第9話 オメガ・グランドドラゴン
「ぐあああぁぁぁ」
エリアルは巨大な竜の一撃を受け止めようとして吹き飛ばされる。
幾らなんでも無謀すぎる行動だ。
私は吹き飛ばされた彼に駆け寄って、怪我の具合を確認する。
「大丈夫!?」
「ああ、これぐらいどうって事ない」
平気そうに笑うが、それが嘘だという事は一目瞭然だった。
明かに全身ボロボロだ。
だがそれでも、彼は諦めない。
目の前の巨大なドラゴンを倒す事を。
――オメガ・グランドドラゴン。
魔王の召喚した異界の魔獣。
その魔獣が暴走し、今や世界を暴れまわる破壊そのもと化していた。
その強さは、かつて国鳥の平原で戦った時とは比べ物にならない。
辺りには人間魔族問わず、ドラゴンに屠られた者達が死屍累々と並んでいる。
その強さ。
理不尽なる破壊に人と魔族は手を組み、この戦いに挑んでいた。
だが、まるで歯が立たっていない。
その最大の理由が、出鱈目なまでの硬さだ。
エリアルと魔王アウラスの攻撃ですら、彼には大したダメージを与えられない。
真面にダメージが通るのは、私の
それだって、あの巨体相手では致命傷からは遥かに遠い。
倒しきるのに、後何発掛かる事か……とてもではないが、魔力は持たないだろう。
「逃げよう、エリアル。敵いっこないよ」
魔王がその素早い身のこなしで、ドラゴンの気を引いている。
今なら逃げられる筈だ。
逃げて二人で……例え逃げ続ける一生だったとしても……私は……
「ごめん、レーネ。このままじゃ世界が滅びてしまう。俺は……世界を捨てて、自分達だけ生き残る様な真似はできない」
うん、そうだよね……分かってた。
分かってたよ。
エリアルならきっとそう言うって。
「ふふ、そうだね。じゃあ最後まで付き合うとしましょうか。お馬鹿な勇者様に」
「ありがとう、レーネ」
前世では彼の後を追う事しか出来なかった。
でも今度は違う。
今度は一緒に……
「けど、俺だって只死ぬつもりはない」
「策が……あるの?」
「ああ、魔王が言っていたろ?正気を失っているだけだって。だからあいつを正気に戻す事が出来れば……」
それは無理だ。
この戦いが始まって幾度となく、精神安定の魔法は試みている。
だがその全てが弾かれてしまっていた。
竜の纏う強力なオーラ。
恐らく、アウラスのお腹の中にいた子供の力と同じ類の力が働いているのだろう。
その力が魔法の力を阻害してしまうのだ。
「エリアル、残念だけど――」
「魔法剣だ」
「え?」
「魔法剣として直接奴に叩き籠めれば……それならあいつを正気に戻せるんじゃないか?」
確かに、オーラの内側に魔法を打ち込む事が出来ればそれは可能なのかもしれない。
だけど……
「魔法剣では無理よ。魔法剣として振るっても、オーラが接触して魔法がかき消されてしまう」
「打つ手なし……か」
そんな事はない。
魔法を内部で発動させると言うのは、悪くない案だと思う。
「ううん。魔法剣だけでは駄目でも、私が魔法でオメガのオーラを吹き飛ばせば。そしてそこに魔法剣を叩き込めれば、ひょっとしたら。だけど……」
だがそれはごく短時間になる。
オメガのオーラは吹き飛ばしても、直ぐに復活して傷口を包んでしまうだろう。
私の魔法の効果範囲は広い。
その外から突っ込んで、オーラが剥がれたほんの一瞬の隙に剣を突き立てる。
それは間違いなく至難の業だっや。
「それでいこう。どうせもう他に手は無いんだ」
「わかった」
信じよう。
彼ならきっとやってくれるはずだ。
私は頷いて、杖を魔法剣へと変える。
それをエリアルへと手渡し、私は予備の杖を手に取った。
これはエリアルが私のためにと、素材を集めて来てくれた特注の杖だ。
きっと上手く行く。
そう信じて私は魔法を詠唱する。
「世界よ!そこに宿る精霊よ!集いて我に従え!」
魔法の詠唱を開始した途端、魔王を追っていたオメガが此方に振り返った。
意識はなくとも、本能が危険を察知したのだろう。
私に向かって、その大きな口を開ける。
ブレス!?
だけど――私の方が早い!
「
私の手から、4属性を無理やり一つに纏めた破壊のエネルギーが放たれる。
それは大地を、大気を、触れるもの全てを破壊し突き進む。
ドラゴンに向かって。
「ぐあおおおおおおぉぉぉ!!」
オメガが雄叫びを上げる。
奴の胸元に直撃した魔法がその胸を深く抉り、仰け反らせた。
エリアルの方を見ると。
いつでも飛び込めるよう、効果範囲のギリギリ外で待機している。
「エリアル!」
魔法が終わる直前に私はエリアルの名を叫ぶ。
それに答えるかの様に、彼は迷いなくオメガに突っ込んだ。
私の魔法はオメガに受け止め切られてしまったが、その胸の肉は大きく抉れ、予定通りオーラは吹き飛んでいる。
あとは、エリアル次第だ。
「ぐおおおお!!」
オメガが、突っ込んでくるエリアルにその鋭い爪を振るう。
「四神連斬!」
足を止めれば間に合わない。
そう判断した彼は魔法剣で奥義を放ち、頭上から迫るその爪を弾いてみせた。
巨大なドラゴンの腕をはじき返すなんて、やっぱり彼は凄い。
その雄姿を見て、改めて惚れ直してしまう。
「決める!!」
エリアルは雄叫びと共に地を蹴って跳躍し。
その手にした剣を真っすぐにオメガの胸元へと突き刺した。
オメガの動きが止まる。
オーラはまだ回復していない。
成功だ。
そう思った次の瞬間、エリアルの体がドラゴンの爪によって引き裂かれ。
地面に叩きつけられた。
「エリアル!!」
私は直ぐに彼の元へ駆けつける。
だがそれを邪魔するかのように、ドラゴンの爪が私を吹き飛ばした。
「ぐ……がはっ……げほっ」
口から熱い物が垂れるて来る。
袖で拭うと、それは血だった。
腹部が猛烈に痛んで熱い。
たぶん、内臓が破裂している。
だが……そんな事に構っている暇はない。
私は痛みを堪えて立ち上がり、彼の元へ向かう。
見るとドラゴンは動きを止め、苦しそうに呻いていた。
これなら彼の元へ向かえる。
でも、今頃魔法が効いて来たんだったとしたら……遅すぎるよ。
私は恨めしい気持ちを押さえて、エリアルの元へと急いだ。
「エリ……アル……」
彼に意識はない。
倒れている彼を抱き起し、息を飲む。
彼の胸元は大きくえぐり取られ、心臓が見えていたからだ。
そしてそれはもう……鼓動を脈打っていなかった。
「そん……な……うそ……」
彼は……死んだ……また死んでしまった……
折角再会できたのに……それなのに……また……
あの時の様に……またいなくなってしまう……
……
……でも……
でも今は……あの時とは違う。
――私は魔法を詠唱する。
――転生魔法の詠唱を。
神様を疑う訳では無かったが、彼と出会う前に寿命が尽きるかもしれない。
そんな恐怖から研究していた魔法だ。
正直、それはまだ未完成な物だった。
だけど……だけど必ず成功させて見せる。
彼をこのまま死なせたりしない……
もう一度……もう一度彼と!!
「
エリアルの体が光に包まれ、泡の様に消えていく。
「やった……成功……した」
上手くいった。
完全では無かったが、間違いなく成功だ。
「神様には……感謝しなくちゃ……ね」
もし200年と言うタイムラグが無ければ、彼を救う事は出来なかっただろう。
本当に感謝しかない。
「次は、私の……」
意識が遠のく。
私の命も、もう長くはない。
遠のく意識を必死に引き留め、私はもう一度魔法を唱えた。
次も……成功させてみせる。
もう一度出会うんだ。
大好きな彼と……もう一度。
「――――――」
意識が遠のき、視界が暗くなって行く。
私はちゃんと魔法を唱えられただろうか?
それすらも分からない。
私は――
その時、光が見えた。
暗闇の中、目も眩むような眩しい光り。
目を明けていられないような眩しい光りなのに、私はその中に一人の少年の姿を見た。
……ネッド……そう、それが貴方の……
今……私もそっちに……
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