第5話

 これほど上質な黒髪は見たことがない。とはいえ、出来るならばこの少女には関わりたくない。


 さあどうするべきかと腕を組んで悩み始める。


「うぅぅぉんうぉん! うぉぉぉぉぉんぅおん!」


 その間も永遠と泣き喚く少女。


「おぅんおんおぅん! びえぇんえんえんえん!」


 泣き喚く少女。


「ひやぁぁん! びえびえびえびえびえ――」

「ええい鬱陶しいわ! 煩くて考え事一つ満足に纏められん! これでも飲んで少しは大人しくしておくがいい!」

「ビムガァッ!」


 あまりの煩わさとウザさに我慢できなくなったカールは、懐から取り出した瓶を一本少女の口へと突っ込む。


 少女の口から零れ落ちる紫色をしたその飲み物は、どこか邪悪な気配を漂わせており、とても一般的に飲まれている飲み物とは思わなかった。


 実際、口に含んだ少女の顔色がどんどん悪くなっている。


「――ッ……んぐぅっ……」


 あまりの不味さに両手をワタワタと動かす少女は、いったい何を飲ませているんだと不安げな顔をする。


 それを見てカールは不機嫌な顔を隠さずに腕を組んだ。


「ふん、心配するな。ただの栄養剤だ。ちょっと効能が強いがな」


 それだけ言うとカールは少女に背を向けた。考える内容はもちろんこの少女の黒髪をどうするかだ。


 この少女ならば幸せにしてやるとでも言えば簡単に髪の毛をくれそうだが、錬金術の基本は等価交換。


 何かを得たければそれに見合った対価を用意しなければならない。


 錬金術師として騙し取るような真似をする気は一切ないし、施しを受けるような真似など自身のプライドが納得できない。


 これほど上質な黒髪レア素材に出会うことは中々ないだろう。逆に言えばこの黒髪の対価となるものもまた、かなりの金品が要求される。


 かといって現状そこまで裕福なわけではなく、倉庫にも余裕などない。このレアモノの対価となる素材や金品をカールは持っていないのだ。


 ならば諦めるのかと言われれば、それは否である。


 丁度新しいレシピを試してみたいと思っていた所であるし、今を逃せば次はいつ出会えるかわからない。


 錬金術師としてこれほどの機会を見逃すのは惜し過ぎるのが現状だった。


「――うぅぅぅ」


 未だにどうすべきか結論が出ない内に、カラン、と石のタイルで出来た橋の上に瓶が転がり落ちる。


 それと同時に背後から聞こえてくる唸り声。


 どうやら渡した栄養剤は飲み終わったようだが、空になった容器をポイ捨てするとは感心しない。


 これは年長者として一言言わなければと振り返る。


「…………ふむ」


 見なければよかった。


 振り返った先にいたのは先程までの黒髪の少女ではない。


 いや、少女であったのだが、その姿は変貌していた。


 死んだ魚のような濁った瞳は何故か空腹に満ちた猛獣のように鋭く尖り、紅色の視線が射抜いてくる。


 小柄な体格も一回り大きくなっており、何より顕著なのがその両腕。


 緑色に変色した二本の腕は、まるでオーガなど筋肉自慢の魔物のように不自然なほど膨張していた。


 可笑しいなと落ちた瓶を見ると、零れ落ちる液体の色は紫色。


 自分が製作した栄養剤はこんな色をしていただろうかと首を傾げていると、足が瓶に当たり、そのまま川へと流れ落ちていった。


「……いや、確か私が作った栄養剤は黄色だった筈だ。ではこれは一体……はっ」


 思い出したように懐に入れていた他の瓶を見る。常に懐に入れている瓶は四種類。


 そのうちの一種類である栄養剤はそのまま残っている。その代わり、そこにはあるはずの液体、ドーピングドリンクA3。通称――。


「ド、ドドリアさんがない!?」


 つい先日、妙に高いテンションで作ってしまった薬品の一つである、ドドリアさんが無くなっていた。


 ドドリアさんの効果は飲んだ対象の身体能力を大幅に引き上げるという、まさに戦士達にとっては夢のような魔法薬。


 なのだが、副作用として見た目が醜悪な悪属性へと変化し、さらに理性が吹き飛び凶戦士バーサーカー化してしまう欠陥品でもあった。

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