第25話 ランベルン伯爵という男

 ランベルン伯エドワードは凡庸な男だったが、能力に合わず欲望だけは人一倍強かった。

 彼は何とか伯爵位以上の強大な権力を手に入れるために、祖父や父の代が積み重ねていたランベルン家の資産の半分を国の軍務総督であるラモン侯爵に献上したことで、侯爵の娘を側室として娶ることが出来た。


 彼には正妻がいたが、厳格で節約志向の祖父や父に教えを受けたのか、あれこれと金の使い方に口を挟むようになった。

 だから産後の肥立ちが悪かった、という名目で毒殺した。嫁ぎ元の伯爵家には葬儀の際に少なくない金を積んでやったので、それ以上追求されることはなかった。


 新しく側室となった侯爵の娘ミケーレはとにかく浪費家で、ドレスに装飾品、さらには勝手に屋敷を増築したり別荘を建てたりとやりたい放題だったために残りの半分の資産もみるみる減り、5年も経った頃には我が家の資産はすっかり底をついてしまった。

 減った分は領民から搾取すればよい。

 領民への税を六割から八割へと増やし、軍務総督の名前を使いラモン侯爵一派の子爵以下の貴族から支援金という名の賄賂を頂戴することで、何とか我が家の資産は上向きになると思われた。

 だが、ここで想定外だったのは、税を払いきれずに領地から逃げ出す領民が続出したのだ。その知らせは他の貴族にも伝わったようで「領民が逃げ出すような領主に賄賂を贈っても利はない」とランベルン家への支援金は次々に断られてしまったのだ。


 減り続ける資産に途方に暮れていた彼に声をかける者が現れた。

 1等冒険者ファースト"神速の"ベルドフリッツ。

 そして元王国の工作員のエボン。

 二人はエドワードに、ランベルン領での違法麻薬の原料となる植物の栽培、そしてその労働力に4等フォースド5等冒険者フィフスを嘘の依頼で捕獲し、奴隷として強制的に従事させる計画を持ち掛けてきたのだ。

 万策尽きていたエドワードはその計画に乗る。

 情報の漏洩や脱走した奴隷の処理はエボンの専門分野だったし、ベルドフリッツの1等冒険者ファーストとしての名声は嘘の依頼を信じ込ませるのに役に立った。万が一にこの秘密が露見しかかっても、大概の情報であれば貴族特権を使えば口封じは可能だし、最悪エボンに暗殺を命令すればよい。


 こうして一大犯罪組織化したランベルン家は麻薬や奴隷の売上金、そして領民が逃亡した際に掌返しをした貴族らの秘密をエボンに調べさせて脅迫し、約束した時の数倍の支援金を贈らせたことで莫大な資産を取り戻して今に至る。

 ランドルの情報網でも、まさかここまでランベルン伯爵家の闇が深かった事までは調べようもなかった。

 

 その息子ルドガー。 

 彼は今、エボンに命令して夜会に乗じて誘拐してきたシェーラを王都の屋敷の一室でベットへと寝かせていた。誘拐した際に薬を使って眠らせたとエボンから聞いてはいたが、シェーラはぐっすりと眠っており、起きる気配は一向にない。

 シェーラの寝ているベッドへと座り、胸に溜め込んでいた歪んだ想いを吐き出していく。


「ああ……ようやくボクの元へ来てくれたねシェーラ。最初に出会った時、キミがボクの前で氷魔法を使って優秀さをアピールしたのは正直腹が立ったよ……平民の娘が、ってね」


 彼は懐から何やら魔法の文字が刻まれた首輪を取り出すと、その首輪に頬擦りしながら。


「でもこの首輪があれば、キミも領主を主とも思わない領民やクズ冒険者どもと同じように奴隷ペットとして可愛がってあげるからね……シェーラ」


 その首輪をシェーラの首に嵌めようとするが、


「おっと、何も知らない内に奴隷ペットにしたんじゃ面白くないからね、残念だけど。まずシェーラには地下牢を見てもらってから、領内を案内して自分がこれからどうなるのかを自覚して、絶望感を味わってもらわないとね」


 この屋敷には入り口を巧妙に隠した地下牢が存在する。主に使用しているのはルドガーだが、地下牢の存在はバルガス、エボン、そしてベルドフリッツの三人以外には教えていない。

 彼は自分が気に入らない人間や、逆に見た目麗しいと不幸にも彼の目に叶った女性をバルガスやエボン、ベルドフリッツを差し向けては誘拐し地下牢に閉じ込めると、連中も加わって死ぬまで拷問し弄んだ。


 バルガスは男女問わず犯して乱暴していた。 

 エボンは薬の実験を。

 ベルドフリッツは剣技の練習に何人も斬り殺していた。


 だが、さすがにシェーラを殺すつもりはない。彼女には表面上は妻でいてもらわないとアードグレイ男爵から金を搾り取れなくなってしまうからだ。


「キミはどんな絶望の顔を見せてくれるかな?それとも……最後までその気丈な表情を崩さずにボクを睨みつけてくるのかな?……ふふ、楽しみだ」

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