2品目 トルコライス

 トルコライスは何故トルコライスという名前になったのか?

 N崎県を訪れた人が一度は疑問に思う日常の謎の一つ。


 そもそもなぜN崎県なのにトルコなのか? オランダ同様、トルコとN崎県に当時国交があったのか。豚カツにピラフとスパゲッティ。トルコには関係無さそうなものばかりが並ぶ中、様々な疑問が浮かぶ。


「そうさねぇ、実際のところ諸説あるので、どれが正解って訳でもないんやけどね」

「う~ん、豚カツなんかはトルコと全く関係無さそうだしなぁ~~」


 唸る美柑と同じく、私も脳内で色々考えを巡らせてみる。異国情緒溢れる港があるN崎。西洋の文化を取り入れた歴史ある街には、トルコになった理由が必ずある筈だ。


「トルコ人が当時持ち込んだとか?」

「豚カツをかい?」

「う~ん」


 再び唸る美柑。豚カツは少なくとも和食だ。ピラフは……あれ? ピラフってどこの料理なんだっけ? 炒飯なら中華だけど、カレーピラフは……。スパゲッティはトルコ料理じゃないよね。そもそもトルコ料理って世界三大料理なんだよね? トルコ料理って言われてどんな料理かが想像出来ない。フランス料理やイタリア料理なら浮かぶんだけどなぁ~。どうして中華、フランス、トルコが世界三大料理なんだろう? 日常の謎がまたひとつ増えてしまったぞ?


「そもそもトルコはイスラム教の文化だからね。豚カツ=ポーク。豚肉を食べないイスラム教徒が多いトルコで発祥したとは考えにくい訳なのさ。同時にトルコ人が持ち込んだとも考えにくいさね」


 成程。つまり、トルコ料理は全く関係ないという事になるのだろうか? では、この〝トルコライス〟はそもそもトルコではなく、N崎県で創られたものになるのだろうか?


「マスター! わかった!」

「はい、美柑ちゃん」


 手を挙げて発言する美柑。こらこら他のお客さんの迷惑になるって。常連の男性もオムライスを食べつつこちらを見ている気がしてならない。空気を読んだのか、小声へと切り替える美柑。


「えっと、喫茶店トルコで創られた品物だから!」

「いやいや、そんなベタな答えじゃないで……」


「お、その説もあるから正解!」

「やったー!」

「えぇーーーっ!」


 私が美柑の推理を遮ろうとしたタイミングで、マスターが正解と告げるものだから、驚いて思わず声をあげてしまう私。


「正確にはレストラントルコで出していたという説が残っているんよ。他の説に比べてあまり広まっていないけどね」


 という事は他にも説があるのだろうか? そう言えばさっきふと思った事があった。私はそれを口にする。


「叔父さん。もしかして、トルコの国がある場所って関係ありますか?」

「お、あおいちゃん。いいところに目を付けたね」

「え? どういう事、あおい?」


 疑問符が浮かぶ美柑へ私が解説をする。


「えっと、トルコってちょうどヨーロッパの東側、アジアとの間にあるじゃない? ほら、豚カツは和食、スパゲッティはイタリア料理。で、カレーピラフをカレーからインドって考えると、ちょうどその間にトルコが来るな~って思って」

「おぉ~! 凄い! あおい、名探偵じゃん!」


 突然名探偵と呼ばれ、私の短髪ショートボブが満更でもないと弾んだ。叔父さんであるマスターが、うんうんと頷き、解説を入れてくれた。


「それも有名な説の一つだね。カレーピラフをインド、ポークカツは中国、スパゲッティがイタリアって説もあれば、ピラフをチャーハンとして中国、豚カツを日本、スパゲッティはイタリアみたいに言っている人も居るみたいだけど、いずれにしても間に位置する国、トルコの名前を取って〝トルコライス〟という説だね」


 つまりは美柑の推理も私の推理も正解という事になる。この場合、真実は一つではないという事になる訳で。


「でも、真実がひとつじゃないんなら、いまいちすっきりしないですね~」

「まぁ、他にもサフランライスを用いた事から、トルコ料理のピラウへ似せたというトルコ風ライス説や、フランスの国旗、トリコロール=<三色旗>が訛ってトルコライスになったみたいな説もあったりするね」


「なんと……この事件は迷宮入りですね……」


 お皿に残ったスパゲッティナポリタンを口に含み、存分に味わったあと、美柑が事件の迷宮入りを告げる。


「まぁ、世界には未だ解けていないミステリーもある訳だし、少しは謎が残った方が面白い事もあるさね」


 確かに謎が全て解けた時の爽快感も嬉しいものだけど、日常に潜む謎を解き明かすべく、色々推理していく過程も楽しいものだったりする。


「そっかぁ~。でもトルコライスがトルコ発祥じゃないって話はびっくりしたなぁ~」


 美柑が満足そうに溶けたミルクセーキをストローで飲み干している。

 そして、私と美柑を交互に見たマスターは、次なる〝日常の謎〟を小声で私達へと提示するのだった。


「じゃあ、せっかくなんで、二人には次なる謎を解いてもらおうか。なぜ、あちらにいらっしゃる男性のお客様は、いつもオムライスを頼んでいるのか?」


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