第19話 ネッドとテオード

いつからだろう?


俺は夢を見る様になっていた。

それはある男の物語だ。


特性が無く、絶望した日の事。

それでも諦めず、努力を続け……支えてくれる仲間が出来た事。

そしてそれが赤い魔獣によって蹂躙された事など。

幼いころから、何度も何度も繰り返しそんな夢を見てきた。


中でも俺の気を引いたのは、ある一人の女性だった。

彼女は美しく。

可憐で。

それでいて何か影を潜めていた。


そんな彼女に、夢の男同様俺もまた夢中になる。


そしてある日気付く。

それが実の妹。

そう、レーネこそ……時の魔女と呼ばれた、夢の中の女性が転生した姿なのだと。


そして同時に気づいてしまう。

俺と同じ日に生まれた近所のネッドこそが、この夢の本来の記憶の持ち主。

エリアルの生まれ変わりなのだと。


俺は苦しんだ。

苦しみ続けた。


何故俺はエリアルじゃないのか?


何故レーネは俺の妹なのか?


どちらか一つでも違えば……俺はこんな気持ちを抱かずに済んだかもしれないのに。


……ちゃん……


声がする。

大好きな人の、俺を呼ぶ声だ。


……お兄ちゃん……


俺はその悲し気な声に、ゆっくりと瞼を上げる。


「おにいちゃん!」


「レ……ネ」


驚く事に、痛みはまるでなかった。

だが体が冷える。

寒くて凍えそうだ。


「しっかりして!」


レーネが魔法をかけようとしていた。

だがそれは焼け石に水だ。


「俺は……いい。グヴェルを……」


「何言ってるの!このままじゃお兄ちゃんが!」


視線を動かすと、ネッド達が戦っている姿が見えた。

どうやら魔王と魔族の男も参戦している様だ。

だが二人ともボロボロで、彼らの力を借りても勝敗は目に見えていた。


「レーネ……俺を……ネッドの元へ」


「何を言ってるの!?」


俺の命の火はもう、長くは持たない。

その前に返さなければ。


ネッドに。

俺が横取りしてしまった、その全てを。


「今動かしたら死んでしまうわ!」


だがレーネは首を縦に振ってはくれない。

刻一刻と、俺の命の最後が近づいて来るのが分かる。

急がなければ……


「頼む……」


俺は声を振り絞る。

なんとしても、力をネッドに……妹を守るために……


「……わかった」


そう言うと、レーネは俺を抱きかかえた。

どうやら俺の必至な思いが伝わった様だ。


しかし、好きな相手にお姫様抱っこされる……か。

嬉しいのやら……悲しいのやら……


「ネッド!!」


「レーネ!?」


ネッドまであと少しだった。

僅か数メートルの場所だ。

だが激しい戦闘中であるため、これ以上近づけない。


俺の命は炎は今にも燃え尽きそうだ。

視界が霞み。

意識が遠のいていく。


くそ……意識が……保てない。

もう……駄目なのか。


限界だった。

これ以上は――そう思った時、奇跡が起きた。

ネッドがグヴェルによって吹き飛ばされたのだ。


俺達の元へと。


これが神のくれた幸運だと言うのなら。

俺は素直に神に感謝する。


「ネッ……ド……」


俺は最後の力を振り絞り、その手を伸ばす。


「テオード!」


俺の指がネッドの体へと触れる。

瞬間、俺の記憶と力。

俺が奪ったその全てを、奴へと流し込む。


……間に合った……


「妹を……頼……む」


さよなら……レーネ。

最後まで……口に出来なかったけれど……お前を……愛していた。


どうか……生きて……く……れ……



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



何かが俺の中に流れ込んでくる。


――それは力であり。


――記憶であり。


――そしてテオードの命だった。


「テオード……君はもう一人の俺だったんだな」


全てを理解する。

レーネが俺を転生させてくれた事。

その転生が不完全だったために、魂の一部きおくとちからが俺の体から零れてテオードに宿っていた事。


彼がレーネをどれだけ愛していたのかさえ、はっきりと理解できた。


「約束する。レーネは俺が守るよ」


俺は立ち上がり宣言する。

彼は俺を信じ、その全てを託してくれた。

ならば俺はそれに全力で応えよう。


「ネッド!」


レーネが叫んだ。


「死ね!」


いつの間に背後を取っていたグヴェルが、俺の首筋に向かって手刀を振るう。

振り向きざまに右手の剣でその一撃を弾き、左手の剣で奴を薙いだ。


「ちぃ!」


グヴェルはその一撃を飛んで躱す。

その背後に倒れている仲間達が見える。

だが幸い、死者はいない様だ。


「グヴェル。お前を倒す」


「はっ!大口を叩く!」


別に大口ではない。

今の俺にならそれが出来る。


俺とテオード――二人の力ならば!


「行くぞ!」


一気に間合いを詰め、剣を振るう。

グヴェルはそれを拳で迎撃してきた。

さっきまでなら弾かれたのは俺の方だろう。


だが――俺の振るった剣は奴の拳を弾き、その首元を掠める。


「何だと!?」


驚愕と共にグヴェルは背後に跳躍する。

こんな時でも、きっちり俺を壁にしてレーネの魔法を防ぐのは大したものだ。


だが問題ない。

グヴェルがどう立ち回ろうと、俺が奴を切ってしまえば良いだけの事だ。

俺は迷わず奴に突っ込む。


「糞が!爆裂魔法エクスプロージョン!」


突っ込む俺に、グヴェルが魔法を放つ。

だが無駄だ。

俺は手にした魔法剣でそれを二つに切り裂いた。


これはレーネが付与してくれた特別製の魔法剣だ。

切り裂いた魔法を無効化させる効果がある。

勿論余りにも強力な物は無理だが、今のグヴェルの魔法程度なら問題ない。


「グヴェル!」


「おのれぇ!!」


グヴェルが拳を振るう。

だがそれよりも早く、俺の剣が奴を捉えた。


「四神連斬!」


両手から放たれた8連撃は奴の四肢を切り裂き。

その胴を抉る。


強い衝撃にグヴェルは吹き飛び、その体は地面を勢いよく転がっていく。

手ごたえありだ。

奴はピクリとも動かない。


「これが俺の……俺とテオードの力だ……」


終わった。

俺は振り返り、テオードの元へと向かう。


「終わったよ……テオ――」


全てが終わった。

そう思い、足を一歩前に踏み出した瞬間背筋に寒気が走る。


……終わったはずだ。


例え生きていたとしても、もう奴に戦う力は残ってはいない。

そのはずなのに……鼓動が高鳴る。

嫌な予感が、消えてくれない。


「ネッド……」


レーネが青ざめた表情で俺の背後を見つめていた。

俺は恐る恐る、振り返る。


「これ……は」


倒れた奴の体から、何かが立ち昇っている。

それが何なのか、すぐに気づいた。


魔力だ。

それも可視化される程の膨大な魔力。


俺が唖然とその様子を眺めていると。

グヴェルがゆっくりと起き上り、にやりと口の端を歪めた。


奴はまだ……何かをするつもりだ。


とんでもない何かを……

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