第2話

 弘法が筆を誤ることもあれば、河童だって川に流れることもある。

 猿が木から落ちることだって、ある。


 なのに、

 なのにどうして、

 どうして俺の周りには女性が近づいてこないんだ。


 俺、佐野銀九郎さのぎんくろうは今まで記憶があるうちに女性に近づかれたことがない。


 母親は遠くで暮らしてるし。


 席替えはいつも男子しか周りに来ないし。


 女性スタッフが会計しているレジに並んでも途中でなぜか奥から出てきたおっさんに交代させられるし。

 どうしようもなく、女性に近付けない男が俺である。


 外見のせいかと整えて、中の上ぐらいにはなった。

 それでも結果は変わらない。


 匂いのせいなのでは!?と体臭を気にしてみたこともあった。

 それでも結果は変わらない。


 何度やっても、何をやっても、結局女性に近づかれることはなかった。


 今だって、俺側に向かって歩いてきた女性がきれいに丸く避けた。

 なぜか不思議なものを見るような目をされたし。いや、そんな目をされましても。


 そんな、暗澹とした気持ちをいつも通り抱えながら歩く、周りが少し暗くなった学校の帰り道。


 なにかが擦れるような耳障りな音と共に、二つのライトのついた大きなものがこちらに勢いよく向かってきた。


 車だ、と気づくまでに俺は何秒の時間を要したのだろうか。

 ただわかるのは、ものすごく反応が遅かったということだ。


 ワゴン車だ。水色の。車の番号は――ってそれを気にしている暇はない。

 暇はない、はずなのだが。

 何故か、体が動かなかった。


 慌てる運転手の鬼気迫った顔、唸りをあげるエンジン音、どんどん近づいてくるライトの明かり。


 そして俺は、なにもできずに車に跳ねられた。


 ↓↓↓↓↓


 気が付くと、俺はだだっ広い草原のなかに一人で立っていた。

 草原、といってもここの草はめっちゃ背が高い。俺の胸辺りまである。


 下は草原、上はきれいな青い空、これなーんだ?

 正解は俺の今の意味わからない現状でしたーわいわいぱちぱち。


 一応俺の身長が一七〇ちょいだからこの草の高さは……えーっと、わかんないな。うん。


 と、とにかくだ。ここはどこ?私は誰?

 ……俺は、佐野銀九郎。ここは、知らない。


 こういうときは冷静に現状把握。

 確か、学校帰りで歩いていて車に轢かれた。


 死んだ?

 嫌々待てよ、死んだ?俺が?そんなわけ。


 ……話が進まなそうだから、とても、とても、嫌でしかたがないが、俺が一度死んだというのを仮定として考えていこう。


 ってことは、ここは天国?もしくは、そうであることは考えたくはないが地獄?


 おいおい、生前に俺が何かやらかしたか?

 女性らに近づかれなかった、悲しい悲しい男子高校生だぞ?


 地獄行きなんて、絶対に認めないからな。


 そう考えていたときに、パッと唐突に長方形で半透明で少し深いような青色をしたウィンドウが開いた。


「なに、これ」


 中には日本語が長々と書き連ねられていた。

 俺は、恐る恐る内容を読み始めた。


[はじめまして、佐野銀九郎さん。

 私は地球の担当をさせていただいております、管理者番号4k332です。

 佐野さんにわかりやすいように言うとすれば、神様と呼ばれている方々に近いかもしれません。

 彼らほど自由度は高く無いですが。

 さて、本来干渉してはいけない被管理者である佐野さんになぜ私がこのような文章を送っているかと言いますと、佐野さんの現状を伝えるためです。]


 いきなり壮大なお話をぶっこんできてくれやがった。


 管理者?

 4kなんたらかんたら?……あーもう本当に意味がわからない。


 神様、ねぇ。俺あんまり信じてないんだけど。

 でも初詣はいくしクリスマスは祝う。

 だって楽しいし。


 そんなもんだろ、大体。

 文章にはまだまだ続きがあった。


[恐らく、佐野さんは今管理番号p865の世界に来ていると思われます。

 ちなみに地球はk332です。

 その世界は、地球で言うところの、いわゆる剣と魔法の世界です。

 モンスターや、地球にはいない種族が存在していたり、魔法が存在したりします。

 なぜ佐野さんがk332からp865に移動しているのかと言えば、恐らく管理番号8p865によるミスだと思われます。

 後で8p865から謝罪の文面が来ると思います。]


 長い。突っ込みどころが多すぎるんだよ。


 俺は、なるほど、つまるところ――異世界転移をした、ということか。


 ふむなるふむなる。


「……え?」


 いや、意味わかんないから。管理者さん?


 管理者のミスで異世界転移した。

 うん。わかんないよね。

 え、俺がこんなとこにいるのはあなたのお仲間のせい?


 ふざけんなよ。


 謝罪が来る?見てやろうじゃないか。

 内容次第ではどうなるか……まあ、どうしようもないのだが。


 どうしようもないからこそ、いら立ちがさらに大きくなるのを感じた。


[さて、こちら側のミスとして我々から補填ですが、恐らく8p865からはあなたしか発動のできない固有スキルのようなものを贈られると思います。]


 固有スキル?スキル、技能?

 何かの技?うん、まだわからない。


 次、読むか。


[そちらの世界についての知識はこれを読み終わると同時に自動的に佐野さんに自動インストールされるようにさせていただきます。

 言語はデータ容量が多すぎるため、自動翻訳能力のインストールとさせていただきます。

 外見は自動インストール完了後に変更用ディスプレイにて設定していただきます。

 尚、このディスプレイは自動インストール終了後に消滅します。

 それでは、自動インストールを開始致します。]


 すると、俺の頭のなかにこの世界のことがいくつも頭のなかに入ってきた。


 まさに地球で言う剣と魔法の世界……っと言っても、俺自身、いまいちそれがなんだかわからないがパッと見中世っぽい感じだ。某国民的RPG的なノリ。


 なんだか、小学生の時に読んだファンタジー作品みたいだな、なんて、少しお気楽にそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る