第29話 アズリア、馬鹿息子に罪の数を教える

 戦闘時の緊張が解けると途端に脚の傷が痛み出しまともに足が動かなかった。


「うわぁ……地下は暗かったからよく見えなかったけど、こりゃ酷い傷だわー……」


 よく見れば防具を装着してない右脚は数箇所斬られていて、うち一つはかなり深く斬られたようだ。慌てて布を傷口に巻いて止血するがなかなか出血が止まらない。

 とりあえず応急処置を終え、痛む右足を引きずりながら一階のホールにある階段を登り、二階を粗捜ししていく。


「この足じゃ……事が済んでも、衛兵が来たら逃げられないねぇ。まぁ、そこはなるようにしかならないんだろうけど」


 貴族の屋敷に殴り込み大暴れしたのだ。

 ランベルン伯爵には誘拐、地下室への監禁、殺人など余罪はまだあるだろうが、アズリアも貴族への反逆行為で拘束、投獄は免れないだろう。最悪、国が貴族を庇って罪をアズリアに押し付ける可能性だってあり得るのだ。


「この国のお偉いさんがそこまで馬鹿じゃないとは思うけど、あの馬鹿息子が野放しになってるのを見たらそこまで楽観的にも思えないんだよねぇ……」


 ……ん?

 二階のとある部屋、閉まった扉の向こう側から物音が聞こえた。屋敷の部屋の配置から誰かの寝室か何かだろう。

 とりあえず、警戒しながら扉を開ける。

 すると警戒して地下の時のように大剣を盾代わりに構えていたのだが、その刀身に何か金属音が響いた。

 足元には十字弩クロスボウに使う短矢クォレルが。


「う……嘘だろ?この距離で十字弩クロスボウ撃って……何で死なないんだよ!お前は一体何なんだよ!」


 灯りのない部屋の奥には、十字弩クロスボウを発射した構えのままアタシを見て怯える馬鹿息子ルドガーと。

 部屋の端にあるベットに寝かされているシェーラの姿を見つける。外傷もなく襲われた形跡もなく、どうやら最悪の事態だけは避けられたことにホッと一安心した。

 

「おい!バルガスはどうした!エボン!侵入者だ!急いで排除しろっ!ベルドフリッツ!別途に報酬を出すからこの女を斬れ!

 ……どうした?何故誰も返事をしない?」


 事情を飲み込めていない馬鹿息子ルドガーはアタシに憎しみの視線を放ちながら、撃ち終わったクロスボウを投げ捨て腹心の護衛の名前を呼び続けていた。

 滑稽だね、そいつらはもう二度とアンタの呼び掛けには応じないってのに。


 いい加減黙ってもらいたいので、シェーラに何か悪さをしないように馬鹿息子ルドガーと彼女の間に右脚を引きずりながら移動し。

 馬鹿息子ルドガーの顔面に一発拳を叩き込む。


「残念だけど、エボンも神速サマも……下で永遠にぐっすり眠ってもらってるよ。もうアンタを守る人間は誰もこの屋敷には残っちゃいないさ」

「う、嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だっ!」

「しっかし……アンタもイイ趣味してるねぇ。この騒ぎで駆けつけた衛兵があの地下室の惨状を見たらどういった反応するか楽しみだねぇ?」

「し、知らないっ!地下室などボクは……」


 さっきの一撃はシェーラの分だ。

 だから、シラを切り続ける馬鹿息子ルドガーの脚のつま先に、ベルドフリッツの持ち物だった聖銀ミスリル剣の折れた切っ先を突き刺してやる。


「ぎゃあぁぁあ!痛い痛い痛いぃぃ!」

「これはウェスタの分」

「……はぁ?だ、誰だよウェスタなんて名前ボクは知らな……」

「自分が殺した相手の名前くらい覚えておけよ……このクソ野郎」

「やめろおおお!おごおぉぉ死ぬ死んじゃう!」


 つま先に刺した剣の破片を深くねじ込む。 

 力を込めるたびに絶叫しアズリアをどかそうと必死になって抵抗するが、貴族とアズリアの筋力の差は歴然としていて当然微動だにしない。


「た……たしゅけてぇ……ち、ちちうえぇぇぇ〜」

「泣いても誰も助けに来ないっていったろ?……それじゃアンタとも永遠にサヨナラだ」

 

 拳を振り上げたその時。

 ……その右腕を優しく包む温もりを感じた。


「そこまでよアズリア」


 その声の主がこんなところにいる筈がない。

 そう思いながら声のするほうを見ると、空を浮きながら右腕に抱きつくその姿は紛れも無くあの精霊樹の主、ドリアードだった。


「……し、師匠⁉︎で、でもどうして……?」

「もう駄目じゃない、こんな無茶な戦い方して……あとあんな手紙一枚で済ませようだなんて薄情ねー」


 ドリアードが右脚の傷を見かねて魔法を唱えると、緑色の光に包まれた右脚の傷が瞬く間に塞がっていく。


「どうして、じゃないわよ。あの子供達にアズリアからの手紙を貰ってから散々探し回ったんだからね!まったくもうこの娘ったら!」

「い、いや……あの、それは……」


 実はアズリア、ドリアードはあの精霊樹の周囲にしか存在出来ないものだと勝手に勘違いしていた、なんて今さら言える状況ではない。

 

「……後でゆっくり事情は聞くとして、まずはそこにいるシェーラとかいう子供を連れて行きましょう。この貴族とやらには後でキッチリとお仕置き・・・・しておくから・・・・・・

 

 



 ────後日談となるが。


 ランベルン伯爵邸が何者かに襲われ屋敷は半壊、護衛連中の被害は多数。執事長のエボンと1等冒険者のベルドフリッツが殺害されたという情報は、王国の諜報部によって隠蔽された。

 というのも、屋敷の地下から見つかった遺体や書類などからランベルン伯爵が犯罪行為に関与した疑惑が出てきたからだった。

 伯爵は「全部息子のルドガーが勝手にやったこと」早々に責任を息子と死人に押し付け尻尾切りし、爵位を剥奪までは免れたが、二段降格され男爵位となってしまった。

 ルドガーの罪状は表沙汰には出来なかったので法で裁かれることはなかったものの、この日よりルドガーの姿を見たものは誰もいなかったという。

 エドワードは男爵に降格されたものの領地没収はされなかったために、今では王都の屋敷跡を売り払い自領内に引きこもってしまったようだ。


 だが、隠蔽されていた犯罪を白日の元に晒した功績はあるものの、さすがに貴族の屋敷を強襲し壊滅状態に追い込んだ能力を王国議会と諜報部は問題視し。昼間の乱闘騒ぎやアードグレイ男爵家所有の鉱山からゴールドリザードを討伐した話、そして数々の目撃情報からアズリアの身元はすぐに判明し。


 アズリアは王国から指名手配となった。

 

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