第2話 デスナイト、異世界へ。
――なんだ。俺は、死んだはずだ。
混濁としながらも、途切れたはずの意識が吹き返したことにデスナイトは戸惑う。
残った右目を彷徨わせて、周囲を見やる。
新緑の木々の合間から差す柔らかな木漏れ日。
そして空に浮かぶのは二つの太陽。
……太陽が二つ?
デスナイトは景色に違和感を覚え、身を起こす。
身体は未だ深い傷を負っていたが、不思議と生命を脅かす致命傷は塞がっていた。
「……何が、起きた? ここはどこだ?」
現状を理解出来ず、デスナイトは再び周囲を見回し、一角の齧歯類と目が合った。
魔界でさえ見たこともない珍妙な生物にデスナイトは眉を顰める。
「…………」
一角の齧歯類が草陰に消えるのを見送ると、再びデスナイトは周囲を見やる。
自身が森の中で眠っていたこと、太陽が二つあること、珍妙な生物が存在する。
自身の生まれた魔界や地球とは大きく異なる環境だ。
「……デスカリバーはどこだ?」
ややあってデスナイトは自身の半身たる魔剣、魔界の名匠によって鍛えられたデスカリバーを紛失していることに気付いた。
自身の愛剣であるデスカリバー。近くにあれば気配を感じ取り呼び寄せられる。
しかし今は一切気配を感じず、呼び出しにも応じない。
「何が、どうなっている?」
意味不明な状況に苛立ちを覚えながらもデスナイトは歩を進める。
場所も状況もわからないのであれば、どう進んだとて変わらない。
「きゃあああああっ!」
そうして歩を進めていると、どこからか悲鳴が聞こえた。
デスナイトにとって、邪龍帝国にとって聞き慣れたそれに思うことは何一つ無い。
「近いな。丁度良い」
デスナイトは駆ける。身体は未だ全快からは程遠いが、日常動作に支障はない。
木々の中を駆け抜けて、石造りの朽ちた建造物が聳えた遺跡へと躍り出る。
そこには遺跡の中心を囲うように羽の生えた怪物の石像達が飛び回っていた。
そして怪物の石像へと白樺から切り出した杖を向ける一人の少女の姿があった。
淡い金髪に、端正だがまだ幼さの残る顔立ち。発育途上の起伏の少ない身体付き。
縋るように手に握られた白樺の杖は中心が折られており、紺色のローブは泥に汚れていた。
無論、少女が怪物の石像に襲われていることなど明白であった。
「まるで御伽噺だな」
不機嫌に告げ、デスナイトは遺跡の中央へずかずかと歩を進める。
瞬間、その場にいた全員の視線がデスナイトへと注がれた。
「俺の質問に答えろ。ここはどこだ」
ぎろりと、赤い眼光を光らせデスナイトが問う。
誰もが乱入者の存在に困惑したが、いち早く動いたのは怪物の石像達だった。
石造りの嘴から奇声を上げ、四方から鋭い爪を振るう!
鎧を裂き肉を断つ、鈍く重い攻撃。生半可な鉄鎧であれば拉げてしまう一撃だ。
「ふんッ!」
だがデスナイトの手刀はそれよりも圧倒的に速かった。
爪が迫るよりも速く、放たれた一閃は弧を描いて怪物の石像を切り裂く。
怪物は何が起こったのか理解することなく、二分割され地面を転がり砕け散る。
――先述の通り、デスナイトの身体は未だ全快からは程遠い。
しかし、デスナイトにとっての日常とは闘争。即ち戦闘動作に支障は無い!
「……もう一度聞く。ここはどこだ」
デスナイトが再び問う。
それは答えなければ怪物の石像と同じ目に遭わせるという脅迫めいたものだった。
「い、古代遺跡……です」
「知らん。わかるように言え」
「え、えっと……」
「邪龍帝国はどうなった?」
「じゃりゅうてい……すみません、よく意味が…………」
震える声の少女と問答を繰り返すも一向に要領を得ない会話が続く。
「……これでは話にならんのは俺か貴様か。わかったものではない」
デスナイトは苦々しげに告げる。
地球侵略を行い、世界各地にその名を轟かせた邪龍帝国。
それを地球人がその名を知らないというのは考えにくい。
そして少女の格好に、魔界でも目にしたことのない石像の怪物。
今までの出来事とこれら全てを総合すれば、思い浮かぶのは陳腐な答え。
「あの、もしかしてですが、違う世界から来られた転移者、でしょうか?」
「違う世界、転移者か……ククク、ハハハハッ! 馬鹿馬鹿しい!」
しかしそれを補強するかのように、少女は専門用語で恐る恐る尋ねてくる。
デスナイト自身も魔界の住人であり、地球人から奇異な目で見られたこともあった。
だが目が覚めたら創作じみた世界に転移したなどと、あまりに荒唐無稽だ。
「あ、あの! もし宜しければ街までご案内しますが、どう、でしょうか?」
「……俺を街に? 正気か貴様」
少女の提案にデスナイトの笑いが止まり、困惑めいて聞き返す。
しかし少女も困惑と戸惑いを浮かべて目を丸くしていた。
世界征服を企む邪龍帝国の怪人、邪龍騎士を歓迎しようとするなど……。
いや、そもそもこの少女は俺を怪人と認識していないのか。
「……言っておくがこれは仮面ではない。貌だ」
「えっと、それはどういう……?」
「中の人など居ない」
「…………えっ?」
少女の顔が徐々に強張っていく。
自分が何を相手にしていたのか、何を言っていたのか理解し出したのだろう。
であれば精々、邪龍騎士デスナイトという怪人の存在を広めればいい。
この世界で第二の人生などと宣うつもりはない。俺が求めるものは強さのみ!
デスナイトは踵を返し立ち去ろうとし、ガッと少女に手を掴まれた。
「……何のつもりだ」
「……ごい」
「なに?」
「すごい! すごいすごい! 生きた鎧なんて信じられません!」
少女は目を輝かせ、舐めるようにデスナイトの全身に視線を彷徨わせる。
指先を手に絡めさせ、背嚢から取り出した綿棒で体表を擦る。
デスナイトは予想外の少女の反応と熱量に、顔を引き攣らせていた。
「わぁっ、これって筋肉? それとも骨格が変異したもの? 一体なんでしょうか?」
「……おい。何のつもりだ?」
「あっ、す、すみません! 珍しくて、その、つい……」
我に返った、というより平静を取り戻したかのように顔を赤らめる。
しかしそれでいて綿棒を硝子瓶に仕舞う動作は丁寧そのものだった。
「……あの、それでなんですけど、やっぱり街に来ては如何でしょうか? 冒険者の中には転移者について詳しい方もいますし、色々とご説明も必要でしょうし」
「……設備の整った場所で俺の解剖でもするつもりか?」
「いえっ、そんな、流石に命の恩人にそこまではしないです!」
そこまでは、という言葉こそ引っ掛かるが、この少女と話す内にどこか毒気が抜けていくのも感じる。
それに少女の言うように、転移者とやらについて色々知っておくべきだろう。
自身の愛剣であるデスカリバーも早くこの手に戻したい思いもある。
であれば人、情報が多い場所へ赴くのは理に適っている。
「……わかった。街に案内しろ」
「はいっ! 辺境の街ですけど、山の雪解け水のおかげで水源が豊富な土地ですから清潔ですし。なので少し地盤が緩いところもありますが――」
「どうでもいい。案内しろ」
「は、はいっ! わかりました。えーっと……」
「……デスナイトだ」
「私はクレアです! よろしくお願いします!」
クレアはぺこりとお辞儀をする。
デスナイトは馴れない対応の連続に調子を乱されながらも、鼻を鳴らした。
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