第5話 魔王対勇者

「おおおおおお!」


雄叫びを上げ、気合と共に剣を振るう。

だがそれを魔王にいとも容易く捌かれてしまった。


仲間達は今、魔獣と戦っている。

師匠達が命を賭けてやっと一体倒した様な化け物が4体。

テオードは兎も角、他の皆には相当きつい筈だ。


「くそっ」


早く勝負を終わらせて仲間を助けに行きたいと思う焦りからか、気だけがはやり空回りしてしまう。

落ち着かなければならないのは分かっているが……どうしても皆の顔がちらつく。


「貰った!」


「くっ!?」


動きが雑になった隙を魔王に突かれた。

俺は彼女の蹴りを辛うじて剣で受け止めるが、そのパワーに体勢を大きく崩されてしまう。


「これで決める!魔力連撃拳マジカルラッシュ!」


魔王の全身から魔力が溢れ出すのが感じられた。

俺は魔導師ではないが、それは素人の俺でも感じ取れる程の膨大な魔力だった。

魔王は全ての力を注ぎ、俺をしとめるつもりだ。


体勢を崩したこの状態では躱せない。


この状況を凌ぐためには――


3重加速トリプルアクセル!」


世界の流れが大きく鈍る。


この力は消耗が大きい。

以前レーネから貰った神酒ソーマがない今、とてもではないが連発する余裕などなかった。

だからこそ、ここぞというタイミングに取っておきたかった……だが死んでしまっては意味がない。

この攻撃を何とかしなければ。


まずは一旦間合いを離して――


「なにっ!?」


俺は思わず目を見開く。

普段ならスローモーションに感じる相手の動きが、まるで普通に動いているかの様に見えたからだ。

それだけ今の魔王が、とんでもないスピードで動いていると言う事だろう。


もし決断が少しでも遅れていたらと思うと、背筋が寒くなる。


「くっ!」


俺は態勢を何とか立てなおし、魔王の最初の拳を躱す。

しかし俺を追って、魔王は更に間合いを詰めながら拳を振るう。


超接近戦からのラッシュ。

それを俺は辛うじて凌ぐ。


だが終わらない。

魔王の拳は休む事なく、俺に振るわれ続けた。


このままでは不味い。

3重加速トリプルアクセルの体への負担は大きいため、そう長くは続けられない。

かといって反撃する余裕もなかった。


――完全に追い込まれている。


だが相手だって、これほどの力を長時間維持する事は出来ないはず。

もしそれが出来るのなら、もっと早くに使っていただろう。

出し惜しみする理由などないのだから。

つまりこの驚異のラッシュは、相手にとっても賭けに近い攻撃に違いない。


ならばこの攻撃さえ凌ぎきれば!


「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


躱す!防ぐ!

俺は体が上げる悲鳴を無視して剣を振るい、魔王の拳をはじき返し続けた。


「!?」


やがて勝負の時が訪れる。

先に限界が来たのは――魔王の方だった。

彼女の動きがガクンと落ちる。

千載一遇のチャンスだ。


此処で魔王を仕留める!


「はぁっ!!」


俺は魔王の首目掛けて剣を薙ぐ。


その一撃が魔王の首を――素通りする。


動きは完璧だった。

完全に首に入ったはずだ。

なのに、そこには何の手ごたえも無く。

魔王の首は繋がったままだった。


視線を動かし剣先を見ると、刃が見当たらない。


「こんな時に……」


時間切れだった。

パールの改良型魔法剣は既存の物より効果時間が長いとはいえ、10分しか持たない物だ。

俺は戦いに集中するあまり、それを完全に失念してしまっていた。


同時に3重加速トリプルアクセルも途切れる。

そこに魔王の拳が叩き込まれ、俺は激しく吹き飛ばされた。


「がぁぁ……」


衝撃で意識が飛びそうになるが、辛うじて堪えてみせた。

ここで意識を失ったらお終いだ。


幸い魔王も先程のラッシュで消耗したのか、その威力はそこまででもない。

もし全開の一撃だったなら、今頃俺は死んでいただろう。


「ぐっ……く……」


歯を食いしばり立ち上がる。

体が鉛の様に重い。

倒れたくなる誘惑に逆らい、俺は手放したパールの杖に変わり腰から剣を引き抜いた。


「しぶといわね」


「負けるわけには……いかないんでね」


魔王を倒し仲間達を助ける。

その為にも、俺は負ける訳には行かなかった。


「悪いけど。勝つのは私よ」


魔王が此方へと歩いてくる。

その足取りはふらつき、弱弱しい物だ。

おそらく彼女も限界が近いのだろう。


ここが勝負どころだ。

もう一度3重加速トリプルアクセルを使う。

その結果俺の身がどうなろうとも、魔王だけは倒す。


後は……あの赤い魔獣が言っていた言葉を信じるのみだ。

魔王が敗れれば撤退するという言葉を。


「死になさい!」


「俺は勝つ!3重加速トリプルアクセル!」


魔王の動きが止まって見える。

何とか発動には成功した。

問題は――


「おおおぉぉぉぉぉ!」


俺は全力で剣を振るう。

その一撃は彼女の腹部をきれいに捉えた。


――だが、通常の剣では魔王の硬い体を切り裂く事は出来ない。


魔法剣ならばこの一撃で終わっていた筈だ。

自分の非力さが呪わしい。


「けど!!」


一撃で駄目なら、倒せるまで叩き込むだけだ。

俺は無心で剣を振るい続けた。


視界が赤く染まる。

毛細血管が破裂したのだろう。

鼻血も滴ってきた。


だが俺は剣を止めない。

この連撃に全てを駆ける。


頼む!

死んでくれ!!


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


最後の力を振り絞った一撃に魔王が吹き飛んだ。

追撃したかったが、体がもう動かない。

俺はその場に片膝を突き、剣を杖代わりに倒れないよう体を支えるので精いっぱいだった。


「はぁ……はぁ……どうだ? 」


魔王はピクリとも動かない。

死んでくれたのか?


「ラミアル」


その時、女性の声が……


見ると、血まみれ魔族が此方に近づいてくる。

それは先程テオードと戦っていた、女魔族だった。


彼女はふらふらよろつきながらも、魔王に近づく。

そして動かない魔王を、必死の形相で担ぎ上げた。


「まさか……ラミアルが……負けるなんて」


そう呟くと、彼女は魔法を途切れ途切れ苦しげに詠唱して魔獣を召喚する。

小型の狼の様な魔獣だ。

普段なら敵ではない魔獣である。


だが今こいつに襲われたら――俺は死ぬ。


「この借りは……必ず返すわよ」


一瞬死を覚悟したが、女魔族はそう告げると魔獣に乗り、俺の前から立ち去った。

どうやら命拾いした様だ。


だが俺はもう一歩も動けない。

視界を霞の様なものが覆いつくしていき、意識が遠のいた。


みんな……

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