第12話 悪戦苦闘な朝の身支度
次の日の朝、俺は鏡の前で苦戦していた。
「ちくしょう‼︎ 全然ダメだ‼︎」
朝起きて制服に着替えたまではいいけど、髪のセットが上手く行かない。
なんだかんだ言ってかれこれ1時間ぐらい、鏡の前にいる。
「嘘だろ!? 髪のセットってこんなに難しいのかよ」
昨日美容院にいた店員さんは簡単にセットしていたけど、これが中々決まらない。
いくらワックスをつけたとしても、昨日セットしてくれたようにはならなかった。
「準備を始めてからもう1時間ぐらい経ってるのに、全く終わる気配がない」
念のためいつもより早めに起きたのに、それでも時間が足りていない。
いつもはちゃんと食べている朝食すら取らずにやっているのに。これでは遅刻してしまう。
「春樹、どうしたのよ? 朝ごはんも食べないで部屋に引きこもって」
「姉ちゃん!?」
「何? 時期の早い5月病にでもなったの? まだ学校に通って2日目なのに、引きこもってるんじゃないわよ!!」
「引きこもってないよ!! もう行くから!! 姉ちゃんは玄関で待ってて」
「本当に大丈夫? 今朝あんたの部屋でガサゴソと音が聞こえてたけど、何かしてるんじゃないの?」
くっ!? 姉ちゃんめ、こういう時だけは無駄に鋭いな。
出来る限り音は抑えめにして行動していたのに、よく気づいたな。
「まぁそんなことはどうでもいいけど、中に入るわよ」
「ちょっ、まっ!?」
「早くしなさいよ。あんたがちんたらしている間に玲奈が待って‥‥‥」
「入ってこないで!!」
「何をうろたえてるのよ? いいから早く準備を‥‥‥」
部屋の扉が開いた瞬間、俺の部屋に入ってきた姉ちゃんと顔を見合わせる。
そして俺の顔を見ると姉ちゃんは次第に表情を崩していく。
「あんた‥‥‥‥その髪型‥‥‥」
「うるさい!! セットをしようとしたけど意外と難しかったんだよ!!」
「あははははははははは。何その髪型。へんてこりん」
「くそ!! だから見られたくなかったんだ!!」
だから姉ちゃんに見せたくなかったんだよ。めちゃめちゃ笑われると思っていたから、
現に座り込み床を叩きながら延々と笑ってる。
よくよく考えれば姉ちゃんがこんなに笑ってるのは久しぶりだ。
学校でよく見る女神様のような微笑みとは対照的に俺の事を見て豪快に笑う。
「やばい!! 超受けるんですけど‼︎ サルでもできるって言っておいて出来ないなんて、本当にサル以下じゃない!!」
「もう散々笑ったからいいだろ!! 髪形のセットって意外と難しかったんだよ」
「あぁ、もう最高。今日のあんた最っ高だわ」
「やめろ!! そんなに俺の写メを取るな!!」
俺の弱みを握るチャンスだと思ったとしても、そんなにパシャパシャ取らないでほしい。
眩いぐらいのフラッシュを焚いて写真を撮る姉ちゃんはまさにパパラッチ。
いくら言ってもやめる気配がないので、俺は目元を手で隠して誰かわからないように工夫するしかない。
「この格好だと、いかがわしいお店に飾っているパネルみたいね」
「姉ちゃん!? 何を言ってるの?」
「あぁいうお店のパネルって、加工されていることが多いのよね。てことはこの写真もも加工すればもしかして‥‥‥」
「やっ、やめろ姉ちゃん!? そんなおぞましいことを考えないでくれ!!」
どう考えても嫌すぎる。あの写真を加工して校内に貼られてしまったら、俺はお婿に行くことができない。
「まぁ、冗談はこのくらいにしましょう」
「今までの冗談だったの?」
「半分ぐらいは冗談ね」
「残りの半分が気になるんだけど?」
「そんなことよりも、髪形をセットできないなら私に言いなさいよ」
「えっ!?」
「しょうがないから、今日は私がセットしてあげるわ」
「姉ちゃんが髪形をセット!? できるの!?」
「当たり前でしょ? 昨日美容院のお姉さんのやり方を見ていたんだから、これぐらい楽勝よ」
「ありがとう姉ちゃん」
今だけは姉ちゃんの事を女神と崇め祭ってもいい。
普段は
「それじゃあセットするから後ろを向いて」
「わかった」
そういって、俺の髪をいじくりまわしていく姉ちゃん。
先程までまとまってなかった髪が姉ちゃんの手によって綺麗にセットされていく。
「凄いよ姉ちゃん!! 本当に昨日と同じ髪形になっていく」
「無駄口は叩かないの。そんなことよりも髪のセットの仕方を見て、覚えなさいよね。自分でできるようになるために」
そういって髪をどんどんと整えていく。
しばらく姉ちゃんのやっている所を見ていると、いつの間にか髪がセットされていた。
「凄い!! 姉ちゃん!!」
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってるのよ」
そう言っていつものようにふんぞり返る姉ちゃん。
普段はだらけているけど、やる時はやる。さすが姉ちゃんだ。
「姉ちゃんのいい所はその顔と凹凸のないスレンダーな体だけだと思ってたよ!!」
「誰が凹凸のないスレンダーな体ですって?」
「ねっ、姉ちゃん!? いやだな、冗談。冗談だよ。だからそんなハイライトの消えた瞳で俺の事を睨んでたたたたた!!」
俺が懐柔するよりも早く顔面を手のひらで掴んだ姉ちゃんが、俺の顔を潰そうとしてくる。
その瞬間的な握力はプロレス選手、いやゴリラ並の握力である。
今この瞬間だけは霊長類最強の座は姉ちゃんなんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。
「オ・マ・エ・ヲ・コ・ロ・ス」
「いや、もう既に死ぬ寸前ですよ!?」
めきめきとなる顔の骨にギリギリと閉まる手。
ダメだ。このままじゃバーサーカーモードの姉ちゃんに顔面を崩壊させられてしまう。
普通に怒られるよりも、作られた笑みで迫られる方が怖いって今初めて知った。
「姉ちゃん、姉ちゃん!! 姉ちゃんは凄くグラマラス!! グラマラススカイだよ!!」
「ツマリ、ワタシガデブッテコトカシラ?」
「ダメだ!! 逆効果だ!!」
このままでは俺は殺され、姉ちゃんは弟の顔面を粉砕した女として、警察に護送されてしまう。
何とかしなくては。このままでは姉弟間で起きた哀れな事件として、世間に公表されてしまう。
『ピンポーーン』
「あら、玲奈が来たわね」
「助かった」
家のインターホンが鳴ると共に、姉ちゃんは俺の顔面から手を離す。
そしてそのまま何事もなかったかのように部屋のドアの方へと行く。
「危なかった。後少しタイミングが違えば、顔面が粉砕されていた」
「何を大げさに言ってるのよ。それよりも早くいくわよ。玲奈が待ってるわ」
「大げさじゃないんだけどな」
弟の顔面を粉砕することが大げさじゃなければ、何が大げさになるのだろう。
さすが姉ちゃんだ。スケールが違う。
「ほら、そんなところでぼやぼやしないで早く歩く!!」
「姉ちゃん、そんなに引っ張らなくても1人で歩けるから!!」
姉ちゃんに引っ張られ玄関に着くと、既に玲奈がうちの玄関で待機していた。
うちの母親としばし談笑していたのだろう。俺と姉ちゃんの姿を見つけると、母親はリビングの方へと戻っていった。
「ごめん、玲奈。どっかの愚弟のせいで遅れちゃった」
「愚弟って言うな!! 愚弟って!!」
玲奈の前でなんていうことを言ってくれるんだ!!
もっとこう色々と言い方ってものがあるだろう。
「うるさいわね。他にどんな呼び方があるのよ」
「いっぱいあるだろう。春樹とか春樹君とか春樹様とか」
「全部却下ね」
「何で!?」
「あんたの場合は愚弟かあんた呼びで十分よ」
「辛辣!?」
くそ、姉ちゃんめ。玲奈の前だからかいつもの猫を被る気はないらしい。
玲奈はと言えば、俺の事をじっと見つめてる。
その視線は変なものを見るようではなく、どことなく俺に興味を持ってくれているようにも見えた。
「あれ? 春樹‥‥‥髪形変えた?」
「そうだよ。昨日髪を切ってきたんだよ」
「ふ~~ん、そうなんだ」
って、感想はそれだけ!? もっと色々感想はないの!?
「さすが玲奈ね、お目が高い!! 春樹が髪形変わったの気づいた?」
「うん。前よりも凄く短くなった」
「そうでしょそうでしょ!! 玲奈はどう思う? 今の春樹の髪形?」
「ねっ、姉ちゃん!?」
そんな率直に意見を求めないでくれよ。
もしへんてこな髪形って言われたら、立ち直ることができないだろう。
「感想‥‥‥」
「れっ、玲奈!?」
玲奈は俺のことをじーーっと見つめている。
俺の顔を熱心に見つめる玲奈を見て、俺の心臓が高鳴っている。
こんなに緊張したのは久しぶりだ。それこそ中学3年生のサッカーの試合の時以来である。
「う~~ん、いいんじゃないかな?」
「本当?」
「うん。いいと思う」
その割には反応が薄いんですけど。それは気のせいですよね、玲奈さん?
「ほら、玲奈からお褒めの言葉をもらったんだから。もっと喜びなさいよ!!」
「わかってるよ」
玲奈は大人しそうに見えて、変なことは変だとはっきりと言う性格である。
だからこの返事は玲奈に気に入ってもらったと思ってもいい。正直内心ではほっとしていた。
「あっ!?」
「どうしたの? 玲奈」
「何でもないです」
「それならいいわ」
何でもないはずないだろう。姉ちゃんに何か言おうとした後、俺のことを玲奈はチラチラと見てくる。
「そういえば、美鈴さんに相談したいことがあるんですけど後でいいですか?」
「いいわよ。後で話しましょう。そろそろいい時間だし、早く学校へ行きましょう」
「えっ!? 俺の朝ごはんは!?」
そういえば髪のセット等をしていたため、朝ごはんを食べるのを忘れていた。
昨日の夜を軽めに食べていた為、お腹がペコペコである。
「そんな時間なんてないわよ!! 遅刻したくなければ早く歩く」
「そんなぁ~~」
「玲奈、行きましょう。こんな情けない愚弟は放って置いて」
「待って!! 姉ちゃん!! 俺も行く!! 行くから置いてかないで!!」
その後たわいもない会話をしながら、俺達は学校へと向かう。
学校へと向かう道中、玲奈が俺の事をチラチラと横目で見ていたことが気になって仕方がなかったのだった。
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