第13話  墓穴を掘る女

「嘘……でもめっちゃ男前」

「嘘ではない。私がプライステッド公爵家の当主であり、ここにいる私の最愛の女性の夫だ」

「ま、リーだ、旦那様っ」


 真っ赤になって人前なのだと窘めようとするヴィヴィアンに対しリーヴァイは、通常運転とばかりにむすっとした表情かおでそう述べる。


「旦那様ではないだろうヴィー……」


 甘くまた妖しくも危険な色香と熱を孕んだ声と大きな砂糖壺へダイブしているかの様な駄々甘さの中に危険な、ギラギラとした猛獣が獲物をハンティングする前の静かにそして密やかに狙いすました様な鋭い視線で以ってヴィヴィアンの視線だけではない。


 彼女の全てを捉えそうして正しい回答を述べる様にと無言の圧で彼は促すのである。


 ただ、必要以上に溢れ出す色香なんてモノはリーヴァイにしてみればどうでもよく、彼にとって唯一無二なのは何時だってヴィヴィアンただ一人だけなのだ。


 そう公爵家へ仕える者は皆全てその事実と言う現実をしっかりと理解している。

 だから無責任に漏れ出す色香に充てられる者はいないのだが……。


「り、リーヴィ……?」

「うん、よく出来ました僕の愛しのヴィー」


 ちゅ、ちゅ、と何時もの様に愛する妻への口づけをする夫へ――――。


「ま、待ってリーヴィーっ、お客様っ」

「違うと言うのだからもういいだろう」

「いえいえそれはって違うと言いますと?」


 両手で自分よりも背も高く筋肉質な体躯を持つ夫へ必死になって押し退けようとするのだが、幾ら彼女がぽっちゃりさんだからと言っても当然の事ながらそこは非力な女性の力なのである。

 そう結果は全て無駄な徒労と終わる訳で、だがそんないちゃつく夫婦へずかずかと土足で割り込んできたのは――――。


「ちょっと何でそこでいちゃついてんのよって、つい……てますのよ!! わ、私の存在を忘れないで貰いたい……のですわ。特にええ貴方っ、そう貴方が本物の公爵様よね!!」


 ビシッとリーヴァイへ人差し指を向ければ、ふんっと鼻息荒く捲し立てたいのは山々だが、如何せんベラに貴族のお綺麗な言葉やアクセントは身についておらず、たとえついていたとしても完全な付け焼刃でしかない。

 

 淑女であるヴィヴィアンの足元にも及ばないのだが、その辺りはベラにとっては最初からどうでもいいらしい。


 まあ結論から言えばベラの語る情熱的な夜を過ごした公爵はリーヴァイではなく、彼の身分を語った別人だったらしい。

 それもリーヴァイと比べるとかなりの劣化品だった……のだ。



 だが抑々そもそもである。

 プライステッド公爵家が一般的な公爵家とは違い皇族であり、その証として皇家特有の緋色の瞳を持っていると言う誰もが知っている事実すらも彼女は知らなかったのだ。


 はっきり言って相手の男はその場の憂さ晴らし。

 そう一晩だけのアバンチュール。

 身持ちの軽そうな令嬢と知り、その場だけの関係で避妊すらもしてくれなかった無責任な男との熱い一夜を楽しんだだけだったのだ。


 その結果彼女は身籠り、養父にさえ明かす事も出来ずに相手の男へ結婚を迫ろうとやっていたと言うのがベラの主張であった。


 またその主張の裏では相手にもし妻が存在していたとしてもその妻を手早く追い出せばいいくらいにしか考えていなかったのだろう。

 だから彼女は今現在進行形で自ら墓穴をせっせと掘ってしまうのである。

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