第27話 アズリア、神速の正体を見破る

「……な、何だいここは……地下室?」


 一階で待機していた護衛の連中と戦っていた最中に偶然見つけた床の薄い箇所。連中が全員逃げ出した後そこに大剣を勢い良く突き刺すと石床が抜けて崩れ落ち、地下にあった空間に落ちてしまった。


「うぷ⁉︎な、なんだい……この酷いニオイはッ」


 最初は葡萄酒ワインの貯蔵庫かと思ったが、どうも様子がおかしい。葡萄酒ワインの瓶や酒樽の類いは一切見当たらないし、この空間に漂う臭気は……まるで墓場や戦場のような、腐った肉と鉄臭い血の臭いだった。

 布切れで口と鼻を覆いながら、上に戻る階段や梯子がないかと地下の空間を探索してると、やっと目が暗闇に慣れてきたのか辺りを見渡せるようになり。


「……酷い有り様だ、こりゃ」


 どうやらここは地下に作られた牢獄のようだ。石壁で仕切られ、通路からは鉄格子で丸見えになった部屋には壁から伸びる拘束用の手枷に繋がれたまま息絶えていた囚人。

 でもあの囚人の服装は……街の住民が一般的に着ている服装だったり、革鎧など武装した人間もいる。

 それに、遺体には無抵抗なところを剣で斬られたような大きな傷があったり、壁を爪で引っ掻いたり乱暴された様子もある……この遺体は一体。

 

 すると奥からカツン……カツン……と、階段があるのか上から誰かがこの地下に降りてくる靴音が聞こえてくる。

 

「望まぬ来訪者……この地下を見てしまいましたね。これであなたを生かしておく理由はなくなりました。大人しく剣の錆になりなさい」

「……アンタが、噂の神速かい?」

「いかにも。私はベルドフリッツ、人は私のことを神速とも、剣匠卿とも呼ぶ」


 確かに。漂ってくる殺気は上にいた連中なんかより遥かにこの神速とやらが格上な存在だと教えてくれている。

 スラリ……と剣を鞘から抜き放つ音が聞こえる。


「私は楽しみなんですよ。先日、あの冒険者組合ギルドで登録を飛び級したという女の噂を耳にして。私でさえ最初は5等フィフスから始めたのに、です」


 音のする方向へ歩いていくと、角灯ランタンのぼんやりとした明かりに照らされた一人の男が淡く光る刀身の長剣ロングソードを抜いたままコチラを待ち構えていた。

 見た目は銀髪に眼鏡をした優男で、黙ってさえいれば街の女連中が黄色い声をあげそうな容姿をしていた。

 

「ベルドフリッツとか言ったね……アンタのその剣、もしかして……聖銀ミスリル製か?」

「ご名答です。ランベルン伯のツテで購入したものですが、値が張りましたね……コレは」


 聖銀ミスリル

 美しい銀色の光沢を持つことから聖銀とも呼ばれ、硬度と軽さ、そして魔力融和性に優れ。魔力を通すと加工が容易なことから聖銀ミスリル製の武具は総じて魔力が付与されていることが多い。 

 ただし希少な鉱石なため聖銀ミスリル製の武具は例外なく相当な高値で取引される。


「ですがおかげで私はこのようなことも出来るのですよ……ふんっ!はっっ!」


 ベルドフリッツの剣が二度、空を斬ると。

 肩当てを装備していない右肩口と頬に赤い線が走り、やがて開いた傷口から血が噴し、ポタポタと石畳に流れ落ちた。


「……風の、刃」

「ご名答です。この聖銀ミスリル剣は風の魔力を持っていましてね。それが私の剣の腕の組み合わさると……飛ぶ斬撃、とでも言いましょうか。この技こそ私が神速と呼ばれる由縁なのですよ」


「それも、牢の中の人間を斬って会得したと?」


 証拠はない、あくまで推測だ。

 だが、幾つかの遺体にあった斬撃痕、あれは間違いなくコイツが付けたものだと向き合ってみて確信した。

 何故なら、この男の眼は……戦場で見かけた、人を斬る悦びに堕ちた奴らと同じ腐った眼をしていたから。


「はははっ!全てお見通し、ということですか?その通りです。彼らには私の剣の練習台になっていただきました……彼らも私の剣の糧となって生きられるのです、本望でしょう?」


 さも当然だ、というような笑みを浮かべながら。

 確かにベルドフリッツの眼には狂気が宿っていた。

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