相手にわかりやすいように簡潔に。だけど丁寧に話しなさい。あと期間が長くなるようなら節目節目で途中経過を報告したり、何かトラブルが起こったらすぐ私に報告すること。いいわね?」


「わかった」



 姉ちゃんの説明は癪には触るけど、相変わらずわかりやすいな。

 いつも余計な一言を言わなければもっといいのだけれど、それを望むのは酷だろうな。



「まぁ、遅かれ早かれあっちの方からは相談が来そうだけど‥‥‥」


「姉ちゃん?」


「何でもないわ。そしたら今日はもう遅いから早く自分の部屋に戻って寝なさい」


「え~~、もう少し俺の話を聞いてくれよ。この俺の武勇伝を」


「嫌よ。何であたしがあんたの惚気話を聞かないといけないの!! そんなの聞いたら今日の夕ご飯戻しちゃうじゃない」


「その言い方は酷くない!?」



 そんなに俺の惚気話って吐き気を催すようなものなの!?

 我が姉ながら酷すぎる。もう少し俺に優しくしてくれたっていいじゃないか。



「酷くないわよ!! それに私にはまだやらなくてはいけない崇高な仕事が残ってるのよ」


「崇高な仕事?」


「そうよ。私はこれから近江君が出てるライブBDを見るという崇高な仕事をするの」


「それこそどうでもよくない?」



 あっ、まずい。今の一言が姉ちゃんを刺激してしまったみたいだ。

 表情はニコニコと笑っているけど眉間に青筋を浮かべて、俺のことを睨んでる。



「近江君が‥‥‥どうでもいいって?」


「いえ!? どうでもよくなんてありません!! とても重要なお仕事です!!」


「わかってるならよろしい」



 怖い。Windsの近江君が絡んだ時の姉ちゃんは死ぬほど怖い。

 錯覚かもしれないけど姉ちゃんの背中から毘沙門天の英霊が見える。

 このまま下手な言い訳をし続けると、俺は家の庭でビニールシートと段ボールを使ったキャンプ生活を送る羽目になってしまう。



「それじゃあ復唱しなさい。『近江君は世界で最高に格好いい人です』って」


「えっ!?」


「だから復唱!! 近江君は世界で最高に格好いい人です」


「はっ、はい!? 近江君は世界で最高に格好いい人です」


「声が小さい!!」


「すいません!!」



 有無を言わさない発言につい俺も従ってしまう。

 ビニールシートと段ボールを使ったお庭キャンプ生活だけは避けたい。その一心で俺は姉ちゃんに従う。



「近江君は世界で最高に格好いい人です!」


「もっと声を張って!!」


「近江君は世界で最高に格好いい人です!!」


「もう1度!!」


「近江君は世界で最高に格好いい人です!!!!」


「よし! あんたもやっとわかったようね」


「はい!! もちろんであります!!」


「それがわかったなら、さっさと私の部屋から出て行きなさい!! 今すぐに!!」


「はっ、はい!!」



 尻を思いきり蹴られ、その勢いで廊下に追い出されてしまう

 それと同時に部屋の鍵が閉められて中に戻ることができなくなり、完全に姉ちゃんの部屋から閉め出されてしまったみたいだ。



「いたたたた‥‥‥何だよ、姉ちゃん!? もっと弟を丁重にもてなしてくれてもいいのに」



 あの姉ちゃんの怒り様、一体何が不満だったのだろう。

 俺はちゃんとミッションをクリアしてきたのに。変な姉ちゃんだ。



「人間って機嫌がいい日と悪い日があるっていうから、きっと姉ちゃんも今日が機嫌が悪い日だったんだろう」



 なので気にしない。気にするだけ無駄だ。

 そんな俺の気持ちが切り替わるのと同時に、俺のスマホから『ピロン』という軽快な音が鳴った。



「誰だ?」



 スマホを見るとどうやらMainメインの通知らしい。

 俺のスマホの画面には玲奈の名前が載っていた。



「玲奈からのMainメイン



 そういえば後で玲奈が俺に連絡してくるって言ってたな。

 改めてMainメインの通知を見た。



 三日月玲奈:こんばんは。玲奈です。よろしくね!



「よろしくねって‥‥‥こちらこそだよ」



 俺はスマホを握りしめ、慌てて部屋に戻る。

 部屋に入り鍵を閉めベッドの上に横たわると、その文面を見てどのような返信をしようか文面を考えるのだった。

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