第10話  侵食  ヴィヴィアンSide~

 それから数日後の事です。

 ようやく体調が回復した私は今真剣且つこれ以上ない程に緊張をしております。

 何故ならそれはあの不可解な私自身の行動の後直ぐに旦那さ……っ⁉


「駄目だよヴィー。心の中でも僕をと呼ぶのではなくちゃんとと呼んでくれなければ今直ぐにでも寝室へ、僕達夫婦の愛を再確認しよ――――っと」

「だ、ダメですっ、旦……り、リーヴィーっ」

「でもねヴィー、旦那様なんて余りにも余所余所しい呼び方をする貴女がいけない」


 ちゅ


「〰〰〰〰っ⁉」


 にっこりと人懐っこい大きなわんこ目線で、それもお可愛らしく小首を傾げつつも顔を真っ赤にさせているだろう私へグイっと大きく覗き込まれたかと思えば――――ひ、人前でっ、く、口付けだなんて⁉


「ふふ、僕は貴女のその幾つになられても初々しい反応はとても好ましいと思うけれどもね。僕達は夫婦なのだから人前とは言っても見ているのはバードやシンディー達じゃないか。別に見られても……いやいやそれともアレかな。貴女はこれ以上の事を沢山すれば、この様な可愛らしい口付けに慣れてくれるのかい?」


 え?

 いやその……とリーヴィーの言葉の意味に私の身体はボンと音を立てて俄かに熱を帯びてしまいます――――って!!


「そ、そそ、その様な事はたとえ冗談でもお話してはいけませんわっ。バードは兎も角としてシンディーは子爵家よりお預かりしている未婚の令嬢なのですよ!! 婚姻前の令嬢へこの様なはした――――ん、んン⁉」


 ちゅ、ちゅ、とこれ以上は言葉等必要ないとばかりにリーヴィーは大きなリップ音と共に何度も、そして角度を変えて優しくも甘く啄ばむ様な口付けをしてくるのです。


 それはもう何処も彼処も甘い砂糖の中にいるかの様なリーヴィーの口づけ。

 その口づけに酔わせられている間に、そっと私の腰を抱きよせる大きくも力強い手と腕からのぽすんと弾力のある逞しい彼の胸の中へ抱き締められればその心地良い温かさに私は、常日頃彼の内側に秘められた情熱を知らされている故なのでしょうか。

 不思議な力で以って引き寄せられる様にくてんと彼の胸の中へ素直に身体を預けてしまう私は、この先一体どうなっていくのでしょう。


 それでなくとも最近の私は色々と何かが可笑しいのだと、この数日の間ずっと思い悩んでおりましたと言うのにです。

 


 主に悩みの種と言うのは私の心が不安定だと言う事。


 何時もと変わらず過ごしているのにも拘らず、何故か突然何でもない事に怒りや悲しみ、そして何かにつけ不安を感じてしまう自分がいるのです。

 でもその半面思い悩む私の横で冷静にその様子を見下ろす私自身も存在している!!


 この様な事は今までの転生にはあり得なかった。

 ええ全く存在しすらしなかった心理状態とそして気になるのはやはりリーヴィーの愛人と言い切るベラ嬢の存在。

 本来ならば直ぐにでも真相を確認したい衝動で一杯一杯なのに、ここ最近私自身の身体の、精神的な不調……ですわね。

 それ故にこちらから出向く事もまたベラ嬢をを呼び出す事も出来ない事が何て苛立たしいのっ!!


 あ、いえ、そ、そんな、苛立たしいなんて……私はその様な酷い言い方なんて⁉


『本当に? 真実そう思っていてヴィー。貴女はなのよ。尊くも至高なる存在の貴女の心を煩わす相手へ何も憤りを感じた事すらもないと言う訳?』


 また……だ。


『貴女の前では全ての者が跪くと共に永遠の忠誠を捧げなければならないと言うのにも拘らずによ。第一誰の為に貴女はこれまで気の遠くなる程の永遠なる時の中で苦しみ、そして心を苛まれて……いいえそれだけじゃあないわね』


 一体何を……。


『クスクス、まだ何も知らないととぼけているの? 本当は全てを知っている癖にっ、何時までその作られし仮面の中で燻っているのかしら』


 あ、ああ、また私の中の私が、不安な心で一杯の私を追い詰める様にっ、そして嘲る様な口調でっ⁉


『あら、私の物言いが気に入らないとでも? で、あれば貴女は何時でも自由気ままに――――ぎゃあああああっ⁉』


 やめ、て、止めてっ、お願いだからもう――――!!


「大丈夫だヴィー!! 僕が貴女を何者からをも絶対に護る!! だからゆっくり、そうゆっくりと深呼吸を繰り返すのだよ。愛している。僕には貴女だけなのだら、貴女だけが僕の唯一なのだからね」


「りぃ、ヴィ……? わ、私、私は本当にこのまま一体どうなってしまうの⁉」

「ヴィー……」


 日を追う毎に私の内側へ確実にもう一人の私が、それも私と違う私が育ちつつあるのです。


 なのに無力な私は何もどうする事も出来なくて、ただこうして貴方に力強く抱き締めて貰わなければっ、何時か、そう何時の日にか私は不安で、恐ろしくて私の心が壊れてしまいそう……に、それが悲しいくらいにわかって……しまう。



「またですか」

「奥方様っ!!」

「シンディー落ち着きなさい。貴女が取り乱してどうするのです。貴女も私も奥方様を命懸けで護る事を誓った同士でしょう」

「わかっているっ。でも、でもあの様に苦しまれる奥方様を見ているのは辛くて……」

「それでもです。我々はこの時の為に今この世に生を受けているのですよ。そして一番お苦しみなのは……誰であろう奥方様なのですからね」


 リーヴァイの腕の中で意識を失ったヴィヴィアンは沈痛な面持ちのまま眠りに就いている。

 その様子をシンディーとバードは何とも苦々しく見守っていた――――と言うよりもである。

 最早彼等には


 全ての運命の輪が絡み合おうとしている今、主役でない二人は事の成り行きをただ見守る事が精一杯だった。


 そう、運命の輪に歯向かえば今度こそ本当の意味での死が待っている。

 だが真実の死を恐れる二人ではない。

 敬愛する彼女の為ならばその死ですら喜んで受け入れるだろうがだっ。


「――――早まるなよ二人共。その気持ちはわからなくもないがしかしだ。真実の意味でヴィーが、彼女が全てを取り戻した時にお前達の運命を知ればきっと悲しむ。また心優しい彼女の事だからな、決して自分を許しはしないだろう。それがどの様な理由であってもだ」


「であれば貴方こそどうかご自身のお身体を大切にすべきです」

「わかっている。わかってはいるが奴は強い上に――――アレの力を上手く利用しているからな。また俺自身もう以前の俺ではない。ここにいるのは――――」


 一瞬沈黙の後――――バードはサロンの扉を勢いよく開いた!!


「おやジョナス、この様な場でどうしたのですか?」


 扉の向こう側には副執事アンダー・バトラーのジョナスが立っていた。

 何時もの様に少しおどおどとした表情のままそうして彼はゆっくりと、だが焦った口調でもない。


「ああバードさん、僕もその、最近の奥方様の様子が心配で……。いえ他意はないですよ、ただ……ね、少し心配をしていただけなのです。ではこれで僕は失礼します。ダレンさんからのお仕事も承っておりますので……」


 平民とは思えぬ程優雅な一礼と共にジョナスはその場を静かに辞していった。

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