第28話 アズリア、覚悟を決める

 ────コイツはここで止めないと駄目だ。 


 エボンの時にはまさか刃に致死毒が塗られているとは思っていなかったため、結果的には命を奪ってしまったが。その覚悟はしていなかった。

 だが、人を斬る狂気に染まった男を目の前にして、アズリアはその覚悟を決める。

 

「いいですよ、その眼だ。怯える弱者ばかりを斬っても張り合いがない。私が今以上の高みに昇るために、是非とも貴女にはその踏み台になってもらいますよ」

「あいにくと、アンタの踏み台にはなってあげられそうにはないねぇ……アタシにはまだやらなきゃいけないコトがあるからさ」

「貴女の都合は聞いていませんよ。それでも希望を叶えたいなら、貴女の剣で私を斬り伏せて叶えてみなさい」

「……ああ、そうさせてもらうよ」


 すなわち、目の前の男を殺す覚悟を。


 言葉を交わし終えると、アズリアは愛用の大剣を両手で構え、右眼に宿る「wunjoウニョー」の魔力を全力で解放していく。

 そして……

 

「アンタが見せてくれた神速と聖銀ミスリルのお礼に、アタシも面白いモノを見せてやるよ」

「……ほう?いいでしょう……足掻きなさい。全力の貴女を斬ってこそ本当の私の糧となるのですから」


 先程風の刃で斬られた頬の傷から流れる血を指で拭い取り、その血で大剣の刀身に魔術文字ルーンを描いていく。 

 そう。精霊界でのネモとの模擬戦で気付いた、火を宿す「kenケン」の魔術の応用。


「我、勇気と共にあり。その手に炎を────kenケン


 大剣に火の魔力が宿り、刀身が赤白く煌く。

 おかげで薄暗く視界が不十分だった地下が、大剣が光源となって良く視えるようになった。


「……貴女の剣も魔法剣でしたか。なれば私の剣が聖銀ミスリルだったから、などと負け惜しみを聞く必要も無い訳ですね」

「待たせて悪かったね……それじゃアタシも時間が惜しい。だから勝負は一撃で決める」

「はっ……出来るものならッ!」


 ベルドフリッツ聖銀ミスリルの魔剣を振るい、無数の風の刃を放ってくる。

 アタシは間合いを詰めるために石畳を蹴り、大剣の広めの刀身を上半身の盾にして風の刃から身を守る。だが防御を放棄した脚が何箇所か切り裂かれ、その痛みで突撃の速度が鈍る。


「はっ!捨身の特攻ですか!ですが貴女がそうくると読んで脚を狙ったのは正解でしたよ!」

「読みが当たったのなら距離を詰められた時点でアンタの負けさぁぁあ!」

「負け惜しみで振るった一撃など問題ではない!」


 確かに、ベルドフリッツの言うように読み合いはアタシの負けなのだろう。ならそれで構わない。

 斬られれば即座に致命傷になる上半身を庇い接敵出来た時点で、アタシはもうこの男を追い詰めている。

 何故ならば……これから振るう一撃は精霊竜ネモの鱗を砕いたアタシ最大の一撃。


「これで……終わりだああぁッッッ!」


 ベルドフリッツは敢えて斬り合いは挑まずにここは防御に徹し、アタシの一撃を受け流してからの斬撃で急所を狙うつもりなのだろう。

 だがそうはさせない。


「ぐががががががぁぁあッッッッ⁉︎

 ……な、なん、だ……と……ぉぉ……」


 アタシの一撃は聖銀ミスリル長剣ロングソードを両断し、ベルドフリッツの肩に入ったクロイツ鋼製の刃は肉を焼きながらそのまま真っ直ぐに胴体を斬り裂いていった。

 石畳に転がる聖銀ミスリルの剣先。

 胴体を縦一文字に斬られたベルドフリッツは流した自分自身の血溜まりにうつ伏せに倒れていった。


「ま、まさか……剣ごと斬るとは……」

「多分純粋に剣の技だけ競ったならアタシは勝てなかっただろうね。でもさ、ここは修練場でも騎士サマの試合でもない。何でもアリの殺し合いなんだよ」

「……そう、でした……ね……はは、は……」


 乾いた笑いを最後にベルドフリッツの身体は動かなくなった……もう二度と。

 命を奪った後悔はない。だが覚悟を決めても、後味が悪いのは如何ともし難い。出来ればあまり味わいたくない感覚ではあるが、シェーラが無事かどうかでもう一人同じ覚悟をしないといけないかもしれない。


「はぁ……はぁ……とんだ手間を食っちまったよ……早く屋敷に戻ってシェーラを探さないとね……」

 

 そんな暗い感情を持ちながら地下を後にする。

 ……シェーラ、無事でいてくれよ。

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