第18話 新しい課題

 あの嵐のような入学直後の出来事から2週間経つ。

 入学直後不安いっぱいだった俺の高校生活は順風満帆そのものだった。

 学校生活にも慣れ、クラスでは友達と呼べるような人物も増えた。

 それもこれも姉ちゃんのおかげだ。色々と俺にアドバイスをくれた姉ちゃんには感謝しかない。



「ほら、春樹。早く行くわよ」


「待ってよ、姉ちゃん!! 行ってきます」



 姉ちゃんと一緒に外に出て、玲奈を迎えに行く。

 玲奈とはあれから毎日夜、Mainメインや電話で連絡を取り合う仲になっていた。



「こんな楽しいことってあるんだな」



 玲奈とはその日あった他愛もないことのやり取りしかしていない。

 だけどそれが凄く楽しい。好きな子とおしゃべりすることが、こんなに楽しいとは思わなかった。



「ちょっと春樹、何をそんなににやけてるのよ。気持ち悪いんだけど」


「俺そんなににやけてた?」


「にやけてたってものじゃないわよ。明らかに人様に見せられないような顔をしていたわ」


「そんなに酷い顔だったの!? 姉ちゃんみたいに!?」


「春樹、それはどういうことかしら?」


「いえ、あの、その‥‥‥」



 まずい。朝から姉ちゃんの逆鱗に触れてしまったみたいだ。

 にやけた酷い顔と言ったら姉ちゃんの事しか浮かばなかったから、ついツッコミを入れてしまった。



「あっ!? 姉ちゃん!! 玲奈が来たよ!! 玲奈が!!」



 俺が玲奈の家の方を指差すと姉ちゃんはそちらの方を見た。

 玲奈の家の玄関前には、ちょうどドアを開けてこっちに向かってくる玲奈の姿があった。



「ちっ。後で覚えておきなさいよ」



 捨て台詞を吐き一瞬鬼のような形相で姉ちゃんは俺の事を睨んできた。

 その表情たるやどこかの怖いお兄さん達と同じような表情。

 姉ちゃんの事を女神様じゃなくて極道の長って言われても遜色ない。



「おはよう、美鈴さん。春樹」


「「おはよ」おはよう玲奈。相変わらず今日も可愛いわね」



 この姉ちゃんアマ俺が玲奈に話しかけようとしたところで、わざとかぶせるようにして話してきたな。

 おかげでせっかく玲奈と話せるチャンスがなくなったじゃないか。

 一瞬俺の方を見て口角を上げたニヒルな笑み。こいつ、確信犯だ。



「そんな‥‥‥いつもと変わらないよ」


「いいや、今日も一段と可愛いわ。思わず抱きしめたくなっちゃう」


「美鈴さん!? そう言う冗談はいいから、早く行こう!!」


「そうね。早く行きましょう。遅刻してしまうわ」



 2人はそう言って歩き出してしまう。

 こうなってしまうと玲奈は姉ちゃんとの会話に集中してしまう為、めったに俺と話すことはない。

 手持無沙汰な俺は姉ちゃんの隣を金魚の糞のように一緒に歩くのだった。



「そういえば春樹のクラスの英語の先生って、私のクラスと同じだよね? 宿題の量が多くて大変じゃない?」


「あぁ、大変だよ。ただでさえ他の教科も宿題が出てるから大変なんだ」


「それわかる。もっと宿題の量が減ればいいのにって、いつも思ってる」


「俺も俺も。あの先生って、絶対Sだよな」



 たまにこうして玲奈が俺に話を振ってくれるのはありがたい。

 最近ではこういった何気ない会話も増えたので、毎日の登校が楽しくて仕方がない。



「春樹、最近楽しそうだね」


「そういう玲奈だって楽しそうじゃん」



 俺だけではなく玲奈もニコニコと笑っていた。

 たぶん最近玲奈も何かいいことがあったのだろう。

 あまり学校では笑っている玲奈を見ないけど、姉ちゃんと一緒に登校する時、こういった笑顔の玲奈をよく見かけるようになった。



「うん。最近すごく楽しいんだ」


「俺もだ」


「春樹も?」


「うん。毎日がすごく楽しいんだ」



 それが玲奈のおかげだってことは口にしない。

 口にするとここまで気づき上げたこの関係が壊れてしまうような気がするからだ。



「くっ、このバカっプルめ。公然と楽しそうにして‥‥‥」


「どうしたんだよ姉ちゃん? そんな眉間に皺を寄せてると、ただでさえ最近気にしている小じわが増えるよ」


「誰のせいだと思ってるのよ!!」


「痛い!!」


「それに私はまだピチピチの16歳よ!! 小じわなんて全くないわ!!」


「わかった!! わかったから、そんなピンポイントで俺の尻を蹴らないでくれ」



 ピンポイントで蹴られるお尻に強烈な痛みが走る。

 俺の尻をムエタイの練習用のミットだと思ってるのか、何度も何度も蹴られてしまった。



「何するんだよ、姉ちゃん!? 俺の尻は蹴り専用のミットじゃないんだぞ!!」


「そんなのわかってるわよ!! そもそもあんたが最近調子のってるのが原因でしょ!!」


「痛い!? 痛いから!? 少し手加減して!!」



 今の姉ちゃんは学園の女神様、いや違う。

 女神様と言う名の皮を被った女神サターン。般若のような形相で俺のことを見つめ尻を蹴り続ける。



「こんな般若のような形相。人様に見せられない」



 今の姉ちゃんを学校の人達が見たら、きっと腰が抜けるだろう。

 こんなすさまじい形相で睨まれるなんて、俺が一体何をしたっていうんだ。



「美鈴さん、少しやりすぎじゃ‥‥‥」


「いいのよ。こんな脳筋ゴリラ。口で言ってもわからないなら、体でわからせるしかないでしょ!!」


「誰が脳筋ゴリラだ!! この仮面優等生!!」


「誰が仮面優等生よ!! どこからどう見ても超絶美少女な優等生でしょうが!!」



 学校への通学路、額をつけて姉ちゃんと睨みあう。

 こうしてよくよく姉ちゃんの顔を見ていると、ただのチンピラのようにしか見えない。

 何で学校のみんなはこんなチンピラを女神と崇めるのだろう。俺はそのことが不思議に思う。



「2人共、喧嘩は駄目だよ!! 喧嘩は!!」


「玲奈」


「全く、しょうがないわね。玲奈に免じて今回だけは許してあげるわ」


「こっちこそ、玲奈に免じて引き下がるよ」



 命拾いしたな姉ちゃん。もう少し遅かったら、俺の必殺の喧嘩殺法が火を噴いていたぜ。



「あっ!?」


「どうしたの? 美鈴さん?」


「そういえば、もうすぐ中間テストが近いけど。あんた達勉強の方は大丈夫?」


「中間試験?」


「何それ?」



 そんなおいしいイベントなんてあったっけ?



「おいおい姉ちゃん。まだゴールデンウイークにも入ってないのに、気が早いんじゃないか?」


「そんなことないわよ。うちの中間考査はゴールデンウイーク明けにすぐ行われるから、ちゃんと対策をしておかないと赤点とるわよ」


「そういえば先生がそんなこと言っていたかも」


「うちのクラスではそんなこと話してなかったな」



 うちのクラスの先生は放課後のホームルームがものすごく短いかなりの放任主義である。

 その為もしかすると中間考査の話を言い忘れている可能性もある。



「そろそろテスト範囲のプリントも配られると思うから、ちゃんとそこを見ておくようにね」


「うぅ~~、緊張する」


「大丈夫よ。1年生の中間試験は殆ど中学の復習内容が範囲だから。この学校に進学できる学力があれば余裕よ、余裕」



 なるほど、中間試験の範囲は中学時代の復習なのか。

 中間考査まで入学して1ヶ月しかないので、あまり高校生の範囲を出せないのだろう。



「それなら大丈夫そう」


「うん。さすが玲奈ね。貴方なら大丈夫だわ」


「俺も俺も!! 玲奈なら絶対大丈夫だ」


「あんたは人のことを心配している場合?」


「えっ!?」


「私が心配しているのは、ここにいる脳筋ゴリラを指しているんだけど」


「脳筋ゴリラ? そんな奴はどこにいるんだよ?」


「今私の目の前にいるじゃない。世にも珍しい人間と話せる脳筋ゴリラが」


「脳筋ゴリラって‥‥‥もしかして姉ちゃん、俺の事を言ってるの!?」


「あんた以外誰がいるっていうのよ!! この脳筋ゴリラ!!」


「ふっ、ふざけるなよ!! 誰が脳筋ゴリラだ!! この三下が!!」


「三下!? あんたの方が三下でしょうが!!」


「誰が最弱だ!! これ以上文句を言うなら、俺の最弱さいきょうが火を噴くぞ!!」


「やれるものならやってみなさいよ!! この最弱!!」


「だから2人共!! 喧嘩はやめてよ!!」



 俺と姉ちゃんの第2ラウンドは間に入った玲奈のおかげで鎮静化する。

 お互い息を切らして睨みあう。この茶番、本日2回目である。



「そんなことはどうでもいいの。春樹、あんた中間考査は大丈夫なんでしょうね?」


「ふっ、案ずるでない姉ちゃん。俺もちゃんっっっとテスト対策をたててるから」


「そう。その対策というものをぜひ聞かせてもらいたいものね」



 もちろんそれは決まってる。姉ちゃんですら驚くような対策を用意している。

 それは玲奈でも驚く方法だろう。聞いて驚くなよ。俺が考えた方法を。



「お姉様、どうかこの赤点寸前の哀れな弟に勉強を教えてください」


「相変わらず見事なジャンピング土下座ね」


「驚かないの!?」


「あんたの考えていることなんてお見通しよ」



 まさか姉ちゃんに俺の考えが読まれていたとは。

 もしかして姉ちゃんは俺の思考を全て読めるエスパーなんじゃないか?



「今の春樹、すごく格好悪い」


「何度でも言え!! テストで赤点を免れる為なら、俺は何だってするさ」



 玲奈になんて言われようと別に構わない。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というからな。

 テストで見返せば玲奈も惚れ直してくれるはずさ。その為なら多少のデメリットを負っても問題はない。



「さっきの発言、前言撤回するわ。あんたは脳筋ゴリラなんかじゃない」


「姉ちゃん‥‥‥やっとわかってくれたか」


「えぇ、脳筋ゴリラじゃないわ。あんたは地を這い続けるゴキブリよ」


「ゴッ、ゴキブリ!?」


「俺ってゴキブリなの!?」


「いや、違ったわ。こんなことを言うとゴキブリに失礼ね」


「俺ってゴキブリ以下!?」



 姉ちゃんの俺への好感度がゴリゴリと下がっていってるのがわかる。

 しかも姉ちゃんってゴキブリが1番嫌いな虫だったよな。どうやら俺はそれ以下らしい。



「まぁ、しょうがないわね。あんたの成績が落ちると私まで変な目で見られるから、お情けで勉強を見てあげるわ」


「ありがとう、姉ちゃん」



 やっぱり持つべきものは血のつながった姉だよな

 今の姉ちゃんは女神だ。背中から後光が指して見えるぜ。



「そうだ! せっかくだからこういうルールも付け加えれば‥‥‥」


「姉ちゃん?」


「何でもないわ。こっちの話よ」



 いや、何でもないはずがない。だって今、姉ちゃんの顔が一瞬ゆがんだ。

 あの口角が吊り上がりニヒルな笑みを浮かべている時の姉ちゃんは女神めがみではなく、女神サターンだ。

 なんだかすごく嫌な予感がする。



「それじゃあ春樹、今日家に帰ったら私の部屋に集合ね」


「いや~~今日は用事が‥‥」


「私の部屋に集合。い・い・わ・ね」


「はい」



 姉ちゃんの威圧に対して、俺は首を縦に振らざるを得ない。

 もしかして俺、何か姉ちゃんに余計なことをいったんじゃないか?



「美鈴さん、そろそろ時間が‥‥‥」


「そうね、行きましょう玲奈」


「ちょっと待て、俺を置いてかないでくれ」


「あんたはそこで一生土下座をしていなさい」


「理不尽すぎる!!」



 学校まで走る2人の後ろを、俺も全力ダッシュで追いかける。

 結局この日は朝のホームルームギリギリに教室に到着するのだった。



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