第14話  墓穴を掘る女  Ⅱ

「それがどうした。用が済んだのなら帰るといい。私はこれから愛する妻を愛でると言う重要な任務があるのでな」

「ちょっ、リー……⁉」


 チュっと一際大きなリップ音と共に愛するヴィヴィアンの唇へとリーヴァイは口付けていた。

 勿論ヴィヴィアンにしてみれば完全なる人前であるが故に全身は熟れたトマトの様に真っ赤となり、恥ずかしさの余りぷるぷると身体を震わせ言葉を上手く発する事が出来ないでいた。


 その様子が更にリーヴァイを煽ると言う事すらヴィヴィアンは全く気付いてはいな――――。


「ちょーっと待ったあああ!!」


 甘々夫婦の中へ無粋にも割り込んでくるのは、目下自力で墓穴をせっせと掘削中のベラである。

 そんなベラにリーヴァイはちらりとも一瞥さえせず――――。


「まだ何か用なのか」

「うっ、た、確かにあんたはあの夜の公爵様ではなかったけれども……ねぇ、あんたから見てアタシはどう映っているのかしら。アタシはこれでも下町で一番と言われる程の美貌と……あんたも男ならわかるでしょ。このむしゃぶりつきたくなるくらいのエロくも美しい自慢のアタシのカ・ラ・ダ!! まあはっきり言えばあんたが望むんならアタシのこの身体を好きにしていいんだよ。ね、プルンプルンの胸がいいかい。それともプリッとした美尻も――――?」


「いらん」


「はあ? あんたちょっと可笑しいんじゃない。見てみなよこのエロエロな美ボディーを!! 今までどんな男もアタシの身体を見ればイチコロだって言うのにっ、皆の憧れのアタシをっ、セックスだってどんな男も絶対に満足してくれたって言うのにさっ。皆アタシを自分の女にしようと喧嘩までしてくれる程にこの魅力的な身体と美しい顔を見てアタシの虜にならなかった男なんて今までいなかったと言うのになんでなんだよっ!! 一体その年増の豚女の何がいいって言うのさっ。見るからに随分と年上の癖にこーんな若くて超絶イケメンな男を独り占めするあんたもあんただよ!! いいかい。昔からいい男ってのは皆のもんであり、一番美しい女であるアタシのモノって相場が決まっているんだよ!! ちゃーんとわかったんなら……」

「話はそれだけか?」

「え?」

「言いたい事はそれだけかと聞いている」

「あ、ああそうだね。あんたもアタシの話が分かったんならこの話はしまいだね。とっととその女を追い出してさ、あんたとアタシとでしっぽり――――ぐきゅ⁉」


 リーヴァイは深い嘆息の後左手をゆっくりと横へすっと滑らせば、今まで好き勝手に喚いていただろうベラの口は何かで縫い付けられた様に一言も言葉を発する事が出来なくなってしまった。


 それに慌てたベラは必死になって上唇と下唇を両手を使って何とかこじ開けようと必死に足掻く。

 その様子にヴィヴィアンは心配げにベラを見てそれからリーヴァイへと視線を向けるのだが……。


「ヴィー、とても聞き苦しい言葉を沢山聞かせてしまって申し訳ない」

「い、いいえっ、リーヴィーは何も悪くはありませんもの。それより令嬢はこれから……」


 リーヴァイはそっと優し気にヴィヴィアンの両頬を自身の手で包み込めばお互いの鼻先が触れ合う程に近づきそして――――。


「ヴィー、これで僕が貴女以外の女性といけない事をしないと理解してくれたのかな」

「え、ええそれは勿論ですわ。ですから令嬢を……」


 彼女をこれからどうするのだろうかとヴィヴィアンは気になってしまうのだ。

 何と言ってもブラドル男爵令嬢の見た目は若くそして美しい。

 流石のヴィヴィアンでさえその中身は少し残念だと思うけれどもである。


 ヴィヴィアン自身魑魅魍魎が跋扈ばっこしている社交界で長年揉まれてきたのである。

 その中では絶対に聞きたくない男女の秘事も話のついでに何度も聞かされてもいたのだ。


 そうして我こそはと貴公子然とし悠然と社交界を闊歩する貴族男性の少数でない者達は、時に楚々とした淑女よりも身分や礼儀作法等関係なく後腐れのない平民女性と思うままに身体を重ねているのである。

 だがそれは淑女たれと育てられし貴族女性もまた然りなのだ。

 

 貴族故、家や領地を存続させる為だけの政略婚を善しとする貴族社会だからこそ婚姻後に心より愛する者、またはその時の気分によって恋の花を咲かせるのだとヴィヴィアンは何年も訊かされていたのである。


 そしてまさに今――――である!!


 本を正せばヴィヴィアンとリーヴァイは皇帝の勅命による婚姻?


 いやいやそれは最終的にリーヴァイが伯父である皇帝を半ば脅したことによる勅命。

 最初こそはと言うか、ずっとリーヴァイがヴィヴィアンへプロポーズをし続けていたのだが、生憎とその辺りの記憶自体がヴィヴィアン自身あろう事か覚えなのである。


 まああの時はまさか今の様な生活が待っているとは本人も全く、そうこれっぽっちも思っておらず。


 彼女の中では――――!!


 この一念しかなかったのである。

 だからこそ今のヴィヴィアンにとってこの婚姻は過去四度の記憶のまま皇帝よりの勅命によるもの。


 今現在も全くこれに関しては彼女自身疑いすら抱いてはいない。

 毎日の様に熱く甘く夫より愛を囁かれてもである。


 だが断じてヴィヴィアンが鈍い訳ではない。

 まあこれには少々訳ありなのだが、それはこれより先追々と説明する事にしよう。


 それよりも今は先ず目下墓穴をせっせと掘削しつつあるベラについて語る事とする。

 また彼女の墓穴はもう完成間近である事を愚かにも当の本人はこれまた全く気づいてはいない。

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