第4話 犬猿の仲
その日はとてもよく晴れ、澄み切った青空そして見下ろせば美しく咲き乱れている花々達に誘われるままヴィヴィアンはタウンハウス内の庭園へと、後を追い掛けるシンディーの制止もきかずに飛び出していた。
またこの時偶然にもヴィヴィアン自身執務を終え、彼女にしてみれば偶々時間を持て余していたとも言える。
そう公爵夫人だけではなく皇族として、いやそれだけではない。
帝国内で最高位の女性として日々殺人級の公務をこなしていたヴィヴィアンにしてみれば、何もない時間等考えてみれば何時ぶりだったのだろうか。
それ故に思わず淑女らしかぬ行動へ出てしまったとしても致し方がないだろう。
だがその行動が思わぬ事態を招いたとも言えなくはなかったのである。
「奥方様、日に焼けておしまいになられますので日傘を、ああお帽子をって……」
「大丈夫ですよシンディー。少しくらいならば、それにお日様にあたる事も人間には大切なものなのですよ」
「いーえ奥方様っ、奥方様のシミ一つない美しいお肌へ万が一シミが、いいえそれだけでは御座いませんっ。まだ初夏とは言え日差しは強いのです。なのに何の対策も講じず日焼けでほんの少しでも奥方様のお肌が赤くなろうものならば、奥方様を溺愛されていらっしゃる旦那様にどれだけ注意されますでしょう」
シンディーは心底辟易とした面持ちで、主人であるリーヴァイが妻ヴィヴィアンの肌を馬鹿みたいに心配している様子が簡単に想像出来てしまう自分に何とも呆れてしまう。
まあ想像ではなくきっと現実にあり得るからなのだろう。
しかしそうなると妻命の主の取り扱いは途轍もなく面倒なのだ。
何分妻へ恋をした日より二十二年もの間、いやそれまでに彼はかなり拗らせているだけでなくその想いは実に重くまた激しい。
主従関係、そして赤の他人であるシンディーでさえヴィヴィアンとリーヴァイ夫婦は色々と面倒なのである。
いや正確にはシンディーにしてみればヴィヴィアンは仕えるべき主であると同時に幼い頃より姉と慕う敬愛すべき女性なのであるのだ。
だからヴィヴィアンの傍にいる事は面倒どころかこのまま死の瞬間まで傍にいたいと本気で思っている。
そうつい先日――――とは言ってももう二、三ヶ月前にヴィヴィアンと二人でヴェルデの街へ逃避行した際シンディーにしてみれば邪魔なリーヴァイがおらず、二十四時間ずっとヴィヴィアンと二人きりの生活は最早天国に等しい時間だったのだ。
もうこのまま何時天へ召されても――――と思った矢先に現れたのは魔神ならぬリーヴァイであり、彼は問答無用とばかりに目の前でシンディーの天使若しくは女神を連れ去り、そうして彼女の天国は幕を下ろしたと言う経緯があったのだ。
まあシンディーにとってこの世で最も面倒で邪魔な存在がリーヴァイであり、またそれは彼にも言える事なのだ。
そうリーヴァイがつい時間を忘れヴィヴィアンを明け方近くまで抱き潰した時は顕著である。
勿論公爵で皇族、然も皇位継承第三位と言う身分の高い肩書があろうともである。
愛する妻との事後の処理は進んでリーヴァイ自らヴィヴィアンを風呂に入れ……まあそこでも必要以上に色々致してしまうのはご愛敬と言ったところだろうか。
その後は鼻歌を歌いながらソファーで力なく……完全に生気を吸い足られた状態の、くたんと力なく熟睡し……意識を完全に飛ばしてしまった愛妻を横たえさせれば手際よく寝台のシーツを交換し、清潔な場所となったところへ再び彼女を優しく横たえさせるのである。
起床時間となり部屋の様子を窺うとそこには妻の寝顔を愛おしげに見つめるリーヴァイと、そんな夫に見守られながら無防備にそして情事の後が色濃く残る常とは違う艶やかな色香を纏う美しいヴィヴィアンが眠っているのだ。
シンディーが幾ら心を込めてヴィヴィアンへ仕えようともである。
艶やかな熱を孕んだ色香を纏うヴィヴィアンの美しさはまた格別で、それを限界までに引き出させるのがヴィヴィアンの夫だと言う事にシンディーの心は妖しく騒いでしまう。
またこれは断じてリーヴァイへの恋情、思慕等ではない!!
言って見れば愛するヴィヴィアンを巡る犬猿の仲とでも言うのだろうか。
確かにイケメンで仕事も出来て金も地位もあり、その上妻を溺愛しているリーヴァイは良く出来た男とも言えるだろうがしかしっ、シンディーにとってそれは理屈ではないのだ。
そう、リーヴァイがどれ程優秀な男だろうとそんな事は関係ない!!
敬愛すべきヴィヴィアンを妻にした時点でシンディーの心の中でのリーヴァイの株は大暴落なのだから……。
「お可哀想な奥方様。この様に精魂尽き果てるまで抱き潰されるとは……本当に獣》ですわね、旦那様」
寝台をそっと抜け出し私室へと向かうリーヴァイへ、つい文句を言うのは致し方のないものなのだろう。
「ふ、何とでも言え。お前だけでなく誰にも俺のヴィーを奪われはしないよ。ヴィーは俺だけのものなのだからね」
擦れ違い様に余裕綽々と言った様相且つこちらもまだ情欲の孕んだ妖しい魅力をしっかりと湛えたまま、リーヴァイはさらりと事も無げにシンディーの嫌味を交わしていた。
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