第5話 子供

魔王が妊娠している。

それに気づいたのは、4属性融合魔法カルテッドストーム使った時だ。

彼女が腕で守っていたお腹の辺りが強く光り輝き、その光が魔法を中和していたのを私は感じとった。


それは彼女の物ではない、別の生き物の力。

つまり彼女を魔法から守っていたのは――そのお腹に宿る新たな命。

赤ん坊だったのだ。


「降参しなさい」


私には無理だ……

赤ん坊を手にかけるなんて……

戦場においてその考えが甘いのは分かっている。


けど……

何の罪も無い。

まだ生まれて来てすらいない子を、その手にかける事は私にはできそうもなかった。


「気づいて……いたのか……」


憎々し気に彼女が呟く。

だがその眼には迷いがあった。

魔王として最後まで戦う事と、母として子を守る事。

その葛藤が。


「赤ちゃんを守りたいなら……お願いだから降参して」


「ふ、無理な相談だな。……私は魔王だ。我が子の為と言えど、配下の者達を見捨てて逃げだす事等できん」


彼女はふらつきながらも拳を構える。

やはり止めを刺すしかないのだろうか?


エリアルの事も気になる。

迷っている時間など無かった。

私は覚悟を決めて、魔法を詠唱し――


「ぐぅ……つあっ!」


その時、強い衝撃に吹き飛ばされる。

地面に激突した私は折れた左腕の痛みから、呻き声を上げた。


「すまん……レーネ。大丈夫か」


声の方へと視線を動かすと、膝を付いたエリアルが辛そうな顔で此方を覗き込んでいた。

その姿はボロボロだ。

どうやら吹き飛ばされた彼が、私と激突してしまったらしい。


「わ、私は大丈夫。エリアルこそ……」


「大丈夫とは言い難いな」


エリアルが剣を杖にして、歯を食い縛って立ち上がる。

私も痛みを堪えて立ち上がり、彼の側へと近づいた。


「ははは、随分と粘ってくれるぜ」


赤毛の魔獣――オメガがゆっくりと此方へと近づいて来る。

その姿はエリアル程ではないにしろ、ボロボロだ。

だが顔は楽し気に笑っていた。


まだ余力を残している証拠だろう。


「あの状況から、まさかブラッドソードまでへし折られちまうとはな。全く楽しませてくれるぜ」


オメガの手に、あの禍々しいオーラを放っていた剣はない。

どうやらエリアルが破壊したみたいだ。


「だがまあ、流石にもうチェックメイトだな」


エリアルは立ち上がってこそいるが、もうまともに動けそうもなかった。

私も左手がこれでは、あの化け物の相手をするのは難しい。


勝機があるとすれば、油断している所に私の最強魔法を先手で――


「オメガ……油断するな。その女はとんでもない魔法を使うぞ」


魔王がふらつきながらもオメガの横へと並んで、余計なアドバイスをする。


「さっき凄いのが上に昇ってったけど、あれか?」


「そうよ。間違っても正面から受けないで」


オメガは顎に手をやり、考える素振りを見せる。

その視線は真っすぐに私を捉えていた。


「そうだな。お前もボロボロだし、受け止めるのは止めておく事にするよ」


私は内心舌打ちする。

赤毛の魔獣は見るからに傲慢そうだった。

だから油断して、私の魔法を喰らってくれる事を期待したのに……本当に余計なアドバイスをしてくれたものだ。


此処はもう逃げるしかない。

エリアルは嫌がるかもしれないけど、隙を作ってから飛行魔法で――


「ああ、言っておくけど逃げようとしたって無駄だぜ。俺にはブレスがあるからな。背中を向けた瞬間丸焦げだ」


オメガが此方の考えを読んだかのように忠告してくる。

最後まで命を賭けて戦えと言いたいのだろう。


勝機の無いこの場で、逃走まで出来ないなんて……最悪だ。


「レーネ、俺がオメガを引き付ける。その隙に君一人でも……」


「そんな事!できる訳無いじゃない!」


彼を死なせるぐらいなら、私が死ぬ。

だが現状、仮に私が命を賭けてもエリアルは助けられないだろう。

生き延びるには、戦って勝つしかない。


その為には、何としてでも4属性融合魔法カルテッドストームをあいつにぶち当てなければ。


でも、どうやって?


何か手を――あっ……


魔王の中に、赤ん坊が宿っていた事を思い出す。

赤ん坊……その父親は誰だ?

魔王が結婚しているという話は聞いて居ない。


未婚で身ごもっているという事は……


「エリアル。ちょっと卑怯な事をするけど、許してね」


「レーネ?」


人質を取る様な真似を、きっとエリアルは嫌がるだろう。

ひょっとしたら、私の事を嫌いになってしまうかもしれない。

それでも私は――


「これから私の最強魔法を打ち込むわ」


堂々と宣言する。

そして私は右の人差し指を突きつけた。

オメガ――ではなく魔王に。


「あなたは躱せても、魔王は躱せるかしらね?」


「成程、悪い手じゃないな。但し、俺がアウラスを庇えばという前提ではあるけどな」


この魔獣は魔王を庇わない。

そして魔王もそれをオメガに命じる事は無いだろう。

さっきのやり取りで、彼女は自らの命よりも勝利を優先する事は分かっている。


だが――


「あら?見捨てるの?自分の子供を?」


魔族は魔獣との間に子をなす。

純魔族同士なら魔王は結婚している筈だ。


未婚で身ごもったのなら、それは間違いなく魔獣との子。

そして、魔王の側にいる魔獣で最強なのは間違いなくオメガだ。

魔王のお腹の中にいる子供は、彼の子供である可能性はかなり高いはず。


「子供……だと?」


オメガの4つの瞳が見開かれ、アウラスを凝視する。

どうやらビンゴだた様だ。

思い当たる節が無いなら、この反応は無いだろう。


「本当か?本当に俺の子を?」


「ええ。貴方にはこの戦いが終わったら、報告する積もりだったわ」


魔獣の多くは、自らの子共を大切にする習性がある。

オメガだってそこは同じはず。

これできっとこの魔獣は、魔王を守ろうとするはずだ。


後は全ての魔力を籠めた魔法を叩き込むだけ……


「子供……俺の子供……俺の……」


突然オメガが魔王を両手で抱き上げる。


「オメガ!?何を?」


「何って?逃げるに決まってるじゃねぇか。子供を危険に晒すわけには行かねぇ」


「馬鹿な!状況が分かっているのか!?」


「知らん!」


オメガは魔王の言葉を無視し、その場を離脱する。

ボロボロの体だと言うのにとんでもないスピードだ。

あっという間にその姿が見えなくなってしまった。


「……」


思わぬ事態に、私は唖然とする。

まさか迷わず逃げを選択する何て……思いもしなかった事だ。

でも、おかげで助かった。


私は恐る恐るエリアルの方を向く。

きっと彼は怒っているに違いない。


「人質を取る様な真似、正直どうかと思うよ」


「ごめん」


「まあ俺が不甲斐ないから、君にそうさせてしまったんだろうな……俺の方こそごめん。レーネ」


そう言うと、エリアルはその場に崩れ落ち昏倒する。

きっと限界をとっくに超えていたのだろう。


ここは戦場だ。

ゆっくりしている余裕はない。

私は彼を右手で抱え、飛行魔法で戦場を離脱した。

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