第26話 アズリア、無双する

 王都の中央区にあるランベルン伯爵邸。


 鉄柵状の大きな扉のある正面口には、夜更けにもかかわらず門番の護衛が立っていた。しかも四人。護衛が辺りをキョロキョロしながら警戒している様子を見ると、一応連中も屋敷へ強襲する可能性は考えているのだろう。

 

「どうせ全員まとめて叩き潰すんだ。堂々と正面からお邪魔しようじゃないか」


 隠密行動を取るならdagazダガスを発動させ、闇を纏いながら裏口辺りからコソコソと侵入するのが定石なのだが。

 今回の目的はただシェーラを救出するだけじゃなく。二度とシェーラとランドル達に手を出せないよう徹底的にやる必要があった。

 だからこそ、全ての障害を粉砕しての正面突破。


「おい貴様!貴様がルドガー様の言っていた女冒険者だな!ここにな────」

「ぐだぐだと警告してる暇があったら攻撃しろよ……アンタらの前に立ってるアタシは侵入者なんだよ?」

「お、おいっ!な、何なんだコイツは?武器も持ってないのに一撃だと……!」


 当然ながら右眼の筋力増強ウニョー魔術文字ルーンは既に発動済みだった。全力ならば精霊竜の鱗にすらヒビを入れるほどの膂力で手加減無しで拳を振るえばどうなるか。

 答えは……殴られた護衛が倒れ、そのまま沈黙してる時点でお察しだろう。


 拳だろうが。蹴りだろうが。

 今のアズリアの攻撃をまともに喰らえば、並の護衛程度ではひとたまりもないのだ。


「うう……あががが……」

「ば……バケモノぉ……」

「はっ、これでも半分程度で抑えてあるさ。アタシが全力でアンタらを殴ったら問答無用で死んでるよ。それに……こんな奴らでも殺したらシェーラが泣くだろうし」


「────やはり並の護衛では相手になりませんか」


 すると奥から黒装束を纏い、顔を半分以上覆い隠しながら姿を現したのは……エボン。

 しかも姿を見せたのと同時にこちらの足元と頭目掛けてナイフを投擲してきた!


 月明かりしかない暗闇では、ナイフが反射する月の光だけを頼りに避けるしかない。横に飛んで足元に飛んできたナイフを避け、頭狙いのナイフを籠手を装着してある左腕で叩き落とす。

 ………………殺気ッッ⁉︎

 思わず頭を後ろに逸らすと、何かが頬をかすめてアタシの背後にカラン……と甲高い金属音を立てて地面に落ちる。

 あれは……刃を黒塗りにしたナイフ。


「……私の月影すら避けますか。化け物め」

「あらかたそのナイフにゃ、ヤバイ毒でも塗ってあるんだろ?」

「それは企業秘密ですのでお答え出来ませんな」

「……ならアンタの身体で試すよ」

「出来ないことを言うものでは…………はぐぅ⁉︎」


 間合いを詰めようと動くアタシから、間合いを維持するために遠ざかるように動いていたエボンが突然呻き声をあげて脚を止めた。

 アズリアが指を鳴らすとナイフを覆った闇が解除され、そのナイフはエボンの太腿を貫いていた。

 そう。アズリアはエボンが投げたナイフを一本拾い、間合いを詰めるフリをしながらそのナイフに「dagazダガス」の血文字を描いて闇を纏わせ投擲したのだ。

 つまり黒塗りのナイフを投擲したエボンと同じ技をエボンに放ったのだった。


「まさか……自分の技を、真似され……ると……は」


 エボンは顔色を紫色から土気色に変えてその場に倒れると口から泡を吹いて、しばらくは手足をビクンビクンと痙攣させていたが。

 しばらくするとそのまま動かなくなった。


「……これだから暗殺者と戦うのは嫌なんだよ」


 邪魔がいなくなったのを確認して、そのまま庭を歩き玄関の木の扉を蹴り破る。

 すると、入り口から入ってすぐの一階のホールには完全武装したランベルン家の護衛……に混じって2等セカンド3等冒険者サードが、およそ30人ほど待機していた。


「お、おいっ?エボンさんはどうしたんだよっ!」

「何だ、殴り込みに来たからどれだけ強いのかと思ったら4等冒険者フォースドじゃねえか!」

「いくらエボンさんがいなくても……こ、こっちは数で圧倒的にゆ、有利だ。囲め囲め!囲んじまえば楽勝だぁ!」


 エボンの事が気になっているようなので。

 蹴破って玄関から丸見えになった庭で倒れて動かなくなったエボンを親指で差す。


「用があるのはルドガーとかいう馬鹿息子と神速?とか名乗ってる1等冒険者ファーストだけだ。一応アタシにも慈悲の心ってヤツはあるから────


 死にたい奴はともかく、逃げたい奴はとっとと消えな」

「……う、うるせぇぇ!このあばずれがぁあ!」

「およ。誰も逃げないとは大した忠誠心だねぇ」


 背中の大剣で薙ぎ払えば早く決着は着くのだろうが、それでは確実に連中を殺してしまう。

 エボンは生かし損なったが、それは致死毒を使ったエボンの自業自得だ。アタシは悪くない。

 反省は後だ。まずは大斧を構え向かってきた男の持ち手を蹴り潰して武器を落とし、装備を解除させた男を抱えて持ち上げると。

 背後から斬りかかろうとしていた連中に男の身体を投げつけて全員まとめて転倒させた。

 

「な、何なんだこの女っ?」

「全員下がれっ!一旦仕切り直しだっ!」


 包囲網を維持するために体勢の立て直しを指示しているのは正解だ。問題は、包囲された相手が立て直している時間をただ呆然と待ってくれるわけではない、という点だった。

 まずアズリアはその指示を出した男がこの連中の司令塔的役割と確信し、その男を目標に全速力で接敵する。


「アンタを潰せばあとはバラバラ、だろ?」

「こ、コイツ……悪魔か?」


 接敵したと同時に腹に膝を叩き込む。苦痛で身体を曲げて頭の位置が低くなったところに、一度軸足で身体を一回転させ遠心力を乗せた蹴りを顔面に喰らわせ、そのまま男の身体は壁に激突し。

 吹き飛んだ男はその場から立ち上がってはこなかった。


 司令塔が潰された上にそのやられる様を全部見ていた連中の脳裏に浮かんだのは、


 こんな凶悪なバケモノに勝てるわけがない。


「うわあああ!」「逃げろ!殺されるぅぅ!」「俺はもうランベルンとは関係ない!」「戦いたいヤツは勝手に死ね!俺は逃げる、逃げるぞ!」「バルガスさんはどこ行ったんだ畜生!」「エボンさんが勝てない相手に勝てるわけねぇ!」「俺たちは敵に回しちゃいけない女を敵に回したんだ……あわわわ」

 

 連中は蜘蛛の子を散らすように一目散に玄関から庭へ、そして敷地外へと逃げ去っていった。



 余談だが。

 この後しばらく、シルバニア王国を根城にする犯罪組織の間に「赤髪の女を敵に回すな」という不文律が出来たのは、今夜の一件を目撃し逃げ出したきた連中の恐怖体験が元になったという噂だ。

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