第22話 ランドル、その苦悩

「あなた、本当に出席するんですか?」


 妻のマリーが浮かない顔をして私に尋ねてくる。

 いや、尋ねるというよりはきっとマリーもこの夜会に出席するのに気乗りしていないのだろう。何も気にいったドレスがないとか、そんなたわいも無い理由ならどんなに良いか。


 元々は私もマリーも平民出身で、商会を預かる長として国王と懇意にさせてもらい、何個か依頼を請けた功績が認められ爵位を王より贈呈されたのだった。


 最初は爵位を戴き有頂天になった時期もあった。だが時間が経つにつれ、爵位を持つ有利性よりも面倒さが増していった。それも加速度的に。


 まず、我が家よりも経済的に不自由ながら爵位が上の連中は、ある者は爵位を傘に着て支援金を強要し、またある者は他者の悪口やおべっかを使い擦り寄ってくる。  

 もちろん私は商人だ。だから関係を持って利があると踏めば支援だってするし、利よりも害のほうが勝ると判断すれば関係は持たない。今まではそれで済んでいた。


 ところがここ数年ほど、あの連中は攻め方を変えてきた。もっと言えば落とす対象を私から娘のシェーラに変えてきたのだ。


 俗に言う政略結婚というヤツである。


 ちなみに私とマリーは恋愛の末に結婚した。だからシェーラの相手も平民、貴族関係なく、シェーラが好きだと思った相手と結ばれて欲しいと父親として願っている。

 

 ここで登場するのがランベルン伯爵家である。長男のルドガーとシェーラとの婚姻を何度断りの手紙を送っても申し込んでくるのだ。

 あの家は領地開発が遅々として進んでおらず、先代まで貯め込んでいた財産も今の当主であるエドワードと側室、息子のルドガーの散財で火の車だと調査結果が出ている。

 エドワードの正妻はルドガーを産んですぐに病死してしまい、それが息子を甘やかす要因になっているようだ。


 だからといってあの性格や気質を容認は出来ない。最初こそ一度顔合わせしてみようという話になり、シェーラにルドガーを会わせてみたのだが。


 ────結果は酷いものだった。


 ルドガーが自分が1歳年上なのと伯爵位であることを誇示し、また魔法が使えるシェーラに嫉妬したのか、あろうことかシェーラに手をあげたのだ。

 私は怒りのあまり怒鳴り散らしたい気持ちを何とか抑えて、ランベルン伯にはルドガーを連れ出してもらいそのまま丁重にお引き取りいただいた。


 だが、この話はこれで終わらなかった。

 ランベルン伯はこの一件があった後も婚姻の申し出を続けているのだ。何という厚顔無恥。


 今夜の夜会は表向きは軍務総督を務める侯爵の名前で開催されているが、その侯爵の娘は現在ランベルン伯の側室になっている。

 つまりこの夜会に出席するとなると、ランベルン伯やルドガーと遭遇するのはほぼ確実、というよりわざわざ男爵位の私達を招待したのは夜会でシェーラとルドガーの政略結婚を無理やりにでも容認させようという意図なのだろう。


 その意図を知ってか知らずか、マリーは「出席を断ろう」と暗に言っているのだが、仮にも軍務総督であり侯爵の夜会を欠席するとなると我が家の立場が悪くなるのは確実だ。


 商業組合ギルドは毎年少なくない金額を国に献上しているが、騎士団や軍の維持費には相当の費用がかかる。毎年軍務局からは組合からの献上費を上げろと圧力をかけてくるが、その盾となり板挟みされているのが……何をかくそう私なのだ。

 軍務総督の私への印象が悪くなれば、その圧力は増し私では防げなくなってしまう。そうすればこの国の商人はこぞって他国へ逃げ出すかもしれない。


 北の帝国や西の砂漠地帯はともかくとして。

 東には魔導王国ゴルダ。

 南には機械帝国ロータス。

 豊かな国は何もここシルバニアだけではない。


「あなた。シェーラが帰ってきましたよ」


 そう言えばシェーラは今日一日、アズリアと一緒に王都を散策しに行くと言っていたな。 

 

 アズリア。

 商談の帰路に王都の入り口で行き倒れになっているところを気紛れで助けた一人旅の女戦士。

 いや、気紛れなんかじゃない。あの背負っていたクロイツ鋼製の立派な大剣を見ての打算的な行動だったのは認める。

 そして、その打算は見事に的中した。

 いや、それどころか彼女は想定以上の結果を出してくれたのだった。


 だが彼女は、通常の冒険者や戦士ならば欲しがりそうな、財産や名誉といったもの全てを固辞した。

 多分ここで、無理に繋ぎ止めておこうと策を凝らした途端に、その鎖を引きちぎって彼女はこの国から逃げていくだろう。

 私は、いや俺は……アズリアとは「友人・・」でいることを選択した。

 

 だから────彼女には頼めない。


 本音を漏らせば、依頼としてランベルン家との問題がある程度解決するまでシェーラの護衛を頼みたい。彼女ほどの腕があれば十分だからだ。

 だが、アードグレイ家と他の貴族との確執に彼女を巻き込みたくない。


「仕方ない、本当に気乗りしないが……」 


 シェーラを守るのは父親である私の役目だ。

 私は守ってみせる。

 娘を。

 家族を。

 自分について来てくれる商人たちを。


 












 だけど、なあ……アズリア。

 もし……もしもの話、俺の力ではどうしようもなくなった時には……友人としてお前さんに頼るのを、どうか許してはくれないだろうか……?

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