第16話 ドラゴン

「くそっ!」


グヴェルの肉体に起こった異変に気付き、一斉攻撃を仕掛けたが全て弾かれてしまう。


メキメキと音を立て、グヴェルの体がどんどんと膨らんでいく。

このままでは奴の変異に巻き込まれると判断し、俺達はその場から離れた。


「馬鹿な!?」


その巨大に変容したグヴェルの姿に、魔族の男が叫んだ。


「ドラゴン……なのか……」


その姿は、かつて世界を滅ぼしかけたというドラゴンそのものだった。

トカゲを思わせる赤い姿フォルムに、背中からは巨大な羽が伸びている。

その大きく開いた口からは鋭い牙が覗き、頭部にある4つの瞳は俺達を真っすぐに見つめていた。


「さあ、ゲームオーバーだ」


言葉と同時に、ドラゴンが右前足を地面に叩きつける――奴の右腕は変化と共に再生されていた。


「うぉっ!?」


地面が激しく揺れる。

まるで地震の様だ。


前足を叩きつけられた地面が泡立ち、鋭い刃が剣山の如く奴の足元から飛び出してくる。

それは波紋となって広がって行き、地表を覆いつくす。


「アックスバスター!」


レイダーさんが手にした戦斧を力強く地面に叩きつけた。

地面が砕け、衝撃で大地から突き上げてくる刃を押し留める。

俺やテオードは兎も角、パールやアーリンは今のを喰らっていたら危なかっただろう。

頼りになる先輩だ。


「助かったっす!」


「礼はいい。問題は……あれをどうやって倒すかだ」


倒す……か……

レイダーさんの言葉に、皆が苦い表情を示した。


今の一撃だけで、奴が見た目通りの化け物だと言う事がよく分かった。

変身中に俺達の攻撃を弾いた事を考えると、倒すどころかダメージを与えられるかすら正直怪しい。


ダメージを通せる可能性があるとしたら――


「ふむ。成果0か」


グヴェルの濁った重い声が響く。


「どうやら、少し加減をし過ぎた様だな。どれ、次はもう少し強力な攻撃を――」


4属性融合魔法カルテッドストーム!」


グヴェルの言葉を引き裂き、レーネが必殺の魔法を解き放つ。

フェイントや小細工なしに撃ったのは、あの巨体なら躱す事は出来ないと判断したからだろう。


狙い通り、魔法はグヴェルの巨大な胴体に直撃する。

だが――


「そんな……」


無傷ノーダメージだ。

奴の体には傷一つ付いてはいない。


「ははははは、こそばゆい攻撃だ。まさか今ので全力か?」


グヴェルが楽し気に目元を歪め、絶望する俺達を楽し気に笑う。


「……逃げましょう」


レーネが小声で皆に呟いた。

パーティー最強の攻撃である、レーネの魔法が全く通じないのだ。

最早此方に勝機はない。

勝ち目がない以上、確かに逃げる以外手は無いだろう。


だけど……逃げてどうする?


逃げながら手を探したとして、あんな化け物を倒す手段が果たして見つかるだろうか?

そもそもそれ以前に、奴が俺達を逃がすとは到底思えない。


グヴェルが口にした、ゲームオーバーと言う言葉が頭の中で響く。


「さて、次は」


グヴェルが大きく口を開いた。

そこから赤い光が零れだす。


「く……」


とてつもないエネルギーを感じる。

あんなものを撃ち込まれたら……俺達は終わりだ。

防ぎようがない。


グヴェルは顔を上に向け、それブレスを上空へと放った。


赤い閃光は空高く駆け上り――そして弾けた。


「!?」


砕けた赤い光が無数の刃となり、俺達の上空から降り注ぐ。


多重結界マルチプルバリア!」


レーネはこの状態を予想していたのか、魔法の結界を頭上へと展開してくれた。

槍は結界に触れた瞬間、大爆発を起こす。

赤い槍と結界がぶつかり、爆発音が響き続ける。


結界の外は地獄絵図だ。

そんな中、魔王と魔族の青年の二人は器用に槍を躱し、グヴェルに突っ込んでいく。


どうやら細かいコントロールは効かない様で、この弾幕はグヴェル自身にも降り注いでいた。

それを2人はチャンスと捉えたのだろう。


だが、いくら近づけても攻撃ダメージが通らなければ無意味だ。


「あいつら……死ぬ気か」


テオードが彼らの行動に気づき、口にする。

魔族は戦闘種族だ。

逃げるよりも、戦って死ぬ事を選んだとしてもおかしくはない。


一矢報いる。

その為に命をかけるつもりなのだろう。

だが現実は無常だ。


降り注ぐ赤い槍を物ともせず。

グヴェルは巨体を旋回させ、その長い尾で二人を吹き飛ばしてしまった。


吹き飛ばされ、倒れた2人の頭上に槍が降り注ぐ。

彼らの命は――


「!?」


突如槍が消える。

爆発音が収まり、辺りは静寂に包まれた。

そして……


「日食……」


月が太陽に吸い込まれ、日の光を遮っていく。

辺りは薄闇へと変わり。

天空から、一条の強い光が差し込んだ。


その光の中を、翼の生えた女性がゆっくりと降りてくるのが見える。

その姿はまるで……天使の様だった。


「女神……ンディア」


その女性を見て、レーネは女神と呟いた。

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