第21話 アズリア、貴族の護衛を返り討ちに

 男は散々吠えた後、顔めがけて渾身の右拳を振るってきたが、アタシはその拳を右に身体を捻りながら左手で男の右腕を外側へと捌いて避ける。

 アタシの目の前には隙だらけの男の身体がどの箇所も狙い放題。


「精々、一発で倒れてくれるなよ……なッ!」


 男は被弾することは覚悟して痛みを耐えようと歯を食いしばる。が、アタシはこの右眼に宿る魔術文字ルーンのおかげで、魔術文字ルーンを発動するまでもなく元々の筋力自体が増強されているのだ。


「ぶげェェェェ!ゴフっ……な、なんだコイツのこぶ……へらぁぁあ!」

「おっと……まだ倒れてくれるな……っての。最後のコイツは……シェーラの分だよっ!喰らいなっっ!」

「ぐっっはぁぁああ!」


 顔面。胸板。腹、と拳を怒りにまかせて男に叩きつけていく。一発拳が男の身体にめり込むたびに口から苦痛のうめき声と血を吐き、最後の一撃を腹に入れるとその場に崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。

 ふと横から殺気を感じて身を翻すと、痩せ型の男エボンが両手で持ったナイフを投擲したらしく、ちょうど今アタシが立っていた場所にそのナイフが二本刺さっていた。


「残念。まさか4等フォースドごときがアレを避けますか」


 得物を持たない乱闘騒ぎから、刃傷沙汰になったことで遠巻きに見物していた店の客やら通行人らは蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げてこの場から走り去っていった。

 この様子だと直に衛兵がやってくるだろう。それはどうやら向こうも気づいてくれたようだ。


「ルドガー様……そろそろ衛兵が来ます。ここは一度退きましょう。あまり騒ぎを大きくすると旦那様に知られてしまいます」

「ぐぬぬぬ……平民ごときに背中を見せるとは。いいかシェーラ!お前がどんなに逃げ回ろうと、いずれはこのルドガーの従順なペットにしてやるからな!」


 ランベルン家の紋章が入った馬車がこの場から去り、入れ替わりにやってきた衛兵の連中に騒ぎの原因と倒れたままの男を突き出してやった。


「あははは!あの貴族サマの顔ったら爆笑モノだな」「何が平民風情だ!なら一生屋敷に篭ってろ!」「いやあ、すげぇ強いな姉ちゃん。惚れ惚れしたぜ!」「あの護衛ってバルドスだろ?」「え?バルドスって前回闘技祭でいいとこまでいった?」「でもあの貴族ってランベルン家だろ……」


 最初はアタシが王都の出身でないことで疑いの目で見られていたが、シェーラを始めとして事の一部始終を見ていた大勢の客の証言でアタシへの疑いは無事晴れたようだ。

 まあ、それでも。さすがに衛兵長から厳しく注意され、街中で乱闘騒ぎを起こした罰金として金貨一枚を支払うこととなってしまったが。

 帰り際に衛兵の一人から、こう忠告を受けた。


「ランベルン伯の長男ですよね、最近そういった癇癪かんしゃくをここ以外でも起こしてるみたいなんで。ランベルン伯もあまり良い噂を聞かない方なので、くれぐれも気をつけて下さいね」

 

 その衛兵に情報を教えてくれたお礼に銀貨を一枚手渡してから、衛兵からの質問と衛兵長の長い説教の間待ってくれていたシェーラに申し訳なくなり頭を下げる。


「な、何でお姉様が謝るんですか?」

「あの野郎の汚い手からシェーラを守ってやれなかったんだ。アタシが謝るのは当然だろ」

「ふふっ、私はお姉様が怒ってくれたから大満足ですわ」


 すると、シェーラが辺りをキョロキョロと見渡して、やがて露天の屋台の一つへととてとてと小走りで向かっていく。


「それならお姉様。私、今日お姉様とデート出来た記念にこの髪飾りを買って欲しいです」


 それは鳥をモチーフにした銀細工で、目の部分には小さい宝石が嵌め込まれている髪飾りだった。

 値段は銀貨5枚と少々値が張るが、色々と嫌な事があったシェーラの機嫌が良くなるのなら安い買い物だ。

 早速、露天商に銀貨を支払い髪飾りを購入すると、その髪飾りをこの場でシェーラに着けてあげた。


「ありがとうございますお姉様。私、この髪飾りを生涯の宝にしますわ」

「生涯だなんて大袈裟だねぇ」

「むぅ、大袈裟なんかじゃありません」

「な、なんで髪飾りプレゼントしたのにむくれてるのさ?」

「お姉様が鈍感だからですわ!」


 頬っぺたを膨らませながら顔を背けるシェーラを追いかけていると。

 夕刻を告げる大教会の鐘の音が鳴り響く。


 その鐘を合図にしたのか、シェーラのほうから伸ばした手を握り返してそのまま手を繋いでランドルとマリアンヌが待つ屋敷へと帰路につき、アズリアの騒がしくも平和だった休日が幕を閉じるのだった。






 一方その頃。

 ランベルン邸へ走る馬車の中では。

 

「くそっ!くそっ!何だあの女は!高い契約金を父上に頭を下げて護衛に雇ったバルガスが!ああも簡単にやられるとか大誤算だ!」

「落ち着いて下さいルドガー様。確かにあの女は強かった。4等冒険者フォースドというのもこのシルバニアに来たばかりだからでしょう」

「ならどうにかしろエボン!」

「見たところあの女、アードグレイ男爵が期限付きで雇い入れた護衛なのではないかと」

「ボクは今すぐに!あのシェーラを!滅茶苦茶にしてやりたいんだ!もう手段は問わん!どうせ父上が揉み消してくれるからな!」

「……承知しました。それでは多少手荒になりますが、近日中にはアードグレイの娘をルドガー様に献上致しましょう」

「はっはっは。それでこそ元は王国工作員だ」

「その事はくれぐれも内密にお願いします」


「待っていろよシェーラ……ボクより1歳下のくせに剣も、頭も、魔法までボクの上をいくなんて……しかもボクと結婚したくないなんて……そんなこと許されないことなんだよ……キミはボクの後ろを従順についてくればイイんだ……はははっ」


 ────歪んだ愛情。

 そして、間違った貴族思想。


 女には、爵位が下の者には負けられないという偏執的な思い込みが若干12歳のルドガーをこうも醜い心の持ち主へと変貌させてしまったのだった。

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