第13話 周囲の変化
「じゃあ春樹、またね」
「あぁ、またな」
教室前で玲奈と別れた俺は自分の教室へと向かう。
ざわざわと騒がしい廊下を俺は1人で歩いていく。
「何か今日は騒がしいな」
俺が廊下を歩くごとに、周りがざわざわと騒いでいるような気がした。。
どこどなくだけど、周りの視線もいつもと違う。
「みんな玲奈のことを噂していると思っていたけど、そうじゃないみたいだな」
玲奈よりも俺1人になってからの方が、周りの騒ぐ声が大きかった。
すれ違う人全員が全員、俺の方を一旦横目で見て通り過ぎていく。
「もしかして、俺が変なのか?」
昨日姉ちゃんと一緒に髪を切りに行ったけど、あの髪形はやっぱり似合ってなかったのか。
玲奈はいいって言っていたけど、あれはお世辞だったみたいだ。
「うわ~~俺やらかしたかな」
そう考えると周りがざわざわしていたのも想像つく。
きっと俺の似合っていない髪形を見て、噂をしているに違いない。
「今から教室に入るのか」
正直そう考えると気が滅入ってしまう。
馬鹿にされるだけならいい。ただそれが姉ちゃんに知られたとしたら‥‥‥。
「考えたくもないな」
俺は自分の教室の前に立ち、戦々恐々としながら扉を開く。
そして意を決して、俺は教室の中へと入ったのだった。
『ガラッ』
扉を開けた瞬間、全員の視線が俺に向いた。
そして何事もなかったかのように視線を元に戻す。
「何なんだ? 一体?」
クラス全員が俺の事を見て一瞬驚いた気がしたけど気のせいか。
俺の事をひそひそと話しているように聞こえるし、なんか怖いな。
「とりあえず自分の席に座るか」
いつものように自分の席に着く。椅子に座り鞄から教科書を出して、1時限目の準備をする。
「それにしても落ち着かないな」
先程からクラス中の人間が俺の事を横目でチラチラとみている。
男子だけとか女子だけとかではなく、クラス全員が俺の事を見ているような気がした。
「何か気味が悪いな」
こういった視線は慣れていないのではっきり言って気味が悪い。
正直気持ち悪いなら気持ち悪いって言ってもらった方がまだましだ。
「おはよう、春樹」
「おはよう、守。どうしたんだよ? そんな嬉しそうな表情をして?」
「いや、別に何でもないよ。僕そんなに嬉しそうにしてた?」
「してたよ。いつも俺に話しかける時面倒くさそうな顔をしてるのに、今日はやけに楽しそうだ」
その顔はまるで何か特大のゴシップ記事を掴んだ週刊誌の記者のような顔をしている。
人のスキャンダルが好きな守のことだ。きっとろくなことを考えてないに決まってる。
「まぁ、楽しいと言えば楽しいかな」
「そうか。話はそれだけか?」
「まさか! そういえば春樹、髪形変わったね? イメチェンしたの?」
「まぁ、そんなところだな」
言えない。姉ちゃんの行きつけの美容院に連れていかれて、髪を切ってもらったなんて死んでも守に言えない。
そんな俺の恥部を守にさらけ出した瞬間、周りからどんなことを言われるかわからなからだ。
特に噂に尾ひれがついて姉ちゃんまで届いたらなんて言われるか‥‥‥うん、想像しないでおこう。
「それよりも話したいことはそれだけなの? もしそうなら、至急自分の席に戻って‥‥‥」
「違う違う。実は春樹に紹介したい人がいるんだよ」
「紹介したい人?」
「うん。この子なんだけど‥‥‥ほら、こっち来なよ」
そう言った守の後ろから1人の女の子が出てきた。
守の背中から顔だけを出し、俺の事を見ている。
「誰? この子?」
「いつまでも僕の後ろに隠れてないで、出てきなよ」
「うん」
やっと女の子が俺の前に現れた。
こうしてちゃんと対面してみると、この女の子は普通に可愛い。
宝石みたいな吸い込まれそうな瞳に整った顔。
平均的な女子に比べると小柄だが、なんだか守ってあげたくなるような雰囲気が彼女から漂っている。
「この子は友島楓ちゃんって言って、春樹と同じクラスの女の子だよ」
「‥‥‥よろしくお願いします」
「あっ、あぁ、よろしく」
目の前でもじもじしながら頭を下げた女の子を見て思う。
こんな可愛い子が俺なんかに何の用なんだ?
「‥‥‥あの‥‥‥」
「うん? どうしたの?」
「いえ‥‥‥その‥‥‥」
ダメだ。何を聞いても声が小さくて何も聞こえない。
このままでは一体何のためにこの子が俺の席まで来たのか、理由がわからず時間だけが過ぎてしまう。
「ほら、友島さん。せっかく春樹の前に来たんだから勇気を出して」
「うん」
勇気を出すのはいいけど、さっきからこの子は何をしたいのだろう。
守も背中を押すだけで理由も説明しないし、連れて来たのだから理由だけでも話してほしい。
「小室君‥‥‥ですよね?」
「そうだよ」
「わぁぁ!」
俺のことを見て感動しているようだけど、一体何にそんなに感動しているんだろう。この子は。
俺の顔を見た途端、友島さんはぱぁっと笑顔になった。
「それで友島さん、結局俺に何の用事?」
「えっと‥‥‥」
「もう見てられないわ。本当に楓は奥手だよね」
「紗耶香ちゃん」
友島さんと呼ばれた人の横から、今度はボーイッシュな女性が現れた。
見た目は確かにボーイッシュだけど、体は正反対。これでもかというほど女性的な部分を強調している。
「ちょっとあんた、どこ見てるのよ?」
「どこも見てません!!」
その妙に制服の上から強調された胸とか胸とかたまにお尻とか見ていないから。
ついでに言うならその胸の半分でもいいから姉ちゃんに分け与えてほしいなんて、これっぽっちも思ってないよ。
「紗耶香もそんなに詰め寄んない。春樹が怖がるだろ?」
「はぁ? 元々あんたが小室君の事を楓に紹介してくれるって言ったんでしょ?」
「だから今紹介してるじゃん!! 紗耶香がせっかちなんだよ!!」
「あの‥‥‥俺には全く話が見えないんだけど」
一体守と目の前の女子は何を話してるんだろう。
さっきから言い争いばかりしているけど、一体何の話をしているか俺には全くわからないぞ。
「君は一体誰なの?」
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は月島紗耶香。そこにいる友嶋楓の友達さ」
「月島紗耶香に、友島楓?」
「そうそう。こっちの小動物みたいな可愛い女の子が友島楓。私達同じ中学から上がってきた仲良しなんだ」
「さっ、紗耶香ちゃん!?」
「私のことは紗耶香って呼んでくれればいいからさ。その代わり私も春樹って呼んでいい?」
「別に構わないけど」
「やった」
目の前にいるボーイッシュな少女、紗耶香のコミュ力は半端ない。
会って数秒で皆仲間と言わんばかりの距離の縮め方だ。
「これからよろしくね、春樹」
「あっ、あぁ。よろしくな」
気づいたら一瞬で俺の事を名前呼びすることにまでなってしまった。
まさに陽キャの化身と言ってもいいだろう。月島紗耶香、陰キャの俺とは会いまみれることがない存在である。
「それで2人は結局俺に何の用なの?」
「そうだ! 実は楓が春樹と友達になりたいって言ってて、そのお願いに来たの」
「俺と? 友達?」
「そう!! 私達は春樹との伝手がないから、たまたま春樹と仲のいい守に頼んで話しかけてもらったんだ」
「なるほどな。そういう事だったのか」
これでようやく合点がいった。
わざわざこんな風な手順を踏んだのは守のせいだったのか。
「こんな面倒くさい手順を踏まなくても、普通に話しかけてもらえればいいのに。わざわざ守を仲介役に頼まなくたって、俺は普通に2人と話したよ」
「でも春樹って、入学式の時から印象が超変わったじゃん!」
「印象が変わった?」
「そうだよ! 入学式の時は地味な男の子って感じだったのに、髪形変えて格好良くなってるし話しかけにくいよ」
「そうなの?」
「そうよ!! クラスに入ってきて皆びっくりしたと思うよ。春樹のあまりの変わりように」
つまりあの教室中から集まってきた奇異な視線は俺のあまりの変わりようを見て、おっかなひっくり俺の事を見ていたってことか。
あまりの変わりように、クラス中の皆が驚いて俺の事を見ていたらしい。今の紗耶香の説明で納得した。
「それよりせっかく友達になったんだから、連絡先交換しない?
「入ってる入ってる!」
「それなら話が早いね。早速交換しようよ! これ、私の読みとり画面なんだけど読み取ろうか?」
「いいよ。俺が読み取るから。QRコードの画面を出して」
「OK、わかった。今画面を出すから、ちょっと待ってて」
そう言って俺は紗耶香と
まさか髪形を変えただけで、こうも簡単に女の子と連絡先を交換できるとは思わなかった。
「よしっ!! これで交換完了っと」
「そしたら楓も春樹と交換しようよ」
「わっ、私もですか!?」
「そうそう、いいよね? 春樹?」
「俺は別に構わないけど」
「それなら決定! ほら、楓もスマホを出して出して!」
その後、友島さん共無事
この短期間で女子2人とまさか連絡先を交換できるなんて、中学までは考えられなかった。
美容院効果って凄いんだな。これは後で姉ちゃんに何かお礼を言わないといけなくなった。
「ありがとう、春樹」
「どういたしまして」
「春樹変なの。なんか呆然としてるけど大丈夫?」
「大丈夫。なんだかんだ言って、姉ちゃんや母さん以外の女の子と連絡先を交換するのが初めてだったから」
「そうなの?」
「あぁ。紗耶香と友島さんが俺が初めて連絡先を交換した人だ」
これは嘘ではない。スマホを契約してから数年が立つが男子以外の連絡先を登録したことがない。
例外的に母さんと姉ちゃんの連絡先は登録していたけど、他の女子とは誰とも交換したことがなかった。
あの玲奈の連絡先でさえ、実は俺は知らなかったりする。
「そしたら私が春樹の初めてをもらったってことだよね?」
「初めて?」
「そうだよ‥‥‥あっ!? 別に卑猥な意味で言ったんじゃないから!! 勘違いしないでよね!!」
「何も勘違いすることはないから大丈夫」
「本当? 嘘言ってない?」
「本当だ。誓って変な勘違いなんかしない」
残念だったな紗耶香。そういうことは過去散々姉ちゃんに言い聞かせられてきたから体制は出来ている。
だからどんなことをされても勘違いしようがない。詰めが甘かったな。
「そういえば小室君は今日の放課後って空いていますか?」
「ごめん、今日の放課後は部活見学に行く予定なんだ」
「へぇ~~、部活見学ね。春樹は何部に入る予定なの?」
「一応サッカー部。中学の時もやってたから」
「そうなんだ。じゃあ今日は一緒に帰れないね」
一緒に帰るだって!? 選択次第ではそんなおいしいイベントが発生したかもしれなかったのか。
今からでも遅くはない。ここはあえて部活見学を後にまわすか、でもそうなるといち早くサッカーができなくなる。
「俺は‥‥‥俺はどうすればいい‥‥‥」
「守、急に春樹が頭を抱えだしたけどどうしたの?」
「あぁ、大丈夫だ。こういう時の春樹は何かお馬鹿なことを考えてる時だから、放って置いてくれ」
あぁ、悩ましい。リアル女子と一緒の下校イベントなんて、中々経験できることじゃないぞ。
そんなことを考えてると紗耶香と友島さんと目が合った。
「じゃあ一旦私達は席に戻るね」
「小室君と来栖君。また後で」
そう言って2人は自分の席に戻っていってしまう。
結局2人とは連絡先を交換して終わってしまった。
「一体あれは何だったんだろうな?」
「やったじゃん、春樹。いきなり女の子の連絡先ゲットして。しかもめっちゃ可愛い女の子達の」
「たまたまだよ。たまたま」
俺と言うよりは守と話したいからついでに俺の連絡先を聞いたんだろう。
別に2人共俺の事を好きで聞いたわけではない。変な勘違いをしていると、気持ちがられるだけだろう。
「そんなことないって。お前髪形が変わったことで、自分のイメージが変わったって自覚ある?」
「俺ってそんな変わった?」
「変わった変わった。もともと美鈴先輩の弟だけあってスペックはあったんだよ。髪を切って垢ぬけたことで人気が急上昇してるぞ」
「そんなに急上昇してるの!?」
「そうだよ。俺が言うんだから間違いない」
「それが胡散臭いんだよな」
今まで守の情報に踊らされて、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだよ。
正直守の情報はあてにならないので、話半分に聞いておくか。
「まぁ、信じないならそれでいい」
「そうだな」
「ただこれから春樹の周りは騒がしくなっていくだろうな。楽しみ楽しみ」
その直後、学校のチャイムが鳴る。
なると同時に周りのクラスメイト達も席へと着き始めた。
「じゃあ俺も自分の席に戻るから、また後でな」
「あぁ。また後で」
それから俺は担任の先生がクラスに来るまで、先程の守の言葉を頭の中で反芻させていた。
「俺が‥‥‥変わったか」
正直全く実感がないのだが、守が言っているのだから多少は変わっていると思いたい。
そんなこんなで担任の先生が教室に入り、ホームルームが始まるのだった。
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