第15話  困惑

「シンディーとウィルクス夫人達はヴィーを部屋へ、僕がヴィーの許へ戻るまで決して彼女を一人にはしないでくれないか」

「「はい、しかと承りました旦那様」」


 ウィルクス夫人とシンディーはリーヴァイへ一礼をすると共に、彼の腕の中で護られる様に抱かれていたヴィヴィアンに退室を促し始める。


「リーヴィー……」


 夫であるリーヴァイより退室を促されたのだ。

 常ならば来客中でもあり、理解ある年上の妻としてここは素直に応じなければならないと言うのにもである。

 ヴィヴィアン自身そうしなければならない事も頭の中では、いや貴族社会で生きる者としてそこは十分に理解していると言うのにも拘らずだ。


 なのに何故なのだろう。

 サブリーナの時には感じなかった何かが、そうヴィヴィアンの心に霞がかった靄の中で何かが必死にそして熱く訴えかけてくるのである。


 ただそれがどの様なもので、そしてなんと言う名の感情なのかは彼女自身皆目見当がつかないでもいた。


 しかし彼の妻であり公爵夫人であるヴィヴィアンを完全に無視し、堂々とリーヴァイへ色目を使うベラが己の視界に入って来るだけで彼女は何とも言えず胸の悪くなる想いにじわりじわりと苛まれてしまう。

 またその想いと同時に今この場を、リーヴァイの傍より絶対に離れたくはないと無意識に思ってしまったのだ。


 だからシンディー達に促される瞬間ヴィヴィアンはほぼほぼ無意識に、そう気づけばリーヴァイのクラバットをぎゅっと強く握り締めていた。


「ヴィー……!!」


 そんなヴィヴィアンの様子に驚くと共に歓喜するリーヴァイの声。


「あ、い、いえ、そのごめんなさいっ。私どうして⁉」


 不安げな、自身の行動へ明らかに動揺し狼狽するヴィヴィアン。

 ヴィヴィアン自身が最近の、特にリーヴァイ絡みになると何故か上手く感情のコントロールが出来なくなると言うのか、意味不明瞭な言動と行動またそれによる感情の起伏の変化に彼女は全く対応が出来ないでいた。


 成人前の乙女でもあるまいに、自分はもう40歳も過ぎた十分過ぎる程の大人であると言うのにも拘らずだ。


 どうしてこんなにも心が乱されてしまうのだろう。

 何故こんなにも心が不安になるのだろうか。


 何度考えてもヴィヴィアンには全くわからない。

 それはまるで愛憎に関する全ての感情に敢えて封がなされている様でもあった。


 今まではこんな風に悩みもしなければ辛く悲しくもなかったのだ。


 なのに何故なのだろう。

 胸が張り裂けそうな程行き場のない感情と言う名が奔流となり、出口を求め激しくそして全てを勢いのまま押し流そうとしていく。


 怖い――――!!


 襲い掛かる感情の奔流にヴィヴィアンが咄嗟に感じたものは恐怖。


 勢いのまま感情に押し流されてはいけないと、心の何処かで強く警鐘が打ち鳴らされる。

 

『何も思い出さず、深く考えてはいけない!! 全てを思い出せばきっと後悔しか残らない!!』


 遠い昔何処かで聞き覚えのある声。

 酷く懐かしい……でも今のヴィヴィアンにはその声の主はわからない。


「あ、ああ、駄目……いやっ、これ以上はもう――――っ⁉」


 ヴィヴィアンの心の中で濁流と化した感情が更に激しさを増し激流となって更に出口を求め――――。


「ヴィー? ヴィーっ、ヴィー僕の声が聞こえる? 僕の事がわかるかい?」


 危機を察知したリーヴァイはヴィヴィアンの抱き締めそうして両手で彼女の頬を優しく包み込む。


「リィ、ヴィ?」


 温かくも大きな掌に包まれれば不思議と今まで荒れ狂っていた心は凪ぐと共にぽかぽかと、心地の良い安堵感へと包まれていく。


「そうヴィー。僕だ、貴女を誰よりも愛しているリーヴァイだ」

「ええ、そう、貴方は私のリーヴィーよ」

「何も心配する事等ないよヴィー。だから安心して欲しい。貴女をここより遠ざけるのはこれ以上聞くに堪えない話を、僕の大切な貴女へ聞かせたくないからだよ」


 甘く蕩けそうな表情かおそしてこれ以上ないくらいの優しい眼差しで、リーヴァイはヴィヴァンを見つめている。


「――――ごめん、なさい。私最近自分でも可笑しくて、心がどうにかなりそうで……」


 ぽろぽろと大粒の、キラキラと輝く真珠の様な涙を流してヴィヴィアンは謝罪する。


「謝る事なんて何もないよ。だからその様に悲しげに泣かないで欲しい」

「リーヴィー……キャっ⁉」


 額と額をこつん――――と軽く触れ合わせればリーヴァイは有無を言わさずヴィヴィアンを横抱きにし……。


「ダレン申し訳ないが客人の相手を頼むよ。僕は大切な僕の奥方を連れて行かなくてはならないからね」

「まっ、リーヴィーその様なっ⁉」

「し、黙っていてヴィー」

「…………」


 熟れたトマト以上に真っ赤な顔を隠すべくヴィヴィアンはリーヴァイの胸の中へと摺り寄せる様に顔を隠してしまった。

 その様子に満足した様にリーヴァイは足早にサロンを後にする。


「承りました旦那様」


 リーヴァイの後に続くはウィルクス夫人とシンディー、そしてサロンには彼等へ一礼するダレンと事の成り行きに憤慨するベラであった。


「し、信じられない!! なんで? 何であの豚女を優先させるわけ!! ねぇどうしてアタシが一番じゃあないのよっ!!」


 

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