第12話  ブラドル令嬢再登場です

「えーっと本日はお招き――――っええ⁉」



 また日はゆるゆると流れそうして今日昼下がりの午後、公爵邸へお茶を招くと言う体でベラは呼び出された。


 当然ベラは二つ返事で了承すると共に今日この日の為にと更にド派手なショッキングピンクの生地、そして裕福なブラドル商会の義娘らしく高価な虹色に光る真珠をドレスへ惜しげもなく散りばめた様に縫い付けられ、襟ぐりの広いエンパイア……と言うよりももっと、そうぐっとこうしなやか且つ女性らしいたわわなふくらみに引き締まった腰を強調させた彼女自慢の美ボディを余す事無く披露出来る、おおよそ私的とは言え茶会へ招待された令嬢の纏うものではない。


 そんなブラドル令嬢を出迎えたウィルクス夫人を含む数名の侍女やメイド達でさえ思わず眉をひそめてしまう程である。

 

 だがブラドル令嬢はそんな些事等はどうでもいいと言わんばかりな様相なのだ。

 それよりも今っ、令嬢にとって目下現在進行形で大事なのは彼女の胎の中で今もすくすくと成長しているだろう子供の父親を明らかとし、そうして近い将来……彼女にしてみれば今直ぐにでも家族三人で幸せな家庭を築きたい一心なのである。


 だからウィルクス夫人達の視線なんて彼女には一切心に響かないと言うよりもである。


「ねえおばさん」

「「「――――……っ⁉」」」


 その何気ない一声でエントランスにいたであろう侍女やメイド達の顔面は一瞬にして蒼白となり、また彼女達の身体はカチコチに凍り付いてしまった。

 その上確実にフロアの温度は一気に氷点下へと急降下したと言うのにも拘らず、当の令嬢は全く何も感じるどころか更にある一定の方向を向いたまま声を発していたのである。


「ねえそこの銀髪のおばさん? あ、あーもしかしてもうお婆さんなの? 通りで返事しないと思えば耳の聞こえが悪くなったんだね。じゃあま、仕方ないかぁ」


 そうその方向には一人の貴婦人然として凛と佇んでいる人物がいた。

 銀色の髪をかっちりと、一本の後れ毛さえ落とす事無く貴婦人然と綺麗に結い上げられた美しい髪は彼女の年齢を一切感じさせはしない。

 一部の隙さえも見せない彼女を現す薄氷の様な温度を全く感じさせる事のない美しい青銀の瞳は、社交界のデビュー当時より氷上の美姫と称えられていた。


 あの頃と比べ尚一層年を重ねると共に迫力を増す程の神々しいまでの美しさは、今や伝説級とまで伝えられているプライステッド公爵家の家政婦長ハウス・キーパーであると同時に現在もいまだ社交界一のご意見番としての地位を確固たるものとして君臨しておられるのがオファロン伯爵未亡人、オードリー・クラーラ・ウィルクス夫人――――その人である。



 貴族ならばどの家の令嬢もデビュッタント前にはウィルクス夫人への挨拶は絶対に欠かさないとまで言われているその夫人へ、あり得なさ過ぎる暴言に最早エントランスにいるだろうスタッフ達の心はパニック状態となっていた。


 因みにウィルクス夫人にプレゼントや賄賂といった類は通用しない。

 あくまでも貴族令嬢として、また社交界を彩る華として相応しい淑女らしさを彼女は静かに見極めるだけ。


『『『『一体どの様な教育を受けている令嬢なのっ⁉』』』』


 誰しもが心の中で声を大にして叫んでいた。

 そしてまた誰もが全く微動だにする事も出来なかったのである。


 だがそんな周囲に反しほんの少しの沈黙の後――――。


「私はウィルクスと申します。当家のサロンにて公爵ご夫妻が既にお待ちになっておられますのでご案内致しましょう」

「あら、やっぱり聞こえているんじゃない。良かったねおば……うぃ、うぃるくすさん?」


 やはりブラドル令嬢は何も動じていなかった。

 

 そうしてきょろきょろと周囲を行儀悪く見回す令嬢を連れ立ってウィルクス夫人は粛々と機械的に業務をこなすかの様に、彼女を屋敷の奥にある日当たりの良いサロンへと案内する。



 コンコンコンコン


「ウィルクスに御座います。ブラドル男爵家のご令嬢を案内して参りました」

「入れ」

「?」


 やや小首を傾げながらも開かれた扉の中へ令嬢が入って行けば奥のソファーには先日対面した公爵夫人であるヴィヴィアンが、そしてその彼女を愛おしげに抱き寄せたまま優雅に座しているのは長い足を悠然と組み、その姿は艶やかな漆黒の流れる髪を一つに束ね、悪戯っぽくも緋色に光る瞳は帝国皇家然も直系のみにしか受け継がれない特別なもの。


 また座していてもわかるくらいに長身痩躯だが程よき場所に筋肉はしっかりと付いているのは服越しからでもしっかりとわかる。

 正しく一見にして上等な部類の男だと、知性と品性を併せ持つ……恐らくベラの様な安い女なんて絶対相手にさえしないタイプの超絶なイケメン。


 またその姿だけでない。

 彼より醸し出される色香は何とも蠱惑的で、きっとどの様な女でも一瞬にして虜にしてしまう事が可能だろう。

 そうしてベラの瞳には既に色香とはまた違う神々しさまで、ついにはそんなリーヴァイには後光までも感じられていたのだが……。

 

「――――アタシの、!!」


 ベラはリーヴァイの姿を見た瞬間、サロン全体に響き渡るくらいの大きな声で叫んでいたのであった。

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