第4話 帰還

「くそっ!」


4体の魔獣の連携攻撃に押され、ネッドとは完全に引き剥がされてしまった。


「完全に囲まれてるっすね」


「ああ」


しかも、俺達4人は赤い魔獣によって包囲されてしまっている状態だ。

迂闊に動く事も出来ない。


「すまない、テオード。俺が足を引っ張ってしまって」


「気にするな」


俺1人で1対1の状況なら、勝ち目は十分あっただろう。

だが今は4対4。

此方の面子は全身に火傷を負っているレイダーに、パールやアーリンだ。

明かに個々の実力差が大きすぎる。


正直状況は絶望的と言っていい。

唯一救いがあるとしたら、奴は此方を囲んだまま睨み付けて来るだけで動く気配がない事だ。

奴の言葉を信じるなら、ネッドと魔王の勝敗を待っているという所だろう。


ネッドが魔王に勝ちさえすれば、このままやり過ごせるのではないか?

そんな甘い考えが頭を過る。


我ながら馬鹿馬鹿しい考えだ。

魔獣が魔王に語っていた言葉を真に受けるなど、余りにも愚かすぎる。

なんとか活路を見出さなければ。


「ふむ、戦争中なのにこうやって睨めっこをしているのもあれだね。君達も退屈だろう?そこで1分毎に1人殺す事にするよ。ネッドが4分以内にラミアルを倒せば、君達の誰かは生き残れる。悪い条件じゃないだろう?」


「ふざっけんじゃないわよ!」


アーリンが青筋を立ててが叫ぶ。

彼女の気持ちはよく分かる。

俺も出来る事なら、このふざけた生き物を今すぐ両断してやりたい気分だ。


「最初の一人目は俺にしろ!」


レイダーが一歩前に出た。


「レイダー先輩!?」


「この怪我じゃ、俺は足手纏いだ。俺の命で一分延長されるのなら、安い買い物だろう」


「そんな……」


「それにこの中じゃ、俺が一番年上だ」


「あんた馬鹿じゃないの!?戦いを放棄して命を差し出すなんて、そんなの傭兵のする事じゃないわよ!傭兵ってのは、生きる為に戦うもんなのよ!」


アーリンの言う通りだ。

戦って勝利を掴み取るのが傭兵。

死に怯えてただ待つなど、愚の骨頂だ。


俺は勝つ。

勝って生き残って見せる。


その為には、アレをやるしかない。

練習では未だ一度も成功していないが、それでも……ここで決めるしかない!


「俺が1人で奴らの相手をする」


「テオード!?あんたまで何言ってんのよ!?」


「4体全て俺が相手をする。お前達は足手纏いだ」


自分自身を追い込んで、極限まで集中力を高める。

その為には、一人で戦う方が都合が良かった。

仲間と共に戦ったのでは、其方に意識が分散して技だけに集中しきれなくなってしまう。


「あんた――「俺を信じろ」」


アーリンは俺の決意を込めた一言に黙り込む。

今の言葉は皆だけにはではなく、俺自身に向けた言葉でもあった。


俺は――俺を信じる。


「必ず勝つ!」


そう宣言し、一歩前に踏み出す。

俺の行動に魔獣達が不思議そうに首を傾げた。

奴からすれば、此方の行動は正気の沙汰に見えないのだろう。


「じゃあまず殺すのは君からだね。まだ30秒あるけど、どうする?」


「30秒?今すぐお前を殺して終わりだ」


言葉と同時に駆けだし、目の前の一匹に切りつける。

魔獣は素早くそれを躱すが、俺は気にせずそのまま駆け抜けた。


「こい!」


流石に、四方から囲まれて攻撃されるとあの技でも対応しきれない。

俺は視界に4匹全てを収めるよう、位置取りして剣を構えた。


「ふーん、何か狙っているみたいだね。面白い。いいよ、正面から受けてあげるさ」


魔獣が4体一斉に飛び掛かかってくる。

何かあると分かっていて、それでも正面から飛び掛かって来る……か。

それは傲慢極まりない行動だ。


だが好都合ではある!


後悔させてやるぞ!


剣を強く握りしめる。

限界まで高めた集中力で、己の中の感覚を研ぎ澄ませ――


「舐めるな!四神連斬!!」


剣が1度に4つの軌道を描く。

そしてその全てが、襲い掛かる魔獣の体を2つに分けた。


「出来た……俺にも、この技が」


魔獣達が勢いよく地面に転がり、ピクリとも動かなくなる。


俺の勝ち――


「中々やるじゃないか」


「!?」


背後からの声に驚いて振り返った。

そこには、無数の赤い魔獣の姿が……


「「「「さっきは4体だったけど、今度は16体だ。上手く捌けるかな?」」」」


16体の声が重なり、その全てが怪しく笑う。

俺はその絶望的な光景に、固まって動けなくなる。


「テオード!!」


アーリンの叫び声が聞こえた。

だが……絶望で体が動いてくれない。

でかい口を叩いておいて、なんて様だ。


「「「それじゃあいくよ」」」


魔獣達が此方へ突っ込んでくる。

一匹残らず、その全てが。

手心を加える気など、更々無い様だ。


俺は此処で死ぬ。

すまない皆。


すまない……レーネ。


4属性融合魔法カルテッドストーム!」


絶望に沈む俺の耳に、透き通った声が響く。

大好きな……俺の大好きな声が。

そして声と共に訪れた凄まじい破壊のエネルギーが、俺の前方を薙ぎ払う。


「うっ……く……」


凄まじい衝撃に体が吹き飛ばされそうになる。

俺はそれに堪え、目を見開いてその様子を凝視した。


「がぁっ!?これはぁ!!」


その恐るべきパワーは目の前の魔獣達を全て飲み込み、塵一つ残さず一瞬で消滅させてしまった。

驚異的な魔法だ。


そしてこんな魔法が使える人間がいるとしたら、それは只一人――


「何とか間に合ったみたいね」


「レーネ!」


「ちょ、ちょっと!」


空から舞い降りた妹を抱きしめる。

生きていてくれた。

俺が助かった事よりも、その事の方が何万倍も嬉しい。


「ちょっと!お兄ちゃん!」


「うるせぇ!心配させやがって!」


「何よ!ちゃんと帰って来たから良いじゃないの!」


全然よくない。

もう二度と離さないぞ。

どんな事があっても、レーネは俺が守るんだ。


「レーネパイセン!」


「レーネ、無事だったか」


仲間達が笑顔で駆け寄って来る。

アーリンだけは不満顔だが。


「あんた達ねぇ、ネッドはまだ戦ってんのよ」


「あ、そうだ!ネッドを助けてあげなくっちゃ」


レーネが血相を変えて俺の手を払いのけた。

そんなに心配しなくても、あいつは簡単にやられたりはしないというのに。

嫉妬から少し腹が立つ。


「私、ネッドの所に行くね!」


そう言ってレーネは駆けだす。

いや、駆けだそうとして足を止めた。


何故ならそこには――


「悪いが、邪魔はさせんよ」


「「グヴェル!?」」


こんな時に……なんてタイミングの悪い。

いや、このタイミングを狙っていたという方が正しいのかもしれない。


「大陸縦断旅行は楽しんで貰えたかな?」


「ええ、お陰様でね」


グヴェルとレーネが睨み合う。


「お兄ちゃん?」


俺はそんな2人の間に割り入った。

レーネは俺が守る。

相手がだれであろうと、今度こそ絶対に。


「なんだ?ナイト気どりか?俺の分身相手に恐怖で動けなかった男如きが?」


分身?

まさかあの赤い魔獣――魔王の従魔はグヴェルの分身だったというのか?

だとしたらこいつ、初めっからこの戦争に関わってたという事か。


そう言えば、戦争が始まる前にネッドがそんな事を言っていたな。

だが今はそんな事はどうでもいい。


「貴様が何者だろうと、妹には指一本触れさせん!」


「勇ましい事だな。良いだろう。その気概を買って、少しばかり相手になってやろう」


同じ失態は繰り返さない。


妹は俺が守る!

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