3品目 オムライス

 喫茶店には歴史があり、その時々のドラマがある。


 先代からの味を引き継いだ珈琲専門のお店。

 そのお店独自のレシピを開発し、一部の人間にのみ伝えていく老舗の店。

 そして此処、叔父さんが開いたこの喫茶店〝よし茶ん〟にも、開店当初から今も提供し続けている看板メニューがあった。


 それがこのお店の〝オムライス〟だ。

 レシピは私や叔母さんにも秘密のオムライス。キツネ色にこんがり焼けた微塵切りの玉ねぎに、バターの香りが広がるチキンライス。ふんわり卵に閉じられた宝石箱の上にはケチャップが乗っている、子供から大人まで大好きな懐かしい味。私も幼い頃、叔父さんがやっているこのお店へ遊びに来ては食べていた思い出の逸品だ。


「確か此処のオムライスって、オープン当初からあった看板メニューなんよね? 常連さんだから頼んでるんじゃないんですか?」

「そうさね。でもよく考えてみてよ、美柑ちゃん。幾ら常連さんでも、毎日同じメニューを食べ続けると飽きるだろう?」


 確かにそうだ。私も行き着けのお店の大好きなメニューは存在するが、毎日食べたいとは思わない。美味しいパフェだって、お肉だって、時々ご褒美として食べるからこそ至福のひと時を味わえるのだ。極上のステーキや、大好きなお店のオムライスが、もし当たり前の日常になったなら……私だったら、きっとそこに感動を味わえなくなってしまうだろう。


「そうか……え? でもそう考えるとおかしいわね」

「え? あおいどうしたん?」


 私は自身の顎を親指と人差し指で摘み、思案する。


「いや……私、日曜日とお店が定休日の火曜日、講義が遅くなる木曜以外の月、水、金、土にシフト入っているんだけど……あの男性のお客さん、だいたい私がシフトで入る夕方にはお店に居て、いつも・・・オムライスを食べているの。しかも、お昼からバイトに入っている土曜日は午後二時位から五時頃までお店に居るわ。それって……普通じゃないわよね」

「オムライスが死ぬ程好きってだけなんじゃあ……」


 いや……幾らオムライスが好きって言っても、三百六十五日、食べ続けるなんて事があるだろうか?


「ちなみにあの常連の男性客は、土曜に限らず今あおいちゃんが言った曜日、月、水、金も午後二時から午後五時の間にこのお店へ来てくれているさね」

「うーん。オムライスもそうだけど、そんな毎日三時間休憩するサラリーマンって、ただのサボリじゃん!」

「ちょっと美柑。だから声大きいってば!」


 男性客の方へ視線を向けると、パソコンの作業に集中しているのか、ご本人さんは気づいていないようだ。そう言えばあのお客さんはいつもオムライスを堪能した後、本を読んだり、パソコンで何か作業をされている印象がある。


「そうか。土曜日も同じシャツを着て来店されているから、仕事中の休憩かと思っていたけど、むしろ此処で仕事をされていたのね!」

「あおいちゃんご明察」

 

 マスターである叔父さんが満足そうな笑みを浮かべる。


「え? あおい、どういう事さね!」

「美柑。きっとあの人はライターさんか小説家さんか、個人でお仕事をしている人なんだよ。一般の会社員なら美柑が言ったように決まった日にやって来て、長時間休憩なんて中々出来ないと思うけど、個人でお仕事をされているなら、いつもお店に来ている事が納得いくわ」


「正解だよ、あおいちゃん。あの人はライターの仕事メインで執筆なんかもされている人だよ。この喫茶店の落ち着いた空間は執筆に向いているんだそうだ」

「という事は此処で執筆をされている事と、オムライスとコーヒーはルーティン・・・・・みたいなものって事?」


 ルーティン(routine)――ある一連の動作を習慣化させたもの。「日課」。


 プロのスポーツ選手なんかは、必ず一連の動作や運動を行ってから試合に臨むなんて人もたくさん居るように、こだわりがある人ほど、自分の中で習慣化している事があったりするものだ。


 毎朝スムージーを飲んでいる。必ず夜、珈琲をハンドドリップで飲んでいる。入浴後のストレッチは欠かさないなど、日常の中で、何かを習慣化している人は多い。


「もし、あの男性客が、オムライスと珈琲を注文する事が、仕事へ集中するためのルーティンになっているとすれば……」

「毎日のオムライスにも説明がつくって訳ね!」


 美柑と私は謎が解けたと言わんばかりにハイタッチをする。


「ルーティンなのは間違いないさね。半分正解だよ、あおいちゃん」

「え? 半分?」


 そう、叔父さんは半分と言ったのだ。じゃあ後の半分は……何か抜け落ちている事実があるのだろうか?


「えーー。ルーティンでこの日常の謎は解けたも同然だよね、あおい」

「う~ん……」


 叔父さんの今迄の言動……どこかにヒントがあるのだろうか? 脳内で叔父さんの言葉を反芻する。


「そうそう、N崎を舞台にしたあのお客さんが書いた歴史小説、地元民には人気なんだよ?」


 そう言うと叔父さんは、お店のお客様が自由に読めるよう、設置された本棚にさり気なく置かれていた歴史小説『南蛮往来碧依紀行なんばんおうらいあおいきこう』という本を持って来てくれた。そうそう、主人公が私と同じ碧依って名前の女子高生だった事に親近感が沸いて、私もバイトの休憩時間に少し読んだ事があった。


 女子高生が江戸時代後期のN崎へタイムスリップする話。江戸時代は日本が鎖国をしていた時代。西欧の国々との唯一の貿易拠点だったのが「出島」だった。オランダ商館に従事する商人に拾われる碧依は、未来の知識を活かし、外国の貿易商人と意気投合。やがて、極東の地でビジネスの成功を祈り、上陸した若きスコットランド人の青年、トーマスグラバーと出逢い、グラバーは碧依に恋をしてしまうのです。幕末の動乱へと巻き込まれていく碧依の運命は? 彼女は現代へ還る事が出来るのか? 完成度の高い作品だった事を覚えている。


「へぇ~。女子高生の碧依あおいちゃんか~。あおいと同じ名前だね~」

「そうそう、それで目に留まって私も少し読んだ事があったけど、面白かったよ~。えっと作者の名前は……茂本義秀しげもとよしひでさん……あれ?」

「ん? どうかした? あおい?」

 

 作者の名前なんて気にも留めていなかった。

 その名前を見た瞬間、私の中でバラバラになっていた点と点が集まって、一本の線に繋がった。


「叔父さん、私……この謎、分かっちゃったかもしれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る