第2話 アズリア、腹を満たす

 ……………………ここは?


 目を覚ますと同時に腹の虫が盛大に鳴る。

 視界には見知らぬ天井。

 アタシは見知らぬ場所でベッドに寝かされていて、そして知らない男の声が横から聞こえてきた。


「おっ、ようやく起きたか。まずは名乗らせてくれ、俺はランドル。余計な世話だったかもしれんが、行き倒れてたアンタをここまで運ばせてもらった」


 目の前にいる声の主は、見た目三十代より上、といった感じだろう。やや赤みがかった金髪を短く切り揃え温和そうな笑みをこちらへと向けているが、その実はアタシを観察するのを忘れていない、そんな視線だ。

 男が言っている行き倒れ……ということは王都を目の前にして記憶が途切れたのは空腹で意識をそのまま失った、というわけか。


「いや、余計な世話なわけあるものか。礼を言わせてもらうよ、ありがとう」


 アタシはベッドから上半身を起こして、ランドルと名乗った生命の恩人にうやうやしく頭を下げていき。


「アタシはアズリア。理由わけあって一人身ながら旅をしていたんだが……途中、色々とあってね。手持ちの食糧が尽きてご覧の有様さ」

「まあ、事情は誰にでもあるからな。その辺の話も含めて、色々とアズリアには聞いておきたいことがあるんだが。まずは食事を用意して────」


「食事ですとッッッッッッ⁉︎」


 おほん……被せ気味に答えてしまったが、仕方ないじゃないか。

 何しろマトモな食事にありつけるのは実に7日ぶりになってしまうのだから。


 ランドルと名乗った男に案内されたのは、寝ていた部屋を出て階段を降りた一階の酒場だった。

 なるほど、ここは旅人用の宿屋だったか。

 外からやってくる旅人用の宿屋は二階や離れが宿泊部屋、受付となる一階部分は酒場になっていたりすることが多い。


 そして、今目の前に並んでいる食事……

 …………食事、食事、食べもの、タベモノダヨ。


「えーと……あのな……そんな急いで食べなくても誰も取らないから、な?……おーい?」


 もはやランドルの声はアタシの耳に届いておらず。アタシはただひたすらに目の前の食糧に手を伸ばし両手で口に運んでいた。

 もし今、食事を邪魔するモノが現れたら、喩えそれが神でも竜でも一撃で倒せる自信があった。


 まずは白いパン。

 口に入れると保存食用の石のように固い黒パンとは全然違い、焼き立てを出してくれたのかフワリと柔らかく小麦の味と香ばしい香りが口いっぱいに広がる。


 野菜のスープ。

 甘く煮込まれた人参や芋と一緒に一緒に煮たのだろう柔らかくなった干し肉と塩味のスープを含むと、適度な干し肉の歯応えと口の中に残るパンがふやけて喉に流し込まれていき。


 そして何らかの動物の肉を焼いた塊。

 ナイフで食べる分を切り出しながら肉に歯を入れると柔らかくそれでいて歯を押し返してくる弾力、適度な脂と肉汁、そして表面に振られた塩が渾然一体となって食欲を猛然と掻き立てられる。

 この野生味溢れる味と溢れてくる肉汁はきっと城壁の外で狩ったランクの高い魔物の肉なのだと思う────コレは獣じゃない!王者鳥キングホークの肉じゃないかっっっ!美味い美味い美味いっ。

 

 何よりも空腹は一番の調味料というのはまさに今、アタシの腹具合なのをいうのだろう。

 ……うん、どれも美味いっ!美味いっ!


 食事を用意してくれたランドルが微笑まし気にアタシの食べっぷりを見ていたのだが、そんなランドルの視線に気付くこともなく夢中で目の前の食事を綺麗に平らげてからしばらく経って。


「……ふぃ〜食った食ったぁ〜」


 腹をすっかり満たして一息ついてから、ようやく頭に血が巡ったことで、自分が置かれた立場を理解していき。


「あ、あの、ランドルさんだっけ。行き倒れから助けてもらっただけでも感謝なのにこうしてマトモな食事まで用意してくれて。ホント何か礼でもしなきゃいけないんだろうけど……その、さぁ……」


 バツの悪い表情を浮かべ、両手の指でしなを作りながら猫背になり、目の前のランドルにあからさまな媚を売ろうとする。


「分かってるさ、路銀がないんだろ?そうでないなら行き倒れなんかしないしな」

「……全くその通りで返す言葉もないよ……」

「で、気になったんだがアズリア。行き倒れた時にキミの得物を見させてもらったよ」


 ランドルの指摘を受けて、アタシはそこには触れられたくなかった点を言い当てられそうな雰囲気に、先程までの緩んだ空気ではなく。

 あの大剣の持ち主に相応しい空気を纏うと。


「へえ……で、何が言いたいんだ?」

「いや、そこ・・を深くは追及しないが。ただ、あんな物騒な得物を使えるのなら、アズリアはそれなりに腕に覚えがあるんじゃないかと思ってね、それでキミに頼みがあるんだが」

「ははっ。事情を察してくれただけじゃなく、仕事まで斡旋してくれるとは至れり尽せりじゃないか。そんな言い回しをされたら一食の恩もあるし、さすがに断れないねぇ」


 どうやらこのランドルという男、ただ行き倒れから助けてくれるだけ・・の人の良い人間というわけではなかったらしい。


 それに……アタシの剣の正体についても、多分この男ランドルはある程度目星が付いてるんじゃないかと思う。

 それを黙ってくれるということは、少なくともアタシの敵にはならないということだ。


 まあ、ただ助けられっぱなしよりも対価を求められたほうがアタシとしては寧ろ助かる。ここは素直にランドルの話を聞いてみることにした。

 まあ、人殺しの依頼だったら請けないけどね。


「実は……俺が所持している鉱山に魔物が出た。もちろん護衛を数人手配したんだが、どうやら並の腕の護衛じゃ手が出せない強さの魔物なんだ」

「というコトは、その魔物がランドルには何だか分かってるんだね?」

「ああ、俺の目測だが……アレはメタルリザード」


 メタルリザードっていったら鉱石を餌にする大型の蜥蜴で、体表は餌にした金属によって硬度が変化し成長すると大人5人分ほどにまで大きくなる。

 決して凶暴ではないが、縄張り意識が強く自分の餌場に踏み込む対象には攻撃的だと記憶している。

 確かに、アレは通常の護衛にゃ荷が重いよな。


「ああイイよ。請ける」

「え?……い、いや。アズリア、キミは本当にこの依頼を請けてくれるつもりなのか?」

「いや、そのつもりでアタシに依頼の話を振ったんだろ?」

「し、しかし……相手はメタルリザードだぞ?」


 実のところ、|この国(シルバニア)に入ってからはあまり剣を振るう機会もなかったので、蜥蜴の魔物メタルリザード相手ならばこちらも遠慮することなく存分に戦えるというものだ。

 アタシは別に戦闘狂バトルジャンキーなどの類いではないが、やはり一人旅を続ける上で剣の腕が必要な以上、あまり鈍らせておくわけにもいかない。


 それにランドルは生命の恩人、だからね。

 その恩人が困っているなら助けてやりたいと純粋に思ったから依頼を二つ返事で承諾したのだ。


 さらに言えば、メタルリザードの皮は防具など色々な素材として高値で取引される。王都に滞在するにも、ここから出立するにも路銀は必要になる。


 結局、メタルリザード討伐のために鉱山までの道や鉱山の内部などの情報をランドルから聞いているうちにそのままランドルの個室に行くことになってしまった。

 部屋でランドルと酒を酌み交わしながら。


「いや……行き倒れを拾い上げた時には気にもしなかったんだが。アズリア、お前さん……意外と美人だったんだな」

「……意外ってのは失礼な話だねぇ。そりゃ色街にいるような美人さんとは比べようがないだろうけどさ」


 アタシは自分で言うのも何だが、顔立ちや体型は結構整ってるほうだし豊かな肉付きだと思っている。

 だが、それを台無しにしているのがまずこの肌の色だ。浅黒く日焼けしたような褐色の肌は南方の海辺の都市まちならば健康的だと評価されるだろうが、この王都では悪目立ちしかしないだろう。


 そして何より身体の大きさだ。

 アタシの身長はランドルやその護衛たちの誰よりも大きいのだ。背の高い女では可愛げもないと思われても仕方ない。

 しかも戦闘の邪魔にならないよう短く切った癖毛がそれを駄目押ししている。

 だからこそ、ランドルがアタシを「美しい」だと評価したことのほうが意外だったのだ。

 そして……嬉しかった。ちょっとだけ。


 結局、アタシはランドルに出自を聞きだすという事がすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 男と女が酒を酌み交わしながら同じ部屋にいたらどうなるかは想像にお任せするとしよう。

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