第4話 vs魔王アウラス
戦場に甲高い金属音が響く。
視線の端で、エリアルが赤毛の魔獣に追い詰められているのが見えた。
早く助けに入らなければ……
多分あの魔獣は……恐らくまだ全力を出していない。
エリアルの事を信頼してはいるが、それでもたぶん彼ではあの魔獣には勝てないだろう。
私にはそれが本能的に分かる。
だから少しでも速く駆け付けて、手助けしたかった。
なのに――それを魔王アウラスは許してはくれない。
「よそ見している暇があるのかしら?」
咄嗟に後ろに飛び、魔王アウラスの蹴りを躱す。
とんでもないスピードだ。
転生チートによる身体能力が無ければ今の一撃を躱せず、今頃内臓を破裂させられていた事だろう。
「
私はアウラスの攻撃を必死に躱しながら、魔法を唱え放つ。
彼女――にではなく、その足元にだ。
足元で炸裂した爆裂魔法は大地を大きく抉り、粉塵を巻き上げた。
足元を狙ったのは、彼女の足場を崩し視界を奪う為。
「
どういう訳だか、彼女には魔法が効かない。
先程から何発も直撃させているのにダメージが通っていないのだ。
だからメテオを使う。
メテオは巨大な岩石を召喚し、相手の頭上に落とす魔法。
魔法自体は防げても、召喚した岩石を無効化する事は出来ないだろう。
「――っ!?」
地面に激突した岩が粉々に砕け散り、その中からアウラスが飛び出してくる。
「やってくれるじゃないの……」
彼女は全身傷だらけになりながらも、不敵に笑う。
ダメージは通ったが、倒すには程遠い。
エリアルの為にもさっさと終わらせたいと言うのに、厄介極まりない相手だ。
「
再び彼女の足元に魔法を打ち込んだ。
だが同じ手は通じない。
彼女は素早く粉塵から飛び出してしまう。
「舐めるな!同じ手を何度も喰らうか!」
彼女のスピードに衰えはない。
残念ながら、煙幕なしでは初動の遅いメテオを当てるのは至難の業だ。
仕方が無い。
少しづつでも、確実に魔王の体力を削って行くしかないだろう。
もう少しだけ頑張って……エリアル。
そう心の中で祈り、私は魔法を唱えて両手を地面につけた。
「
地形を利用した
これは一定範囲の地面を槍へと変えて打ち出す魔法だ。
当然これも物理系魔法になる。
地面に無数の鋭い穂先が浮かび上がった。
奴の足元から、私の周囲一帯にかけてびっしりと。
「喰らいなさい!」
私の始動に合わせて槍が飛び出し、数百を超える無数の槍が一斉に魔王に向かって解き放たれる。
「舐めるなぁ!」
アウラスはその四肢を使って、自らに迫る槍を叩き落とす。
その動きは見事としか言いようがない。
だが流石に飛来する全ての槍を処理しきる事は出来ないのか、その体には無数の傷跡が刻み込まれていく。
いける。
少量でもダメージが通るなら、これを連続で続けていけば――
「
だが魔王の動きが変わる。
腕で顔と腹部をガードし、そのまま体制を深く落としたかと思うと……魔王の足元が爆発した。
いや、爆発ではない。
とんでもなく強く地面を蹴った衝撃だ。
魔王はまるで自らを一本の矢に変えたかの様に、真っすぐ此方へと飛んでくる。
飛来する槍を無視して、ダメージなど気にせず真っすぐに。
「くっ!?」
想定外の動きに私の反応が遅れた。
私は地面から手を放しその場を離れようとするが、魔王の方が早い。
彼女は私の目の前で回転し、推進力と遠心力を乗せた蹴りを放つ。
それを私は咄嗟に左腕でガードするが、メキッという音と共に激痛が走り、盛大に吹き飛ばされてしまう。
「あっ……ぐぅ……」
左腕が焼ける様に熱い。
完全に折れている。
もう左手を動かすのは無理だろう。
私は歯を食い縛り、何とか起き上がった。
痛みで少し眩暈がするが……大丈夫、まだ戦える。
但し
この魔法は両手を地面につく必要があるからだ。
「休む時間なんて与えないわよ!」
魔王が突っ込んできた。
私は咄嗟に魔法で、彼女と私の間に巨大な土の壁を立ちはだからせた。
それがぐるりと円を描き、アウラスを取り囲む。
いわゆる結界魔法という奴だ。
只の時間稼ぎでしかない――だが、あの魔法を唱えるのに十分な時間を稼いでくれるはず。
この左腕が折れてしまっている状況では、さっきまでの様な戦い方では勝ち目はもうないだろう。
だから覚悟を決めて賭けに出た。
私にとって最大最強の魔法を使う。
この魔法のパワーで、相手の使う防御壁をぶち抜くのだ。
万一これすらも無効化される様なら、その時は素直に飛行魔法で逃げるとしよう。
エリアルを無理やり引きずってでも、二人で。
土の壁から轟音が響く。
魔王が拳を結界に叩きつけた音だ。
更にドォンと2発目の轟音が響き、全体に亀裂が入った。
3発目は持たないだろう。
だが十分だ。
結界の崩壊と同時に、私は魔法を解き放つ。
「
私の放った魔法が嵐を呼び、魔王ごと戦場を大きく穿つ。
轟音が耳を突き、反動で体が吹き飛ばされそうになってしまう。
私は腕の痛みを堪え、それに耐える。
やがて破壊のエネルギーは地上で暴れるだけ暴れた後、雲を割いて天へと昇り去っていった。
「ぐ……う……なんて破壊力……」
残念ながら魔王は生きていた。
だがその防御を突破する事自体は成功している様だ。
その証拠に、彼女の体はズタボロになっていた。
この様子では、もう真面には戦えないだろう。
「降参して」
私は投降を促す。
止めを刺すのは難しくはない。
だが私には――それは出来そうになかった。
気付いてしまったからだ。
「ふざ……けた事を……」
彼女はふらふらと立ち上がり、強く私を睨みつける。
然しそれだけだ。
只一点の部位を除き激しく損傷しているその肉体は、彼女の動きを大きく制限している。
唯一、ダメージがほぼない場所。
それは魔王の腹部だった。
恐らくそこだけは、彼女も死に物狂いで守ったのだろう。
「降参しなさい」
魔王を殺すのは、別に何とも思わない。
彼女は自ら魔族の王として戦場に立っているのだ。
だから温情を駆ける必要など無かった。
だけど――
「お腹の子供まで死なせるつもり?」
彼女の中には、新たな命が宿っていた。
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