第3話

「帰る家もない。今日を生きるためのお金もない。ないないない、ないない尽くしですよーワオッ、なんちゃってあははー……ハア」


 余りにテンションが下がり過ぎたせいか一週廻って可笑しな奇声をあげて、現実に戻り再び溜息。


 少女が一体何がしたいのかよくわからない。


 まあ、こんなに心地の良い日なのだ。変なのも湧くだろうとカールは自分の事を棚に上げて肩を竦める。


 しかし変なのは変なのでも、その身に宿している素材は一級品。


 手に持ったジャガイモとヤーモン肉の入った籠を地面に置き、少女の背後へと回り込むとその黒髪をじっと観察する。


 ――見れば見るほどいい髪だ。


 錬金術において同じ素材でもその品質によって完成品の質も変わるし、何より望んだアイテムを作れるかも怪しくなってくる。


 しかしこの髪の質は正に最高級と言ってもいい逸品だった。


 ブラックダイヤモンドのように見る者を魅了する黒色。


 そしてシルクのような柔らかくも張りのある艶といい、陽光を一身に受けて輝く光沢といい、錬金術師としての嗅覚が、本能がこの髪の毛を手に入れろと訴えかけていた。


 そして古来より少女の髪の毛には精霊が宿っていると言うが、傍から見ても黒いオーラを纏っているこの髪には特上の闇精霊が付いている気がする。


 錬金術師としての勘がそう囁いていた。間違いない。


「……ふむぅ」


 髪の毛を触ったり間近で見たりしているというのに、少女には反応らしい反応がない。


 どうやら完全に自分の世界に入り込んでいるらしく、怪しい素振りを見せるカールの存在に気付いていないようだ。


 気付かれない事を良い事に、カールは少女の三つ編みを解いたり、持っていた紐で両方を括ったり、馬の尻尾のようにしたりとやりたい放題してみる。


 最終的に元の三つ編みに戻したからいいものの、普通に考えれば変態行為といってもいい。


 そして高笑いをしながら髪の毛を弄繰り回すカールの存在に気付かない少女も少女である。


 腰まで伸びた一本の三つ編みが、少女の自嘲気味な笑いによってユラユラと尻尾のように揺れている。


 相変わらずその瞳は死んだ魚そのもので、どこまでも残念な気配を漂わせていた。


「世界に良い事なんて一つもないや。私なんて生きてる価値もないし、もうこのまま川に身投げして死んじゃおっかなぁ……ふふふ――」

「死ぬなんて勿体ないこと――」


 カールは揺れている黒髪をがっしり掴むと――


「言うんじゃない!」


 ――勢いよく引っ張った。


「ふっぎゃぁぁぁぁぁ!」


 あまりに突然の事態に動揺したのか、花も恥じらう乙女らしくない叫び声が辺りに響き渡る。


 さらに一気に仰け反ったせいか、乙女というか人間としてヤバイ体勢となっていた。


 が、二人にとって幸か不幸か周囲には誰もおらず、国を守る騎士達がやって来る気配はない。


 代わりに少女が涙目で動揺を隠せないまま涙目でカールの手を振り切って向かい合う。


「ななな何!? 何ですか!? 一体全体何なのよー!? なんでただ綺麗な川を眺めながら今後について考えてただけでいきなり髪の毛引っ張られるの!?」

「貴様がレア素材をドブ川に捨てるというから、ビックリして引っ張ってしまったではないか!」

「ビックリしたのは私の方だよ! っていうかレア素材って何!? そして貴方は誰!?」


 あまりに堂々と指差してくる男を不審者だと感じ取ったのか、少女は一歩後退る。


 そしてカールは間違いなく不審者である。少女の行動と叫びは正常なものだった。

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