第3話 女神と女神

 あの黒い雨ブラックレイン事件を超える赤い雨レッドレイン事件から時が経ち季節は春。

 辛い別れを経験した卒業式が終わり、新たな出会いに心を躍らす4月の入学式。

 この日俺は高校に着ていく真新しい制服を着て、家の前に立っていた。



「遅いな、姉ちゃん」



 スマホの時間を確認しながら家から出てくる姉ちゃんを待つ。

 時間は既に7時30分を回っている。このままじゃ遅刻してしまう。



「一体いつまで待たせるんだよ」



 女性の準備には時間がかかるというけど、姉ちゃんは時間がかかりすぎだ。

 ドルオタから女神様にモードチェンジしているからだと思うけど、出来るだけ準備はさっさとしてほしい。



「そういえば姉ちゃんって、何でおしゃれに気を使いだしたんだろう?」



 思えば中学に入学した時から急におしゃれも目覚めた気がする。

 どうしてそうなったか、いまだに俺は思い出せない。



「お待たせ、春樹」


「遅いよ姉ちゃん」



 家の扉から出てきた姉ちゃんを見て、俺は言葉が出ない。中学時代女神様モードの姉ちゃんを散々見て来たけど、高校に入ってパワーアップしている。

 髪の毛はサラサラのつやつやで、太陽の光に当たっているせいか光沢がある綺麗な長い黒髪。

 痩せすぎず、かといって太りすぎてもいない程よく着いた筋肉。

 そして10人いれば10人が振り向いてしまう美貌。地上に舞い降りた女神様。そう言っても過言ではない。



「うん? 何であんたはぼーっとしてるのよ」


「いや、オンの時とオフの時のギャップが激しいなって」


「そうでしょそうでしょ。もっとこの偉大なお姉さまを崇め祭ってもいいのよ」


「別に褒めてないんだけど」



 確かに俺と同じ高校の制服に身を包む姉ちゃんは、どこか神々しい雰囲気を醸し出している。

 だが普段の姉ちゃんを見ている俺からすれば、違和感しかない。

 あくまで俺の中での姉ちゃんはWindsの近江君を応援するドルオタなので、今の姿は違和感しかない。



「何かその姿の姉ちゃんって気持ち悪いな」


「気持ち悪いって何よ!! そんなこと初めて言われたわ!!」


「だって家ではただの痛いドルオタじゃん!!」


「痛いとは何よ!! 別に私は痛くはないわ!!」


「ドルオタは否定しないんだな」



 ドルオタなのもそうだけど、痛い人は普通テレビを見てあんなに騒ぐことはできないと思う。

 歌番組がやっている時に関しては、近江君専用のうちわを作って必死に応援してるので、はたから見たら痛々しいとしか表現のしようがない。



「それよりも、別に姉ちゃんまで学校にこなくてもいいじゃん。今日在校生は登校日じゃないんだから、家で休んでなよ」


「お気遣いありがとう。だけど私は別にあんたの為に行くわけじゃないわよ」


「じゃあ何目的で学校に行くんだよ?」


「それは生徒会長だからよ」


「生徒会長? 姉ちゃんが!?」


「そうよ。生徒会長は入学式で新入生に対して挨拶をしないといけないから、入学式に出席しないといけないの」



 思い出した。そういえば昔そんなこと言ってたな。

 生徒会長選挙に推薦された結果、学園創設以来初めての1年生会長になったって。

 受験勉強で忙しい俺に対して自慢してたっけ。



「あの話嘘だと思っていたけど、本当だったのか」


「本当に決まってるでしょ!! あんたは実の姉のことをどう思ってるのよ!?」


「部屋で引きこもっていて笑顔が気持ちわ‥‥‥」


「あら? お行儀の悪いお口は、この口かしら?」


「‥‥‥ってててて!! 姉ちゃん!! 痛いから!? 頬をつねらないで!!



 どうやら俺は姉ちゃんの逆鱗に触れてしまったらしい。

 俺は真実を言っただけなのに。笑ってる姉ちゃんがとても怖い。



「あっ、もうこんな時間ね。そろそろ玲奈ちゃんの所に行くわよ」


「玲奈の所に行くの!?」


「そうよ。一緒の学校に通うんだから、別にいいじゃない」



 姉ちゃんはそう言って玲奈の家の方へと行く。

 俺はというと玲奈の家まで行くのに二の足を踏んでしまう。



「何? あんた? 玲奈と何かあったの?」


「あったわけじゃないけど‥‥‥」



 あのバレンタイン以降、どうしても玲奈と顔を合わせづらいんだよな。

 もちろん制服の採寸合わせとかは一緒に行ったよ。だけど、その時も最低限の話しかしなかったしな。

 中学に入ってから玲奈との会話も少なかったけど、今は少ないどころじゃなく殆どない状態だ。



「あっ、わかった。もしかしてこの前のバレンタインのことまだ引きずってるの?」


「うっ!?」


「どうやら図星のようね」


「そうだったらどうだって言うんだよ?」


「別に。玲奈からバレンタインもらえなかったから嫉妬するなんて、超うけるんですけど」


「別に嫉妬なんてしてない!!」



 くそ、姉ちゃんめ。むかつく顔をしやがって。

 人が悩んでいることに対してお腹を抱えて笑うなんて、本当に学園の女神って言われてるのかよ。

 魔界にいるデーモンかサターンの間違いじゃないか?



「あっ!? 美鈴さん!」


「おはよう、玲奈」


「お待たせ、美鈴さん」


「玲奈‥‥‥」



 家から出てきた玲奈を見て、俺は開いた口がふさがらない。

 中学時代も可愛かったけど、その時とは比にならないぐらい可愛くなっている。



「玲奈、すごいじゃない!! そんなに可愛くなって、どうしたの!?」


「そう? ‥‥‥ありがとう」



 玲奈の事を褒める姉ちゃんに対して、俺は何もいう事ができない。

 あまりの可愛さに思わず息を飲んでしまう。玲奈のことを見て。



「中学時代とは違って、大人っぽくなってすごく可愛いわ!!」


「そうかな?」


「髪の毛はどうしたの? 肩口迄ばっさり切ったショートカットにして」


「似合ってないかな?」


「似合ってるわよ。しかもウェーブまでかけて。垢抜けたわね、玲奈」



 確かに玲奈は垢抜けた。中学時代とは全く違う可愛さが今の玲奈にはある。

 昔は長い髪をしていたけど、それもバッサリ切ってショートカットにしたことで、童顔な顔に髪型がマッチしている。

 あの時はあの時で可愛かったが、それが2段階、3段階で可愛さが増しているように見えた。



「ちょっと春樹、あんたも感想をいいなさいよ」


「俺?」


「そうよ。今の玲奈を見てどう思う?」


「どう思ってるって‥‥‥」



 どこからどう見たって可愛いだろう。それ以外の言葉が見当たらない。

 俺にとって玲奈は姉ちゃんよりも可愛くて綺麗なように思う。



「どうかな? やっぱり春樹はこの髪形似合ってないと思う?」


「いやいやいや、似合ってる似合ってる。超可愛いよ。


「本当?」


「そうだよ!! 姉ちゃんなんて目じゃないぐらい可愛い」


「ちょっと春樹!! それってどういうことよ」



 隣のうるさいドルオタ姉ちゃんは放って置いて、改めて玲奈の方を見る。

 うん。やっぱりどこからどう見ても可愛い。隣にいる姉ちゃんよりも数倍いい。



「言葉の通りだよ。こんなぐうたらなんちゃって女神様より、玲奈の方が‥‥‥‥っていたいいたいいたいって姉ちゃん!! お尻が2つに割れる!!」


「もう既に割れてるでしょ!! 大人しく私のストレスのはけ口になりなさい」


「ちょっと言い方が、直接的すぎじゃない!?」



 俺の尻を一心不乱に蹴り続ける姉ちゃん。

 その姿はまるでタイトル戦を控えたムエタイ選手みたいに見え、姉ちゃんの前世はムエタイの世界チャンピオンじゃないかとさえ思ってしまう。



「図星をつかれたからって、俺の尻を蹴るなよ。俺の尻はサッカーボールじゃないんだから」


「サッカーボールじゃないわよ。あんたのお尻はサンドバッグよ」


「そのままじゃん!!」



 本当に姉ちゃんはムエタイ選手でも目指すのだろうか。

 しばらく俺の尻を蹴った後、膝に手をついて肩で息をしていた。



「そんなに息が切れるぐらい蹴るなら、最初から蹴らなければいいのに」


「うるさいわね!!」



 姉ちゃんは俺の事を睨んでいる。

 あれ? 何で俺こんなに姉ちゃんに恨まれてるの?



「一体‥‥‥誰の‥‥‥為に‥‥‥玲奈のことを‥‥‥」


「玲奈のこと?」


「ごめん‥‥‥なんでも‥‥‥ないわ」


「ちょっと待って、姉ちゃん!? その話超気になるんだけど!?」


「忘れなさい」


「えっ?」


「忘れないと、あんたの尻を2つに割るわよ」


「もう2つに割れてるよ!!」



 これ以上俺の尻を割ってどうするつもりなの? 悪いけど俺はホがつくような人じゃないからね。



「春樹、大丈夫」


「玲奈?」


「春樹のお尻の穴は、私が守るから」


「いや、玲奈。そういう問題じゃないんだけど!?」



 お尻を守るとか守らないとか、そう言う問題じゃなくて。何もしないことが1番安心なんだけど。

 姉ちゃんも玲奈も何か勘違いしてない!?



「美鈴さんに春樹のお尻の穴は使わせないから」


「玲奈?」


「だって春樹のお尻の穴を自由に使えるのは私だけだもん」


「待って玲奈!? それは違うよ!!」



 何でいつの間にか俺のお尻の穴が玲奈のものになってるの?

 俺のお尻の穴は俺だけのものだから。誰のものでもないよ!!



「ダメなの?」


「そう可愛く言われると、駄目じゃないけど‥‥‥」


「じゃあいいよね?」


「ちなみに聞くけど、玲奈は俺のお尻の穴をどうするつもり?」


「それを‥‥‥聞くの?」


「やっぱやめよう」



 正直玲奈が俺のお尻をどのように使うのか。

 そんな衝撃の事実を聞くのがこわずぎる。



「玲奈、俺の尻の穴は俺だけのものだから。誰の物でもないよ」


「ダメ?」


「そんな恥らった姿で頬を染めてもダメなものはダメだからね!!」



 玲奈は残念そうな顔を向けてるけど、それだけは絶対ダメだからね。

 第一どうしてこんな話になったのだろう。どう考えても原因は姉ちゃんだ。



「あら!? もうこんな時間!?」


「えっ!?」


「そろそろ学校に向かわないと間に合わないわよ!!」


「本当だ!!」


「もうそんな時間なの!?」



 スマホの時計を見ると、確かにそろそろ出かけないと間に合わない

 今から走って向かったとしても、遅刻するかしないかギリギリの時間である



「玲奈、行くわよ」


「わかりました」


「待って、姉ちゃん!! 俺をおいて行かないでくれ!!



 全力で先を走る姉ちゃんと玲奈の後ろを必死について行く。

 それから学校まで3人で走っていくのだった。



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