第3話 対決! 魔神王幹部サイクロプス!


「…………」

「…………」

 

 互いに無言のまま街へと続く一本道を進む。

 デスナイトは少女クレアに対して一切興味無く、クレアはようやく冷静になったのか先程の行動を恥じらい、気まずそうにしながらもやや早足でデスナイトの後に続く。


「あ、あの、デスナイトさん……」

「なんだ」

「その、さっきはありがとうございました」

「……何の話だ?」


 クレアの礼にデスナイトは心底不思議そうに聞き返す。


「ガーゴイルから助けてくれたことです」

「……俺が、助けた?」

「はい。遺跡周囲の植生の調査でしたが、まさかガーゴイルが出てくるなんて……」

「俺は石像を壊しただけだ。お前を助けた訳じゃない」


 きっぱりとデスナイトは否定する。

 事実、クレアが石像と同様に敵対行動を取れば攻撃していた。

 デスナイトは騎士道精神を重んじる誇り高き邪龍騎士である。

 が、同時に冷酷な邪龍帝国の怪人でもあり、敵に対する容赦は無い。


「それでも、私が死なずに済んだのはデスナイトさんのおかげですから」

「……ふん」


 鼻を鳴らし、僅かに歩調を早める。

 クレアは置いてかれないようパタパタと足音を鳴らし、併走する。


 ――感謝など、人間にされたのは初めだ。

 

 これまで人間から聞いた言葉は罵詈雑言に怒りと怨嗟、そして敵意。

 それは強力な邪龍帝国の怪人であればよりそうした声は大きくなる。

 だからこそ、初めての「感謝」にデスナイトは内心で戸惑っていた。


「……む」

「どうかしました?」


 不意に鼻孔を擽った馴染み深い臭いに思考を中断し、デスナイトは足を止める。


「街が襲撃を受けている。黒煙と血の臭いだ」

「えっ!?」

「黒煙は風に流されているから上へ立ち昇っていない。何かが略奪と殺戮をしている」

「本当ですか!? じゃあ早く行かないと!」

「……貴様が行ったところでどうなる?」

「何ができるかはわかりませんけど、わ、私にできることがあるかもしれません!」

「……何か来たぞ」

 

 デスナイトが虚空を見据えて拳を握る。

 クレアはデスナイトの行動から警戒し、折れた杖を握り締めた。

 それから暫くした後、狼に跨った緑色の体表をした小鬼、ゴブリンが現れた。

 ゴブリンは狼を巧みに操り、槍を下卑た嗤い声と共に放つ。

 放たれた槍はクレアへと放たれたが、クレアは即座に呪文を唱える。


「水の聖霊よ。清流の力を持って我等を守り給え……〈防壁〉!」


 とぷん、と地面から染み出した滝の如き水壁がクレアの盾となり槍を弾く。

 ゴブリンは防壁に驚きつつも、手綱を操り防壁を避けてクレアへ襲い掛かろうとし――デスナイトの間合いに踏み入ってしまった。


「邪魔だ」


 デスナイトが拳を無造作に突き出す。

 しかし拳がゴブリンに触れるにはあまりに遠い。

 嘲笑うかのようにゴブリンが顔を歪めたのも束の間、拳から青い稲妻が放たれる。

 それは一瞬で狼ごとゴブリンを絶命させ、炭化させると同時に粉々にした。


「……濡れていた分、威力が増していたか」


 デスナイトは興味無さ気に呟く。


「えっと、詠唱無しで魔術が使えるのですか?」

「これは俺の技だ。魔術ではない」

「……まあ、転移者の方ですし、色々と理も違いますもんね」


 どこか羨むように、呆れるかのようにクレアは零す。

 口振りからそうしたこの世界の例外を耳にし、目にしてきたと窺えた。


「っと、それより早く街へ行きませんと!」

「……情報が無くなるのも面倒だ。掴まれ」

「へっ、えっ――わっ!?」


 掴まれ、と言いつつデスナイトはクレアの襟元を猫を扱うかの如く掴む。

 そして戸惑うクレアを無視し、飛び上がった。

 力場で模った赤黒い翼を広げて、デスナイトは空を駆け抜ける。

 邪龍の血を色濃く引くデスナイトの技能の一つであり、短時間であれば飛行が可能である。かつては主に部下を退かせる場合や巨大ロボに搭乗する際に使用していた。


「そんな――――」


 街の上空へと辿り着いた時、クレアは言葉を失った。

 辺境の水の都。

 そう評されていた街は炎に包まれ、見るも無惨に破壊されていた。

 住人や商人がは闊歩する街並みは、今や魔物の軍勢よる略奪と殺戮が横行していた。


「デスナイトさんっ、下ろしてくだ――」


 ゾクリと、背筋を凍らせる恐怖。煮え滾る怒りに言葉が遮られる。


 そこには表情のない顔でデスナイトが激しい感情を迸らせていた。

 片方しかない赤い瞳が睨むのは、魔物の軍勢が掲げる龍を模った旗。


「……何故だッ、何故我等の旗を奴等が掲げているッ!」


 激昂のままデスナイトは街の中央、鋪装された石畳を砕いて着地する。

 陣取っていた魔物の軍勢がデスナイトへ目を向けるも、稲妻で瞬時に炭化した。


「ほう、何者か? 冒険者ではないようだが……」


 しかしその中に剣で稲妻を防ぐ者が一人。

 単眼に一角の歪な鎧姿の魔物、サイクロプスが佇んでいた。


「俺は邪龍帝国皇帝の息子、邪龍騎士デスナイト。何故貴様らは我等の旗を掲げる」

「邪龍帝国……? 知らんな。これは我々魔神王の旗だ」

「ならば貴様の命と共に奪うまで!」

「良く吠えた!」


 瞬間、空気が破れた。


 黒煙を吹き飛ばし、互いの剣が交差する。

 サイクロプスの禍々しい魔剣と稲妻を収束させて拵えたデスナイトの光刃。

 切っ先が激しく衝突し空気を切り裂いて互いの命を奪おうと奔る。

 既に剣捌きはクレアの目に追えるものではなく、無数の残光による軌跡と僅かに遅れてくる音が壮絶さを物語っていた。


「っ、中々にやるではないか! この魔神王幹部たる私と互角とは!」


 サイクロプスの発言に、クレアは喉を詰まらせかける。

 魔神王幹部、それは即ち本来であれば勇者一行が対峙するような魔物。

 古文書曰く、魔神王幹部の一撃は、海を裂き、山を砕き、空を焼く程と言い魔神王の権能を分割したかのような恐るべき存在であるとされる。

 だがデスナイトはそれと渡り合う程の力量の持ち主であった。

 転移者のその多くは世界の理に縛られない存在と評されるが、クレアの想像を遥かに超えるものであった。


「互角だと? 見誤ったな!」


 デスナイトの赤い眼光が迸る。

 打ち合いの最中、光刃が溶けるかのように歪み――


 ――弾けた。


 収束され剣となっていた稲妻が無数の矢となってサイクロプスを焼き裂く。

 身悶えした一瞬の隙、デスナイトの鋼の如き拳が胸板に沈み、身体を吹き飛ばす!


「その程度の実力、聖龍戦士一人にも及ばん!」


 苛立ちを滲ませてデスナイトは告げる。

 そこには眼前の敵への苛立ち、かつての強敵への敬意が混在していた。


「ぐっ、恐ろしい強さだ……だが!」

「っ!?」


 サイクロプスは激痛に顔を歪めつつも口角を歪ませる。

 瞬間、背後から飛び出したゴブリンの槍が迫り――クレアの身体を貫いた。


 ……何故、あの娘を?


 その予想だにしなかった光景に、デスナイトの思考が僅かに止まった。


「隙ありぃっ!」


 サイクロプスが素早く剣を突き出す。

 デスナイトも即座に反応したもの、迎撃の拳は切っ先を掠めるだけで剣は深々と刺さった。


「ぐ、ぐううっ!」

「……貴様とあの娘の関係性はわからなかったが、気が逸れるくらいには役立ったな」


 サイクロプスが力任せに剣を引き抜く。

 火花にも似た青い鮮血が吹き出し、デスナイトが膝を付いた。


「何故だ、何故……」

「何故だと? 知れたこと。敵の弱点を突き――」


 デスナイトの呟きにサイクロプスは揚々と捲し立てる。

 しかしそれらは一切デスナイトの耳には届かない。

 今、デスナイトの心中を駆け巡るのは自身への疑問のみ。


 何故、俺はあの娘が倒れる姿に動揺した?

 出会ったばかりの娘。しかも世界は違えど敵対してきた種族の人間。

 どうでもいい存在……


 ……だからこそか。


 戦いの最中、俺はあの娘の存在を忘れていた。

 それ故に、奴が娘を人質のように利用するなど、予想もしてなかった。

 言わば空振りに驚かされたようなもの。


 ……ククク、ハハハハッ。

 邪龍騎士たる俺が、何とも間抜けなものだ。


「――では、死んで貰おう」


 ようやく喋り終えたサイクロプスが首を刎ねようと剣を振りかざす。

 だがデスナイトは自身のエネルギーを首もとに集中させ、防御を整える。


 虚を突き、討つ。


 自身がやられた手法によって倒す、既に意趣返しの準備は整っていた。


「死ねぇい……ん?」

「……なっ!」


 だが剣が振り下ろされる直前、サイクロプスの手が止まる。

 身構えていたデスナイトも、眼前のそれに思わず声を上げた。

 そこには、魔術による水の防壁が聳え立っていた。

 デスナイトが咄嗟に視線を向けた先には、血溜まりの中に沈むクレア。


「水の、聖霊よ……せ、清流の力を持って我等を守り給え……〈防壁〉」


 息も絶え絶えの詠唱によって作られた防壁。

 それは暫しの間、防壁として保たれていたが、サイクロプスがぞんざいに振るう一太刀で水溜まりへと変わった。


「無駄なことを、例え万全であったとして貴様程度の防壁。紙に等しいというに」


 サイクロプスが合図し、ゴブリン達がクレアへと槍を下ろす。

 悲鳴さえなく、肉裂く音と血溜まりがパシャパシャと音を鳴らすだけだった。


 ――あの娘、何のつもりだ?


 なぜ、あんな真似をした?

 無駄だとわからなかったのか? 自身の力量を過信したか? 

 

 なぜだ?

 

 なぜ?

 

 デスナイトの脳で疑問が渦を巻く。


 戦うことが全て! 力こそ全て! 勝利こそが我が全て!


 命を与えられた瞬間から散り行く最期まで、それがデスナイトの全てだった。

 故に、聖龍騎士共の言葉など理解出来なかった。

 そして今、自身の命を使い他者を守ろうとするクレアの行動が理解出来なかった。


 なぜ、なぜあの娘は間に入った?

 まさか、俺を守ろうと、した?


――誰かを想う気持ち。それが俺達を強くした。


 不意に、好敵手の言葉を思い出す。

 そうだ。奴等は時に身を挺して他者を守っていた。

 あの娘も、俺を守ろうとしたのか?

 だがどうして? 

 俺は怪人で、出会ったばかり。

 例え俺の存在に利用価値を見出していたとて自分が死ねば意味はないだろう。

 

 ……わからない。


 何一つとして、わからない。


 ならば、問い質すしかあるまい。


 俺の中で出ない答えならば、他者から得るのみ……っ!


「トドメだッ! ……なっ!?」


 サイクロプスが振り下ろした剣が、首元で止まった。

 刃に指を食い込ませながら、デスナイトが煌々と赤い瞳を迸らせる。。


「時間が無い。貴様は骨さえ残さん!」

「何をっ、この死に損な――」


 刃を素手で握り潰し、肉食獣が獲物へ飛び掛かるようにデスナイトが飛び掛かる!

 サイクロプスの顔面へ掴み掛かるとそのまま石畳みへ叩き伏せた。

 その一撃は容易く石畳みを砕き、周囲ごと崩落させた。

 ねじ伏せたまま落下した先は水路であり、キンと冷えた山からの雪解け水にサイクロプスとデスナイトは浸る。


「地盤が緩い、水源が豊富……ふん」


 道中での会話を思い出しながらデスナイトは鼻を鳴らす。

 もがくように抵抗するサイクロプスを抑えつけ、デスナイトは拳を振り上げる。

 その拳は眩い程に稲妻が充填され、溢れ出した電撃が水面を焼いていた。


「濡れている分、良く効くぞ」


 振り下ろした拳がサイクロプスの胸を貫き、稲光と共に轟音が響く!

 落雷の如き轟音と凄まじい威力による一撃。それは水の中であろうとサイクロプスの身体を瞬時に炭化させ、一撃で絶命させた。


「……言ったはずだ。骨も残さんとな」


 デスナイトはサイクロプスだった炭の破片に告げると、再び地上へと戻る。

 既に将が破れたことを悟ったゴブリンは逃げ出しており、クレアの周りには何も居なかった。


「……聞きたいことがある。起きろ」


 デスナイトは胸部から漏れる青い血を手に溜め、クレアへ注ぐ。

 青い血はクレアに注がれるや否や青い炎となり、全身を包んでいく。


「ぅ、ううん……」


 そうして暫くした後、傷一つ無いクレアが寝起きの如くゆっくりと身を起こした。


「あ、あれ、どうして。私なんで……?」

「邪龍の血だ。力を与え命を強くする権能がある。これで貴様の傷を治した」

「え、あ、ありがとうござい……」

「何故、あの時魔術を使った?」


 まだ僅かに朦朧とした意識のクレアの言葉を遮り、デスナイトは問う。


「あの時、ですか。だってデスナイトさんが、危ないと思ったので……」

「貴様、俺を守ろうとしたのか? なぜだ?」

「なぜって……なんででしょうか?」


 クレアは僅かに考えた後に小首を傾げる。

 その動作と答えに、デスナイトの赤い瞳が一瞬丸くなり、すぐに険しくなった。


「……自分でもわからず、あんなことをしたのか?」

「えっと、咄嗟に身体が動いた、って言いますか、なんというか」

「……ククク、ハハハハッ!!」


 デスナイトは思わず大声で笑う。


 咄嗟に身体が動いた?


 聖龍戦士共が散々口にしてきた言葉そのものだ。

 つまりは、こんな娘にも奴等と同じ素質が備わっていると言うこと。

 全く持って理解出来ないが、理解すれば俺は更なる強さを得られるだろう。


「……俺はこれから我が邪龍帝国の旗を掲げ嘯く魔神王を倒す。貴様は手を貸せ」

「へっ、わ、私ですか!?」

「俺が更に強くなる為には貴様のような者が必要だ。不本意だがな」

「え、えっと……わ、わかりました」

「良し。まず俺の剣を探す。情報が集まる場所に案内しろ」

「そ、その前に街の消火と救助を先にしないと!」

「どうでもいい。行くぞ」

「なら私一人でやります!」


 クレアはデスナイトから背を向け、駆け出していく。

 デスナイトは力任せに連れて行こうかと一瞬考え、思い留まった。


 あの娘のこうした聖龍戦士めいた行動、これが強さの源となるのでは無いか?

 そんな疑念が泡のように頭に浮かぶ。


「……まあいい。試してみるだけだ」


 デスナイトもクレアの後を追うように走る。

 誰かを守りたいと思う気持ち、未だデスナイトの心には実らず。

 あるのは強さを求める貪欲かつ純粋な想いのみ。

 その想いが、デスナイトの足を動かしていった。

 強くなる為に、強く在る為に。


 邪龍騎士デスナイトは、異世界を征く。



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邪龍騎士デスナイト、異世界へ。 押尾円分 @nakabata

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