第19話 アズリア、突然の休暇
「明日は修行を休みにします」
ドリアードの魔法で肩口の裂傷と指数本の骨折、掌の火傷など精霊竜ネモとの模擬戦で負ったかなりの重傷を治癒してもらったアズリアは唐突にそう告げられた。
「いい?アズリアが負った傷は普通ならもっと長い時間をかけて治療するような酷い傷よ。今は私の魔法で治しておいたけど、身体への負担までは魔法でどうにも出来ないの」
「でも……アタシはまだまだ立ち止まってるわけには────」
「と・に・か・くっ!……これは師匠である私の命令。明日は
……というやりとりが昨日あり、思い掛けず精霊界での修行の時間が無くなり、暇となった。
しかし、いきなり暇を貰ってもどう過ごすか全く考えていなかった。
せっかくだから当初王都に来た目的通り、王都でしか食べられない美味い料理を探してみるか、と考えが纏まった時。
宿代わりに借りているランドル男爵邸の離れ、玄関の扉を叩く音がした。まあ、ここは男爵の敷地なので来客が誰なのかは見当がついているが。
「お姉様!最近姿が見えなかったので荷物を置いて旅に出てしまわれたのかと、シェーラは不安で不安で……」
来客の正体は、ランドルの一人娘シェーラ。
サラサラの金色の髪をした、非常に愛らしい容姿はランドルの面影は全くない。本人曰く、来年には冒険者登録出来るようだと発言していたので11歳なのだろう。
つい先日、剣の腕前を披露してもらったのだが。あそこまで振るえるのならば年齢的にはかなり上の腕前だと思うし、氷魔法まで使えるので将来は有望だ。
……これでアタシのことを「お姉様」呼びする事を止めてくれさえすれば、なお良いのだけど。
「いやごめんよ。シェーラを蔑ろにしたわけじゃなくてね、ちょっと用事が出来て離れを空けてたんだよ」
「そうですよね、お姉様の実力なら誰もが頼み事をしたくなる気持ちわかりますわ」
いや、そんな気持ち誰も持っていないよね?
実力って……アタシまだ
「ですが今日はこうしてお姉様がシェーラを待っていてくれました!ああ……もうこれは運命と言っても過言では」
「いや過言だから」
「そんな。すぐに否定しないで下さいお姉様」
うん、まあ。悪い子じゃないのは知ってるから。
確かに精霊界と街を行き行きするようになってから一日の感覚がどうもズレてたけど、この離れを借りてもう5日経過してるんだよなあ……よし。
「悪かったってシェーラ。それじゃ今日はとことん付き合ってもらうから、覚悟は出来てるだろうねお嬢さん?」
「は、はいお姉様っ♡」
騎士と姫のようにシェーラの前に膝をついて屈み
手を差し出してみると、アタシの手を取るシェーラは顔を耳まで真っ赤にしていた。
……こりゃ、やり過ぎたかな?
「ではお嬢さん、何処へ行きましょうか?」
「東地区にある今評判のお店で卵と蜂蜜を使った甘い菓子があるとお父様から情報をバッチリと仕入れてきました!」
「さすがはシェーラ、抜け目がないねぇ」
「えへへ……お姉様に褒められてしまいましたぁ」
どうやら食事会の時にランドルと王都にある菓子なんかの甘い料理に興味がある、という会話をしていたのを耳にし。シェーラは事前にランドルにその店の情報を教えてもらっていたのだという。
シェーラ…………末恐ろしい、娘っ!
東地区へ行くには中央通りにある東西南北それぞれにある門を通過する必要があり、東門を通るために通過を待つ人の列に並んでるいる最中。
シェーラに気になったことを聞いてみた。
「そういや冒険者組合で聞きそびれたけどさ。シェーラは魔法が使えるしランドルの家は裕福だろ?どうして魔法学院へ行かないんだい?」
「学院には顔を合わせたくない人間がいるのです」
「シェーラがそこまで言うからにゃ、何か事情があるみたいだね。……それって聞いてもいい?」
「別に隠す必要もありませんしお姉様になら何でもお話ししますわ。それこそお父様の隠し金庫の場所とかも」
いや、それはランドルのために聞かないでおく。
「冗談はさておき。とある伯爵様の長男なのですが、その殿方に強引な求婚をされていて……私もお父様もほとほと参っているのですわ」
なるほどねぇ。
そりゃシェーラは容姿は文句なしに可愛いし。家柄だって貴族位は下から数えたほうが早い男爵だが、王国一の商会と商業
しかも貴族位が上からの求婚となれば、ランドルも無碍に断るわけにもいかない。頭の痛い問題だ。
そんなシェーラの家庭の事情も聞きつつ、適度に愚痴も聞いてガス抜きも終わる頃には東門を抜けて目的の店にやって来ることが出来た。
なるほど、この店は店内で食事を提供するだけでなく持ち帰る客用に店の前でも注文を受けているようだ。店内の席を待つ客の列に、持ち帰りの品を待つ客で店の前は大混雑している。
シェーラのお勧めは店内で提供される料理なので、アタシ達も列の最後尾に並ぼうとしたその時。
「貴族たるこのボクを待たせるとはどういう了見だ、この平民風情が!」
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