第4話
「この私に名乗れと言うのか?」
誰と聞かれれば答えなければいけない。そんな義務感を覚えたカールは胸を張り、陽光を反射させる金髪を靡かせながら少女を見下ろす。
「ふふふ、ふわーはっはっはは! 聞いて驚け感じ取れ! この私こそ、本日世界で一番幸せな人間だと自負していう男、カール・ユングスだ!」
「その幸せの一割でいいので私に分け与えてくださいお願いします!」
「お……おう?」
カールの自己紹介を聞いた瞬間、先ほどまで怯えていた様子を一転させて一気に詰め寄って頭を下げる。
綺麗に九十度曲げられた背筋は、彼女の本気具合をより一層知らしめていた。
カールとしては、自分の自己紹介で尊敬と畏怖の眼差しを向けられる事を期待していただけに、この反応は予想外である。
余りの勢いに一瞬押されかけるが、これはチャンスだと思う。今なら言葉巧みに騙してレア素材をゲット出来そうだ。
自分の事を聡明だと思っている頭脳がそう言っていた。
「ならば貴様のその美しい黒髪を寄越すがいい! そうすれば私の幸せを分け与えようじゃないか!」
「髪の毛ですね! どれくらい必要ですか!?」
「全部だ! ふふふ、このような要求をする私に恐れを抱くが――」
「わかりました! 今刃物がないので一気に引っこ抜きます!」
「いや待てそこは了承してはいけない! ちょっと私も調子に乗り過ぎただけだから! 十本くらい後で鋏で切ってくれればそれでいいから本気で引っこ抜こうとするんじゃない!」
まさか一瞬の躊躇いもなく女の命とも言える髪の毛を全て引っこ抜こうとするとは思わなかったカールは、慌てて少女の蛮行を止めに入る。
その際少女の目は血走り、自身の幸せの為に全てを捨てる覚悟を持っているように感じた。
普段から周囲の迷惑を考えず傍若無人な態度を取るカールであるが、彼女の行動には正直本気過ぎて恐怖を感じてしまったくらいだ。
「放してください! 私は幸せになりたいんですぅぅぅぅぅぅ!」
「待て、待つんだ少女よ! そこまで女を捨ててはいけないぞぉぉぉぉぉ!」
いきなり人目のない橋の上で取っ組み合いになる二人組。
細身ではあるが高身長であるカールとまだ未成熟の少女では体格差もあり、なんとか押さえつけることに成功する。
とはいえ思っていた以上に少女は力があり、元々運動不足気味であるカールは息も絶え絶えといったところだ。
「はあ、はあ、はあ……そ、そこまでして、はあ、はあ……幸せになりたいか?」
「あ、当たり前です……ハア、ハア……こんな不幸だらけの人生なんていりません! 幸せになれるんだったら何だってします!」
「そ、そこまで言うか……」
一体何が少女をそこまで駆り立てるのだろうか?
少なくとも見た目は紛れもない美少女である。それこそもう少し成長すれば傾国の美姫と言われてもおかしくはない。
ならば生まれか、と少女を見るが、彼女の着ている服装はかなり良質な素材を使用されており、貴族の娘か豪商の娘か、少なくとも一平民が簡単に着れるものではなかった。
容姿が良く、金もあり、将来も安泰。普通に考えれば人生勝ち組である。
これで不幸だなどと叫ぶのは、本当に飢餓に喘いでている小さな村々の者達に失礼というものではないだろうか。
綺麗に見える王都でさえ、少し視線を外して路地裏などを見ればアンダーグラウンドの世界が広がっている。
それに対して明らかに不幸の欠片も背負っていなさそうな少女が、命を懸けてまで幸せになりたいと豪語する意味がわからない。
だが少女の言葉に偽りがないのは先程の行動で示されている。
あれが演技だとすれば将来は相当な男垂らしにもなれるだろうが、流石にそれはないだろうと思った。
「幸せになりたいんです……幸せにぃぃぃぃぃ! オォォォォ」
ついには恥も外聞もなく泣き出してしまう。四つん這いになり、何度も拳を地面にぶつける姿といい、鼻水と涙に濡れたその顔といいせっかくの美少女が台無しである。
さらにその泣き声はこの世の全てを呪っているかのような不気味さを兼ね備えていた。
「ウェンウェンウェン! ぅぉぉぉぉおんォンォウォ」
正直に言えば、出会った人のほとんどから関わりたくないと思われているカールですら、怨嗟の声をあげるこの少女は避けたいと思う。
人の振り見て我が振り直せという言葉はあるが、なるほど自分は普段からこのような感覚を相手に与えてきたのかと思うと、今後は少し自重した方がいいのかもしれないと考えてしまった。
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